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  • 複数の宗教が共存できる場合と出来ない場合

    トルコはイスタンブールにあるアヤソフィアという博物館は、もともとは東ローマ帝国時代のキリスト教としての協会だったのですが、それがオスマン帝国時代にイスラム教のモスクとして改築、利用されて、さらに第一次世界大戦後に成立したトルコ共和国の世俗主義に則って特定の宗教の建物とせずに博物館として公開されてきました。

    それが先月、トルコのエルドアン大統領によってアヤソフィアをモスクとして復活させることになりました。当然ながらキリスト教関係者、欧米各国は批判していますが、トルコ国内でも世俗主義がないがしろにされることに対する批判や不安も起こっているようです。

    トルコの世俗主義はトルコが近代化していくために必要だった思想ですし、それがエルドアン時代にどんどん潰されているような傾向があるのは、トルコのイスラム主義が強くなり、それが社会や民衆への抑圧につながるかも知れないという恐れにつながっているのでしょう。

    一つの宗教的な施設が複数の宗教に利用された歴史があるというのはアヤソフィアだけの話ではありません。イスラム教からみたらイスラエルがエルサレムでやっていることはいいのか、と言いたくなるのかも知れません。

    宗教の伝播に国境はありませんし、そもそも国境なんてものは歴史から見ればつい最近出来たものですので、宗教が広がるにつれて複数の宗教が一つの場所で栄えることは良くあることです。

    日本においては仏教が6世紀、欽明天皇の時代に伝えられてから、7世紀にけりが付くまで蘇我氏と物部氏の争いが続きました。その後、鎮護国家の思想の元、国分寺や東大寺が作られ、さらに密教や末法思想、浄土信仰など少しずつ民衆に広がっていきました。

    その一方で日本在来の信仰(宗教的要素が少ないものも含めて)が神社を通じて存在していましたが、神仏習合、本知垂迹説やその逆など神道と仏教をごっちゃにして祀る思想が生まれてきました。

    神宮寺、鎮守社といった形ですが、複数の宗教が歴史的に入れ替わるのではなく同時代に両方を一箇所で祀るという思想です。

    これが生まれた理由を単純に日本人が平和だからとか島国だから逃げ場が無いため融和的だというのも短絡的というか無理があります。本当に平和だったら日吉神社の神輿を延暦寺の僧兵が担いで強訴を行って朝廷や貴族を脅迫したりしないでしょうし。第一、16世紀から17世紀においてはキリスト教が大々的に弾圧されています。近代で言えば明治時代の神仏分離、廃仏毀釈運動がありましたが、今でも神宮寺などは残っていますし、今生きている日本人にとっても変な気持ちにはならない施設です。

    日本における仏教の受容と神道との習合、トルコ(コンスタンティノープル、イスタンブール)におけるキリスト教とイスラム教の関係は全く異なります。多神教に多神教が加わるのと、一神教に一神教が加わるのとでは反応が異なるのかも知れません。

    中国でも仏教が入って来て在来信仰である道教が宗教化しましたが、仏教に道教の思想が入ったりもしましたので、やはり多神教+多神教だと受容しやすいのでしょうか。もちろん、中国でも三武一宗の法難と言われたような仏教弾圧は何度もありましたが、仏教自体を否定するのではなく、兵士確保や課税のためでした。

    ともかく、トルコにおけるイスラム化の流れは、少なくともエルドアンが大統領である限りは変わらないでしょう。世俗主義・政教分離が劣勢に立っているのをエルドアン個人に帰すのも無理な話です。一応は、選挙でイスタンブール市長から大統領になったわけですし。国民の大多数を占めるイスラム教徒の不安や願望が彼を独裁者たらしめているとも言えます。世俗主義を復活させるには、トルコ国民とエルドアンの間にくさびを打つような対策しかないと思いますが、キリスト教側からの批判だけではかえって両者の結束を強めてしまうのではないかと思います。

    ちなみに、イスラム教のシェアが少ないインドではこんなことも起きています。

    モスク跡地にヒンドゥー教寺院を建てるインド
    https://mainichi.jp/articles/20200808/ddm/007/030/074000c

    イスラム教が常に強者として他宗教を虐げているわけではない証拠でもあります。インドだけではなく、ミャンマーにおけるロヒンギャ族や中国におけるウイグル族もそうですよね。結局、地域とシェアと個別の状況によって変わるといってしまうとそれまでですが。

  • 米中対立で引くに引けない中国、いざとなったらトランプのせいにできるアメリカ

    香港への中国共産党の締め付けに対して、欧米社会特にイギリスと関係の深い国やアメリカからの反発は非常に強いものがありました。

    特にアメリカからは、中国政府に対してだけではなく中国の民衆に対して、立ち上がって共産党支配を打倒せよ!と言わんばかりの呼びかけを行っていました。まさにかつてマルクスがその著書「共産党宣言」の最後にある「万国の労働者よ、団結せよ!」という文句を思い起こしますね。

    民間レベルでのプロパガンダ先進国であるアメリカから、国家レベルでのプロパガンダ先進国である中国に対して攻撃を仕掛けているようなものですが、上手く行かなさそう。中国の大半の人民は不満はあれど生活は向上しているし、そもそも民衆が団結して政府を打倒する、という革命が西洋以外、特に東アジアにおいて実行可能なのかどうかは微妙なところだと思います。自由はないけど飢え死にするわけでもないので、その辺のコントロールは共産党も間違えないでしょう。衣食住に苦しむくらいまでいけば分かりませんが。

