
大阪あるいは関西で活躍している漫才師などのお笑い芸人が、東京に進出するもなかなか売れなくて苦しむ、ということは今でも良くある話です。
東京・首都圏でのし上がってくる芸人の方ももちろんいますが、大阪で売れてから東京に行くという人も毎年のように多く存在しています。
そもそもなんで大阪で売れているのに東京に行くのかというと、世間的な評価もさることながら単純にお金・収入のためということもあると思います。
いわば、大阪がお笑い芸人を育成して東京に輸出しているような格好ですが、別の見方をするとお笑い文化の中心地とお笑いを経済に変える中心地が異なっている、ということでもあります。
江戸時代の上方と江戸の対比が今でも続いているような感じですが、資本主義経済が高度化してくれば、文化をお金に換える経済中心地が力を持ってくるのは当然ですね。もちろん、お金だけの理由で江戸・東京が栄えているわけでもないでしょうけれど。
面白い芸人を大阪が生み出しても、巨額のマネーを生み出せるのは東京においてです。それは本人の問題ではなくて経済規模が首都圏と関西圏で巨大な差があるからです。大阪で育った芸人が東京で評価されることは、大阪人としては誇らしいと言えばそうですが、その一方で経済規模の差や世間的な評価を生み出すシステムが東京ほどではないという事実も突きつけられる寂しさも感じます。
評価されて売れることはいいのですが、大阪も評価する側・マネーを生み出す側になることが無ければ一方的に芸人という資産が東京に流れていくだけになってしまいます。
経済規模的には関西圏は首都圏に次ぎ、メディアでも東京キー局ほどではないけれど準キー局といえるテレビ局を揃えていますので、「大阪で売れる」芸人という存在が成立しています。
評価される側で喜ぶだけではなくて評価する方にも回ってこその文化だと思いますが、お笑いだけ、日本だけの問題ではありません。
アカデミー賞やオスカー賞などの芸能界・エンターテインメント分野でもそうですし、ノーベル賞や学術誌における学問・研究者の評価においても同様でしょう。日本人がアカデミー賞を受賞したり、ニューヨークやパリで活躍したり、ノーベル賞を受賞したり、欧米のトップ大学で教授になったりすることはもちろん喜ばしいことなのですが、日本人が海外で評価されて喜ぶだけではなく、評価する側にも回ってこそ、文化や学問が成熟した国と言えるのではないでしょうか。
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