ノーベル平和賞によって平和はもたらされるのでしょうか?
1925年に取りまとめられたロカルノ条約を経て、第一次世界大戦の敗戦国であったドイツが国際連盟に加盟することになり、事実上の戦後処理終結を評価されて、条約成立に貢献したフランス首相のブリアン、ドイツ外相のシュトレーゼマンが翌26年にノーベル平和賞を受賞しました。前年には同じくこの条約締結に関わった、イギリス外相のチェンバレンも受賞していますので、いかにこのロカルノ条約が重要なものであったかを示している証拠と言えます。ヨーロッパ諸国にとって、ヨーロッパの中央部に位置する大国ドイツをどうやって封じ込めることが出来るか、どうやって国際協調の中に組み込むか、ということが大事だったわけです。ロカルノ条約の前後も、国際連盟や反戦運動などに貢献した人々にノーベル平和賞が授与されていましたが、残念ながらその十数年後にはこの国際連盟や多国間協定・条約の甲斐もなく、封じ込めたはずの当のドイツ率いるナチス及びヒトラーによりヨーロッパは再び大乱に覆われました。
一方2012年のノーベル平和賞はEU(ヨーロッパ連合)そのものに与えられました。平和なヨーロッパというのはまさに悲願であったわけですから、EUという組織がその平和を象徴するものとして遇されることは問題ありません。しかし、ヨーロッパの平和はEUによってもたらされたものではありません。第二次世界大戦後、多くの人々や組織が関わった様々な条約・協定・団体によって少しずつ積み上げられて成し遂げられたのがヨーロッパの平和です。第二次世界大戦後にヨーロッパ全体が常に平和だったわけではなく、長期間にわたる冷戦があり、さらに冷戦崩壊後に旧ユーゴスラビア地域では内戦が続きました。万人が納得するものではないにせよ、なんとか紛争を収めて平和な状態を作り出したからこそ生まれたのがEUだったはずです。まとめると、EUの設立がヨーロッパの平和に貢献したというよりも、ヨーロッパの平和がEUの設立に貢献したというべきでしょう。
もともとノーベル平和賞は同時代における政治状況の影響を受けやすい賞ではあります。2012年当時はギリシャの経済破綻によりEURO脱退が取り沙汰されていた時期ですから、統一ヨーロッパというイメージを喧伝する目的があっての平和賞受賞という政治的理由があってのことだったのかも知れません。
しかし、1920年代のノーベル平和賞が示しているように、ノーベル平和賞がその後の平和も保証してくれるわけではありません。これがこの文章の冒頭の疑問に対する答えです。ただしその逆、つまりノーベル平和賞は必ず失敗する、というわけでもありません。
ざっと見るだけでも、1996年に東ティモールの平和に尽力したシメネス・ベロとジョゼ・ラモス・ホルタが受賞しましたが、2002年に東ティモールは共和国として独立を果たしました。1991年にアウンサンスーチーが受賞した後、ミャンマーは軍事独裁政権であることを止めました。ヨーロッパにおいても、長く続いた北アイルランド独立紛争絡みでは何人ものノーベル平和賞受賞者を出しましたが、今では北アイルランドやイギリスでは独立を訴えるテロは起きていません。南アフリカのネルソン・マンデラや、ポーランドのレフ・ワレサの受賞も成功したケースといっていいでしょう。
もちろん、北朝鮮の核開発や中東和平など、受賞したのに結局元の木阿弥になってしまっているようなケースも存在します。ノーベル平和賞自体には拘束力があるわけではありません。先述のアウンサンスーチーに関していうと、事実上のミャンマーの最高権力者でありながらロヒンギャ虐殺が止まらないことを理由にノーベル平和賞を剥奪すべきではないか、という議論もあります。しかし、そもそもノーベル平和賞そのものが何か平和をもたらすわけではありません。平和に関する貢献をした人や団体に授与されるものですから、順序が逆です。
果たして、ノーベル平和賞を受賞したEUがこの後どうなるのか。イギリスが離れるのはもう間違いない状況です。ロシアはウクライナに圧力をかけ続けながら、ベラルーシにも手を出しそうな勢いです。東西からヨーロッパ統一に対する反発を受けている状況ですが、ノーベル平和賞がEUにもたらすものは残念ながら何もありません。EUが、ヨーロッパに住む人々が、改めて平和に対して何が出来るかということから、再度何らかの形でノーベル平和賞を受賞するような状況を作り出すことが出来るのならば、先のEUによるノーベル平和賞受賞にも将来的な意味が出てくるのではないかと思います。
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