    ただ、経済戦争に持ち込まれて中国がアメリカに勝てるとも思えません。80年代の日本と同じ道を歩みそうですが、日本はアメリカの同盟国でもあるので経済以外、特に軍事的な対立などあり得ませんでしたが、中国の場合は南シナ海や台湾、尖閣諸島、インドなど多くの国と軍事上の問題を抱えているため、程々のところで両者矛を収める妥協なども出来ないでしょう。さらに悪いことに、習近平独裁・終身体制が成立した後ですので、トップを入れ替えて前任者の責任にしてしまって面子を保つようなことも出来ません。

    そもそも共産党は間違いが存在しないことが大前提の組織です。中国共産党として自分たちが間違っているとは絶対に認められないません。一般的な民主主義国家では、権力の正当性は国民から選挙で選ばれたことに担保されますが、複数の政党から選挙で選ばれたわけではない共産党は、自らが正しいこと(無謬性)を権力の正当性の源としています。そのため、国内外問わず共産党への批判は正当性を揺るがすものであり、絶対に許すわけにはいかないのです。例えば、武漢地方政府のコロナウイルス対策への批判は許容出来ますが、北京の中央政府や共産党そのものへの批判・非難は認めません。もし何か逃れようのない間違いがあったとしたら、個人の責任にして処罰するしかありません。文化大革命はその最たるものでした。共産党はあくまで正しく、その中にいた個人が間違っていた、というだけの話にしてしまいます。

    それが、戦争なり経済対立なりで妥協や敗北を認めざるを得ない場合、政権交代できる国なら前の政権のせいにしてしまえば自らの正当性は保てますが、今の中国では誰のせいにも出来ませんので負けを認めるくらいならとんでもないことをやりかねません。それこそ、台湾侵攻も可能性が無くはないでしょう。

    対立のもう一方であるアメリカにしても盤石の体制ではありません。トランプ大統領について問題点を指摘するのも面倒になってきましたが、果たして今年の大統領選でバイデンが勝つかどうかとなるとどうかなあ・・・と思ってしまいます。

    どの世論調査でもバイデンがリードしていますが、前回の選挙にもいた隠れトランプ支持層が存在しているはずです。そこを読み誤るとまたトランプが勝つでしょう。トランプがアメリカの分断を煽っているのは事実ですが、分断を生み出したわけではありません。分断されている状況がトランプ大統領を生んだのですから、その分断を無くさないとまたトランプが勝ってしまいます。ヒラリーの時と比べてバイデンが異なるところがあるのかなあ・・・と気になりますが、トランプを非難するだけでは何も変わらないでしょうね。

    アメリカ国内のコロナ対策や差別問題などにおいては失策だらけですが、トランプ大統領の切り札としては大統領選に米中対立を持ち込んでしまうというネタがあります。

    バイデンの次男はウクライナ疑惑だけでなく、中国企業の取締役でもあったので、米中対立のトピックを大統領選に持ち込まれると苦しくなるでしょう。

    さらに、中国に対して強い大統領を演じるのであれば、いっそのこと台湾電撃訪問という特大の爆弾もあり得ます。

    アメリカ大統領として歴史上初めて、台湾訪問を行い中国を牽制(どころか超弩級の挑発)を行ってセンセーショナルな大騒動を起こすことで、大統領選を米中対立の話題一色にしてしまう可能性があるのではないでしょうか。

    そこまでやってしまったら中国は引くに引けませんが、最悪、アメリカの方はトランプが選挙や弾劾で大統領職を追われた後に、後任がトランプのせいにして中国への当たり方を変えることは出来るんですよね。その辺が民主主義国家の強さでもあると思います。

  • 交通系電子マネー回数券機能が欲しい

    新型コロナウイルスによる感染拡大防止のために、多くの企業でテレワーク・在宅勤務が導入されました。緊急事態宣言の解除後はテレワークを止めてしまった企業も多いそうですが、IT系を中心にテレワークを恒常化させたり、自由に選べるようにした企業も出てきました。100%テレワークでなくても、2日に1日だけとか、週1回だけ出勤といったやり方であれば、業務に大きな影響が出ないところもあるでしょう。

    また、少し前に西村大臣が経済界への要請としてテレワーク7割という要請も公表しました。従業員のうち7割の人間に100%テレワークさせて、残り3割を100%通勤させるのか、あるいは全員に勤務日数の7割をテレワークとさせるのかは、いろいろやり方があるでしょうけれど、後者であれば週5日のうち2日出勤すると3割を超えてしまいます。2週間で3日出勤でちょうど3割です。

    そうなると、当然ながら通勤客が減ります。首都圏では特に通勤ラッシュの満員電車は昭和の中頃からずっと慢性的な社会問題として存在してきましたし、痴漢などの性犯罪の誘発する要因にもなりますが、テレワークが普及することによって混み具合はその分減ります。

    100%テレワークになったのなら出勤不要になりますが、たまに出勤する必要がある程度の制度になった企業で働いている人は、たまに電車に乗る必要があります。しかし、毎日乗るわけではないので、割引率を考えると通勤定期券を買うのはもったいないです。交通費は会社が従業員に支払わないといけない法的なものではありませんが、ほとんどの企業では交通費を支給していますので、通勤定期の方が損をするのであれば経費として認めないでしょう。

    その代わりに出てくるのが回数券です。たいていの鉄道事業者では、11回分の切符を10回分の運賃で買える回数券を発行しています。しかし、この回数券はたいてい1枚ずつ紙の切符いわゆる硬券で発行されますので、改札を通る度に切符を一枚通さないといけません。定期券や電子マネーでの移動に慣れている人にしてみれば、もはや面倒くさい代物です。

    改札機も電子マネー専用のものが増えてきていますので、硬券を通すためにまごまごしてしまうこともあります。普段はピッと通っている人ならなおさら、自分がいつも通っている改札機が硬券を使えないことに直前まで気付かず立ち止まってしまって、後続に迷惑をかけることもあり得ます。

    また、いくつもの交通機関を乗り継いでいる人にしてみたら、何枚もの回数券を毎日準備するのも面倒極まりないはずです。往復で必要な事を考えると、紙の定期券よりも不便です。

    いっそのこと、電子マネー(Suica、ICOCA、PASMO、PiTaPaなど)で回数券機能を持たせることは出来ないんでしょうかね? 電鉄会社も将来的には紙の切符を無くす方に動いていると思いますが、回数券(あるいは一日乗車券など)のような電子マネーでは実現出来ないお得な切符を電子マネー化出来ないと、いつまでも紙の切符用の改札口が必要となってしまいます。

    手持ちのSuicaなどの電子マネーで回数券として使えるのであれば非常に便利になると思いますが、機能的に無理なのか需要的に開発する必然性がないのか、どうなんでしょう。

    PiTaPaは大阪市営地下鉄に限り、自動的に1回目から10%オフになりますし、バス1日乗車券サービスも搭載できるようです。

    PiTaPaバス1日乗車券サービス
    https://www.pitapa.com/service/1day.html

    機能的には不可能ではないと思うのですが、まだまだ利用者がいないと思われているのでしょうかね。紙の回数券みたいに、チケット取扱い業者に転売されることもないので電鉄会社側の利益率も高まると思うのですが。

  • 天下泰平な時代とは

    どれくらい平和が続いたら天下泰平と言えるでしょうか?

    日本は1945年から、対外戦争も内戦も起きていません。75年経ちましたが、世界的には大戦はなくとも紛争は絶え間なく続いていますので、イメージ的にはあまり平和感はありませんが少なくとも日本においては歴史的に見れば平和な時代と言えるでしょう。

    天下泰平の代表格とも言える江戸時代では、1638年に島原の乱が終わってから大政奉還まで平和だったと思われがちですが、その間にも様々な戦いが起きています。

    1643年のヘナウケの戦い
    1669年のシャクシャインの戦い
    1789年のクナシリ・メナシの戦い
    1806年の文化露寇
    1807年のシャナ事件
    1837年の大塩平八郎の乱

    などなど、ペリー来航から始まる幕末の混乱以前にも内乱・外寇はありました、大阪で起きた大塩の乱以外は全て今の北海道に当たる地域ですので、正確に日本国への侵略、日本国内での内乱と言えるかどうか微妙かも知れませんが、そもそも国境という概念は近代国家が成立してからの話ですので微妙なのは当たり前です。

    それでも、1669年から1789年の120年近くは大きな内乱・事件もありませんでしたので、現代の75年の平和を比べて考えると、まだまだ遠い存在です。

    江戸時代以前はどうかというと、室町時代は省きましょう。半分は戦国時代ですし残り半分もほとんどが南北朝の争乱ですからひたすら戦い続けた時代と言えます。

    鎌倉時代でも1221年の承久の乱と二度の元寇(1274年・1281年)がすぐに思い浮かびますが、その間でもその後でも、
    1247円の宝治合戦
    1285年の霜月騒動
    1305年の嘉元の乱
    など、御家人と北条得宗家との戦いはいくつも行われています。やはり天下泰平とは遠い時代でもあります。

    それ以前となると平安時代となりますが、源平合戦以前でも

    935年〜941年の承平天慶の乱
    1019年の刀伊の入寇
    1156年の保元の乱

    など歴史の教科書に必ず載っているレベルの争乱と平行して、蝦夷征討が坂上田村麻呂の時代から後三年の役まで300年以上あったわけですので、やはり数十年レベルでしか平和な時代がありませんでした。

    もちろん、これら明治より前の時代における戦いは、19世紀末から20世紀にかけて成立した「総力戦」とは全く異なります。戦い自体が局所的である上に、戦いに関わる人も武士(軍人)階級プラス徴発された人達くらいでした。「欲しがりません勝つまでは」のスローガンで代表されるような、銃後における国民総動員体制というのは第一次世界大戦から始まるものです。ヨーロッパでもそれ以前は貴族と傭兵が戦争の主力でした。経済への悪影響や重税・徴用によって一般人も迷惑は被りましたが、戦争そのものが国民一人一人の関心事になったのは近代国家からです。

    だからといって昔の方が良かったと言うわけでもありません。それ以外の不便さや問題点が半端ないですし。江戸時代はこんなにスローライフだった!とかゆったりした時代だったとか言う人がいますが、そんなわけない。武士に無礼を働けば斬り殺されるし、火事と喧嘩は江戸の華だし、そもそも何度も大飢饉が起きて餓死者も相当出ているし。

    ともかく、今の日本は平和です。こう書くと偽りの平和だとかもうすぐ戦争が起きそうとか言われかねませんが現実にそうですし。ただこの平和が平和ではなくなるかも知れない、という危機感があってこその75年の平和だとは思います。泰平の世に慣れて当然のものと思うことの方が平和を破ってしまうことになるでしょう。

  • 企業の国籍を気にするよりも。

    中国企業のバイトダンスが運営するTiktokがいろいろな理由から海外市場、特にアメリカにおいて事業売却の圧力にさらされています。

    米中対立、スパイ疑惑、情報漏洩など原因としては様々ですが、Tiktokのマイクロソフト社への売却は時間の問題のように思えます。あとは金額でしょうけれど、禁止されて売上ゼロになるくらいなら譲歩せざるを得ないでしょう。

    マイクロソフト社としては念願のSNS市場へのとっかかりとなりますが、Skypeを買収してもSkypeとしてしか利用出来なかった歴史を考えると、TiktokもMicrosoft全体のサービス価値向上に持っていけるのかな?という疑念も湧いてきます。バルマー体制とは異なり、クラウドへの理解のある今のナディラ体制なら上手く行くかも知れませんが。

    一方、日本ではLINEとYahoo!親会社の経営統合が2021年3月に行われます。

    正確には、
    ソフトバンク
    Zホールディングス(ヤフー運営、ソフトバンク子会社)
    NAVER
    LINE(NAVER子会社)
    の4社で業務提携を行い、LINEがZホールディングスが経営統合する形になりますが、実質的にはソフトバンクがLINEを買収するようなものです。

    さて、LINEはNAVERジャパンが独自に始めたサービスでした。NAVERが韓国企業だったこともあり、LINEの情報は韓国に流れる、という人もいますが、ソフトバンク傘下になってもそう主張するのでしょうか?

    ヤフージャパンもちょっと変わった経緯でしょうかね。アメリカのYahoo!とソフトバンクがヤフージャパンを作りましたが、今となっては完全にソフトバンク傘下です。では、Yahoo!ジャパンというサービス自体がどこの国のものなのか、ということになりますが、アメリカでしょうか? 日本でしょうか? そしてそことくっつくLINEはどこの国の企業と言われるようになるでしょうか?

    買収されたIT企業で言えば、前述のSkypeもどこの国の企業というか難しいです。Skypeはエストニアで生まれましたがルクセンブルクに籍を置く企業を、アメリカのイーベイが買収し、さらにファンドを経てMicrosoftに買収されました。さて、Skypeはどこの国の企業となるのでしょうか? エストニアでしょうか、アメリカ合衆国でしょうか?

    対立や緊張関係にある国の企業が提供するサービスに対して、慎重になるのは分かります。うかつに使って情報を窃取されたらたまったものではありません。中国政府のやっていることを考えたら中国企業を擁護する気にはなれませんが、そもそも外国企業だろうと国内企業だろうと、SNSやウェブサービスへの過剰な信頼はすべきではないというのが一般人として取り得る行動ではないでしょうか。

    第一、Tiktokどうこう以前にGoogleやFacebookやTwitterという純然たるアメリカ企業でもアメリカ国内で批判されています。なんでもかんでも個人情報や瞬間的な感情をネットに書き込むこと自体、危険があるということは認識しておくべきでしょう。

    あと、中国政府は今回のTiktok騒動で文句を言っていますが、そもそも中国国内でGoogle検索やFacebook・Twitterなどのウェブサービスを自由に使わせず、VPNすら遮断している一方で、他国での自由な企業活動を要求するのは虫が良すぎると言われて当然だと思うのですが、そういう反論に対してはなんと言うんでしょうね。

  • 親近感とひがみ、良家出身と浮世離れの表裏一体性

    将棋の藤井聡太七段が棋聖戦で勝利してついにタイトルホルダーとなりましたが、凄さが報じられると同時に、彼自身が鉄オタ・自作PCオタっぽいところを見せているので結構親近感を持っている人は多いのではないでしょうか。

    彼に限らず最近では、多くの芸能人やスポーツ選手あるいは政治家などでも特定の趣味を隠さずオープンにして何らかのオタクであることを宣言することが普通になってきました。

    超然として浮世離れしている仙人のようなプロフェッショナルよりも、何か一般人と変わらない趣味を持っているプロフェッショナルの方が、当然ながら親しみやすいですよね。

    別に棋士であれば一般人に親しまれなくても対局に勝てば賞金を稼いで生きていけますが、芸能人とか政治家はある意味人気商売ですので親しみやすさも重要です。

    吉田茂は貴族趣味というか、民衆への親しみやすさなんかは考えていなかった政治家だと思いますが、政敵の鳩山一郎はその吉田に自由党を逐われた格好になったこととか、病気で半身不随になりながらも吉田と戦って首相に就いたこととかは一般ウケしました。生まれはむしろその逆というか対極的なんですけどね。吉田茂はそれほど豊かではない家に生まれ、養子に出されたところが貿易商でしたのでその後は生活には苦労しなかったと思いますが、外務省に入った後は英米派とみなされて軍部から煙たがられたり(別に平和主義者ではなく対中強硬論が軍部以上だったからですが)、戦時中は和平工作をしたことで憲兵に捕まったりしました。その一方、鳩山一郎は弁護士兼政治家の家に生まれて若くして議員になり、戦前には大臣を歴任しました。

    その後で言えば田中角栄が庶民派の代表格でしょう。尋常小学校出が総理になった、という物語(実際は専門学校が最終学歴)は一般人にとって分かりやすく、マスコミにとって伝えやすいものでした。しかし、金権政治の代名詞になりロッキード事件で逮捕され、結局支持も失いました。親近感で成り上がり、その一方で巨額の不正が当然ながら庶民から忌避されてしまいました

    逆の立場で言えば細川護熙がその対抗馬でしょうか。熊本の細川藩主の子孫であり、近衛文麿の孫というのは、「殿様」「貴族」感満載の首相として93年に誕生しました。しかし連立政権の運営は困難を極め、突然の国民福祉税構想を公表したために求心力を失い、佐川急便事件もあって政権は崩壊しました。

    親近感によって畏れ多さが無く好印象を受けることもあれば、近い存在ですから逆にひがみも受けやすくなります。その一方で血筋や家系の良さによるウケの良さもあれば、逆に浮世離れしていることが致命傷になることもあります。

    家柄がいい人に対しては庶民はひがみ・ねたみ・そねみは抱かないものです。自分たちと異なることが良くも悪くもなります。

    逆に庶民っぽさをアピールする人に対しては親近感を抱く一方で、いざ何かやらかしたときは育ちの良い人の場合と違って庶民からの攻撃を受けやすいです。そう言えば、東北大学総長にもなった物理学者の西澤潤一の本に、「日本人は同僚の成功を喜ばない」といったことが書いてあったと記憶しています。 現物に当たれないので確証がないのですが、アメリカの米国電気電子学会(IEEE)に「ジュンイチ・ニシザワ・メダル」という賞が存在しているのは分かりやすい日米の差ですね。

    それはともかく、庶民派の政治家と良家出身の政治家を見比べてみると、親しみやすさとねたまれやすさは紙一重というか、コインの表裏なのだろうと思えます。家柄の良さと浮世離れのしやすさも近いものがあるでしょう。この辺を戦略としてコントロールして自己アピール出来る人はいいのでしょうけれど、ナチュラルにやっちゃう人は最終的にはやらかしてしまうんでしょうね。

  • 東京進出芸人にみる、マネーと評価を生み出す東京・大阪、世界・日本の差

    大阪あるいは関西で活躍している漫才師などのお笑い芸人が、東京に進出するもなかなか売れなくて苦しむ、ということは今でも良くある話です。

    東京・首都圏でのし上がってくる芸人の方ももちろんいますが、大阪で売れてから東京に行くという人も毎年のように多く存在しています。

    そもそもなんで大阪で売れているのに東京に行くのかというと、世間的な評価もさることながら単純にお金・収入のためということもあると思います。

    いわば、大阪がお笑い芸人を育成して東京に輸出しているような格好ですが、別の見方をするとお笑い文化の中心地とお笑いを経済に変える中心地が異なっている、ということでもあります。

    江戸時代の上方と江戸の対比が今でも続いているような感じですが、資本主義経済が高度化してくれば、文化をお金に換える経済中心地が力を持ってくるのは当然ですね。もちろん、お金だけの理由で江戸・東京が栄えているわけでもないでしょうけれど。

    面白い芸人を大阪が生み出しても、巨額のマネーを生み出せるのは東京においてです。それは本人の問題ではなくて経済規模が首都圏と関西圏で巨大な差があるからです。大阪で育った芸人が東京で評価されることは、大阪人としては誇らしいと言えばそうですが、その一方で経済規模の差や世間的な評価を生み出すシステムが東京ほどではないという事実も突きつけられる寂しさも感じます。

    評価されて売れることはいいのですが、大阪も評価する側・マネーを生み出す側になることが無ければ一方的に芸人という資産が東京に流れていくだけになってしまいます。

    経済規模的には関西圏は首都圏に次ぎ、メディアでも東京キー局ほどではないけれど準キー局といえるテレビ局を揃えていますので、「大阪で売れる」芸人という存在が成立しています。

    評価される側で喜ぶだけではなくて評価する方にも回ってこその文化だと思いますが、お笑いだけ、日本だけの問題ではありません。

    アカデミー賞やオスカー賞などの芸能界・エンターテインメント分野でもそうですし、ノーベル賞や学術誌における学問・研究者の評価においても同様でしょう。日本人がアカデミー賞を受賞したり、ニューヨークやパリで活躍したり、ノーベル賞を受賞したり、欧米のトップ大学で教授になったりすることはもちろん喜ばしいことなのですが、日本人が海外で評価されて喜ぶだけではなく、評価する側にも回ってこそ、文化や学問が成熟した国と言えるのではないでしょうか。

  • イスラエル・台湾・エストニアの危機感とIT産業

    サピエンス全史などのベストセラーで知られる歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏と、このコロナ禍で一躍世界的に有名になったハッカー兼IT担当大臣のオードリー・タン氏の対談がありました。

    ユヴァル・ノア・ハラリ、オードリー・タン対談「民主主義、社会の未来」全和訳
    https://community.exawizards.com/aishinbun/%e3%83%a6%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%83%8e%e3%82%a2%e3%83%bb%e3%83%8f%e3%83%a9%e3%83%aa%e3%80%81%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%82%bf%e3%83%b3%e5%af%be%e8%ab%87/

    イスラエルと台湾という、IT産業が発展している国家出身の二人ですが、どちらの国も第二次世界大戦後に成立した点や、国家の存在自体がすぐに危機的状況に陥りかねない環境であるという点で似ている二国です。

    イスラエルは言うまでもなく中東にユダヤ人によって作られた国であり、中東戦争を通じて支配地域を広げていますが当然のことながら周辺のイスラム諸国とは仲が悪いです。イランとはずっと緊張関係にありますし、湾岸戦争時にはイラクのフセイン政権からスカッドミサイルを撃ち込まれました。

    台湾も大陸での共産党と国民党の争いの結果、敗れた国民党が逃げ込んで成立した国です。中国共産党への対抗する存在として、西側諸国とつながっていましたがニクソン政権での米中電撃和解によって国際社会から名目上は弾き出されました。一衣帯水の中国政府による統一のための軍事行動を常に警戒してきた歴史を持っています。

    その二ヶ国がともにIT産業が発展してきたのは偶然でもないでしょう。古くから続いている国には元々の産業、農業や繊維産業、重工業などが継続的に存在するでしょうから対抗するのは難しいですし、新しい国は領土も小さく資源もありません。必然的にIT産業、さらには工場も資源も要らないソフトウェア産業が発展させることになります。

    似たような立場の国としてはバルト三国の中のエストニアがあります。エストニアも現行の政府はソ連崩壊後の独立ですからまだ30年程度の歴史です。ロシアに占領されかねない、という危機感がエストニアという国が電子化によって情報を管理し、電子政府が国家国民を守るのだという意識を作ってきました。実際、隣国ロシアはプーチン政権の後半くらいから、露骨に旧ソ連の国々に軍事的圧力をかけ始めました。クリミア半島のロシア編入やウクライナ東部地域の傀儡国家などを見ると、エストニアの危機感は過剰なのではなく当然のものだと言えるでしょう。

    イスラエル・台湾・エストニアの三ヶ国に共通するのは、いずれも比較的新しい国家であること、IT産業が発展していること、近隣諸国との戦争・占領に対する危機感があることです。日本もIT産業は発展しているかしていないかと言えば発展している方ですし、冷戦時代のソ連や現在の中国や北朝鮮からの軍事的挑発はありますが、新しい国ではありません。未だにアナログな作業が政府も民間も大量に存在しているのは、古い国だからなんでしょうかね。

  • エビデンスの重要性とエビデンス待ちの危険性

    大阪府の吉村知事が市販のうがい薬を新型コロナウイルスに対して効果があると公言したことでいろいろなところで大騒ぎになっています。

    騒ぎにならない方がおかしいレベルの発言ではありますが、さしあたっての問題はヨードの過剰摂取による弊害、うがい薬の品切れ・高額転売の可能性でしょうか。うがいのしすぎで喉を痛めるというのはポピドンヨードを含まないうがい薬や水道水でも同じですのでそれはいいとして、とにかくポピドンヨードが良いですよ、と宣伝するような記者会見は批判覚悟のものなのでしょう。

    だいたい日本人は日頃から海藻を食べているので十分ヨードが体内に存在しているとも言われています。

    高額転売の問題もありますが、普段からうがいしている人が困るといっても水道水でうがいしても十分効果はあるので、以前のマスク・アルコールの買い占め転売問題と比べたらそれほど実害は無いかも知れません。

    ただ、そもそも吉村知事が発表したのは
    「口腔内のウイルス殺菌に効果があると言っただけで体内にあるウイルスや重症化への検証はこれから」
    とのことだそうです。それならそれでもう少し発表の仕方を考えるべきだと思いますが、じゃあ全く効果が無いのかというわけでもないのでしょう。

    ポビドンヨード(PVP-I)を有効成分とするBETADINE®製品(イソジン®)の 新型コロナウイルスに対する抗ウイルス効果を確認 ― 海外のIn vitro試験において99.99%の抗ウイルス効果を確認 ―
    https://mundipharma.co.jp/1560

    こんなネタもあるみたいですし。

    新型コロナウイルスに対してアレが効くコレが良いとか詐欺の温床みたいな噂が跋扈していますが、こんな話あるわけないだろ、と完全に言い切れるものもあればそうは言い切れないものもあるのが悩ましいところです。

    2月頃には多くの専門家や機関がマスクには効果が無い、むしろ付けるなとまで言う人までいましたが、クシャミや唾液によるヒトヒト感染を防ぐ効果があるという研究結果が出るまで、被害を拡大させたという一面はあるでしょう。

    一定割合の人がマスクをすれば新型コロナウイルス感染症の流行は抑えられるという研究結果
    https://gigazine.net/news/20200628-half-people-mask-prevent-covid-19/

    欧米での大流行から数ヶ月経ってようやく、マスクを付けたら感染防止に効果があるというエビデンスがちらほら出てきました。そもそも研究結果というものは時間がかかるもので当たり前ですが、権威ある研究所や機関からのエビデンスが公表されないとマスクを付ける意味が無いと考えてしまうのは、それはそれで問題でしょう。

    エビデンスを重視して判断・行動する、というのは大切なことです。根拠の無い、根拠に乏しい感情的な言動を、責任ある立場の公人や組織が行えば社会的悪影響は間違いなく大きくなります。

    とはいっても、今回の新型コロナウイルスのように新しい脅威に対してちゃんとした研究結果が出るまで指針を出さないとなると、結局被害も大きくなってしまいます。

    何が正しくて何が正しくないかを判断するのは非常に難しいことです。公職・公的機関などにとっては悩ましい日々が続いていると思います。

    今回のポピドンヨードももしかしたらという気もしなくもないですが、情報を受ける側の一市民としては慌てず騒がず冷静に生活するしかないですね

  • 楽観論者と悲観論者

    よく「楽天的な人間」とか、「悲観論者だ」とか言いますが、誰だって自分の中に楽天的なところと悲観的なところがあって、コロコロ入れ替わっていたりするのではないでしょうか。

    もちろん人によって入れ替わる頻度というか、楽天的な時と悲観的なときの多い少ないの差はあると思います。極端に偏っている人が楽天家とか悲観論者とか言われるのでしょう。

    特に社会的地位の高いポジション(政治家とか社長とか)にいなければ、個人の悲観・楽観は組織や社会に影響はあまりありませんが、そういうポジションにいる人は個人の楽観悲観がダイレクトに影響を及ぼしかねません。

    安倍総理やトランプ大統領がどんな感じなのかは本人やすぐ側にいるのでないと本当のところは分からないでしょうけれど、国や大企業のトップに立つ人はそれこそ、悲観と楽観のバランスを取って行動しないといけません。

    楽観的過ぎると「新型コロナはただの風邪」とか言っておきながら感染するというフリとオチがしっかりしている大統領みたいになってしまいますし、悲観的過ぎたら何も展望を持てなくなってしまいます。

    楽観的な未来を語ることで明るい展望を持たせるにしろ、悲観的な未来を語ることで現状や将来の改革・変革を促すにしても、その予測を願望に交えてはいけません。予測が願望に引っ張られるとろくなことになりません。というかそれは予測ではなく願望そのものになります。

    そうは言っても楽観論者の予測に楽天的な願望が混じっているかどうかは素人には分かりません。これは悲観論においても同様です。悲観論者の予測に悲観的な願望(と書くと非人道的ですが)が入っていても判別するのは難しくなります。悲観論者は悲観論が当たることに利益が存在しますから。

    ただ、楽観的な見方を持って前に進む、悲観的な見方を持って準備をする、というのは当然ながら必要です。

    楽観性がなければ未来に進めませんし、悲観性がなければ障害にぶち当たって終わります。人間以外の動物・生物にはない精神性だと思いますが、楽観も悲観もどちらも人類や社会の進歩・進化には必要ですし、人間個人の生き方においても両方とも必要でしょう。

    ちなみに古代中国の代表的な聖王である周の文王は、その人柄・政治姿勢を「小心翼翼」と詩経に謳われました。「小心翼翼」とは気が小さいということではなく、人々に気を配り慎重であることを意味します。政治には大胆さも必要ですが、もしもの時を考えて備えることも重要です。

    古代ギリシャの「ダモクレスの剣」の逸話も似たようなものです。こちらはあくまで為政者・支配者個人の危険性を示す故事ですが、元首の立場や行動は好き勝手やり放題だけで良いわけではない、というのは洋の東西を問わず古代から伝わっているわけです。

    その割にはそんな気配が見られない国家元首は古今東西、後を絶ちませんが、楽観論者が悲観論を言い出したらいよいよ国にしろ世界にしろ危ないと思っておけばいいですかね。

  • 個人情報の範囲と管理

    昔は電話帳に自宅の電話番号が載っているのが当たり前でした。さらには紳士録では役職なども載っていました。どちらも今の時代にはそぐわないものとなっています。紳士録はそもそももう出ていないですよね。電話帳も個人情報保護の観点だけではなく、固定電話から携帯電話への移行ということもあって利用する人は減りました。

    いわゆる個人情報保護法の成立により、個人情報を扱う企業・団体だけではなく、個人自身も自分や家族の個人情報の取扱について注意するようになりました。

    その一方で普及したインターネット、特にSNS上において、自分や家族の写真、行動履歴などを公開しまくっている人もいます。もちろんそういう人が個人情報をおろそかにするタイプとは限りませんが、氏名・住所や電話番号だけが個人情報というわけではないはずです。

    SNSで自分でアップしている情報も場合によっては個人情報に含まれるものもあるでしょう。

    Googleストリートビューは世界各国でプライバシーの問題を提起することになりましたが、結局は誰でも道路から見ることが出来る建物の外観などは、プライバシー侵害には当たらないということになっています。

    個人情報やプライバシー権は考え方が難しいというか、境界線のところは微妙なのだと思います。

    では、具体的には何が個人情報になるんでしょうか?

    氏名
    生年月日
    住所
    電話番号
    メールアドレス
    SNSアカウント
    運転免許証番号
    年金番号
    マイナンバー
    肖像権などの外見
    疾病履歴、通院履歴
    学歴
    職歴

    日本人だとこの辺でしょうか? 国によっても異なるでしょうし、同じ日本人でも異なるかも知れません。

    また、自分が把握していないものも個人情報になり得ます。個人の遺伝子情報、DNAのゲノム情報も個人情報といえますし、いずれは誰もが分析結果を所有・管理する時代になるでしょう。

    こういった個人情報はもちろん他者(他社)に預ける以上は厳格に管理されないといけませんが、セキュリティを厳格にしすぎると当然ながら使いづらくなります。セキュリティとユーティリティは基本的には対立します。

    マイナンバーシステムでは反対もあって、個人情報保護を重要視する仕組みのためにかえって使いづらくなりました。肝心のマイナンバーは他人に見せないようにしましょうとか、カードを人に見せる場合も裏面にある番号を見せないカバーを付けた状態で見せるとか、何のために存在するのか分からなくなります。

    政府が個人を管理するなんてとんでもない、という考えの人がいるのは確かですが、そもそも戸籍や住民票、年金番号での管理をしているのはいいのでしょうか? 管理しなければ保護も福祉も何も出来ませんし。

    ただ、個人情報を含めた情報管理、システムの構築が日本政府や自治体は時代遅れとの批判があるのは分かります。

    政府・自治体が管理している戸籍、住民票、年金、健康保険、運転免許、といったものだけでも、それぞれで別個に個人情報が管理されています。いずれはこれら全てがマイナンバーシステムで一括管理される時代が来るのかも知れませんが、まだまだ遠そうです。

    ちなみに、電子国家・電子政府として有名なエストニアでは、国民の個人情報を政府は二回聞いてはいけない、というルールがあるそうです。政府だけではなく、同じ情報を民間企業も使用出来るので、そういった点では便利そうに思えます。

    まあ、エストニアが電子政府を強力に推進したのは、隣国ロシアに侵略されて占領されても国民や政府を電子的に管理出来るように、というモチベーションあってのことでもあります。日本がそこまで危機感を持っていないということでもありますが、利便性を考えてももう少し進化していってほしいなあとは国民・市民としては思います。

  • ベーシックインカムがもたらすのは堕落か、それとも安定か?

    ベーシックインカムについては個人的にこれまでのnoteに何度も書いてきました。リンクはこの文の下にまとめてみます。

    世界的にもこれまで実験が何度も行われてきましたし、今年はコロナ禍によって仕事が無い状態で生活し続けるための原資として注目されています。

    そんな中、ベーシックインカムとは真逆の自由資本主義社会であるアメリカの自治体でも試験導入が行われているそうです。

    ツイッターCEO、ベーシックインカム推進団体に300万ドルを寄付
    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/ceo300.php

    ベーシックインカムで支払われる金額の水準については、お小遣い程度から、それだけで生活できる程度まで理想も実践も様々なパターンがありますが、それによって国民・市民の財布に余裕が出来ることは間違いありません。

    その一方でベーシックインカムが誰にでも支給されることで、
    ・働かなくなる
    ・薬物やギャンブルにお金が回される
    ・財務状況が悪化する
    ・引き換えに給付を減らされる人が困る
    といった問題が指摘されます。

    働かなくても生きていける、あるいはちょっとだけの仕事で済むようになった場合の問題点は、倫理的な問題と労働者不足という点です。働かざる者食うべからずというのはよく言われることですが、年金生活者や障害があるということではなく一律に給付し続けることの是非は誰もが思いつくでしょう。

    また、仕事をしない、あるいは労働時間を減らしてもいいということで企業側が労働者の確保に困るようになります。その代わりにAI(人工知能)や、RPAなど自動化システムや、自律ロボットなどで代替出来ればいいでしょうが、出来ない業務があれば企業の存続に関わります。

    薬物やギャンブルにお金が回されるのは確かにそうですがこれは働いた人が給与を使っても問題と言えば問題なので、ベーシックインカムだけの問題ではありません。

    残り二つの、財務状況の悪化と代わりに給付が減る人の問題ですが、ベーシックインカムの原資を別のところから持ってくればある意味解決する問題です。上記のリンク先では政府系ファンドや富裕層への課税とあります。それが実現するかどうかはともかく、ベーシックインカムによって人々の暮らしや社会が安定すれば、利益を得られるのは給付を受ける人達だけではありません。

    社会が安定すれば利益を得られるというのは、ひっくり返せば社会が不安定化すれば損をするということでもあります。おそらくこれは多くの産業・企業に共通する話のはずです。安定した社会から利益を得るところに課税をして、それをベーシックインカムに回すというのは理屈としては悪くないはずです。実行は大変でしょうし、成功するかどうかも分かりませんが。

    トービン税という、金融取引にごくわずかな課税をして財源確保するという考えもあります。

    コロナ給付金の財源問題も即解決だが……取り扱い注意なトービン税とは
    https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2020/07/post-109.php

    ただ、実現が難しいので為替取引への世界的一斉適用は無理でしょうね。国内で国内株式・先物取引・オプション取引とかであれば可能でしょうか? 課税によって取引が減少し、投資資金が国外に逃げる恐れがあるのでやっぱり無理ですかね。

    コンピュータによる高速取引で、ごくわずかな利ざやを少しずつ積み重ねる手法が不可能になるでしょうから、市場に衝撃があるような出来事が起きたときに相場が乱高下しにくくなる、というメリットはあるはずです。

    相場の不安定化も社会の不安定化も防げるのであれば、トービン税による収入からベーシックインカムを支給するというのは理屈としては悪くないのではないですかね。物事はそう簡単では無いと思いますが。

    https://hrsgmb.com/n/nf2d141d286bd

    https://hrsgmb.com/n/n3992583bb9d0

    https://hrsgmb.com/n/n788eb06b8cdd

    https://hrsgmb.com/n/n9a0c254da223

    https://hrsgmb.com/n/n33db5c35317b