平繁無忙の何でも書くブログ

  • マイクロチャリティーの時代

    先日マクドナルドに行ってもらったクーポン券を見て気付いたのですが、寄付分が追加されているものがありました。

    割引されているのに一部分を打ち消す形の上乗せになってしまいますが、小銭による銚子口の寄付を集めるよりも手間も効率もいいでしょう。

    マクドナルドは店舗での支払ではキャッシュレス化も進んでいますので、こういうやり方が合うでしょうし、第一マクドナルドは財団を通じて病児とその家族のための支援を長く続けています。寄付・チャリティーがどのように使われるのかを容易に想像できるのは、きふを集める上では大きなメリットがあるでしょうし、それを集めるの手段も簡易で簡素なものであれば尚更良いに違いありません。

    少額の無担保融資であるマイクロクレジットで貧困撲滅に貢献したグラミン銀行が2006年にノーベル平和賞を受賞したように、今後の世界は少額の決済の利便性はますます増していくはずです。

    普段の何気ない購買行動においても、少額貨幣の出番はどんどん減っていっています。日本ではまだまだ手数料の割高さや導入の面倒さ、使う側の現金の利便性などのために普及はいまいちですが、キャッシュレス化は間違いなく今後もずっと割合が増えていきます。コインを貯めて寄付をするという人も減っていくでしょう。その分を、何かの消費行動と超少額の寄付・チャリティーを組み合わせるのも一つのやり方だと思います。

    500円の昼食で10円が寄付金として付属していた場合、ためらう人もいるかも知れませんが、すんなり払う人も結構いるのではないでしょうか。

    「本当に寄付するのか?」

    という疑念も出てくるかも知れませんが、超少額の決済時に手数料を極限まで減らせるようなマイクロペイメントの仕組みが出来てしまえば、例えばお店に入る500円と、寄付を受ける団体に入る10円を振り分けて一回の決済で実行することも出来るはずです。

    いわばマイクロチャリティーですかね。

    980円とか4,990円の値段が付いている商品やサービスに対して、現金であれば1,000円や5,000円を支払ってお釣りを受け取る、あるいはそのお釣りをレジ横の募金箱に入れる時代から、980円+寄付20円、4,990円+寄付10円という支払い方法が一般的になるかも知れません。

    そのためには、それこそビットコインなどのデジタル通貨の出番になりますが、現状はまだそれに適したデジタル通貨の地位が確立されてはいません。資産価値に急激な上下動があると決済手段としては使いづらいのは否めません。政府や中央銀行による公的裏付けのあるデジタル通貨の方が、決済手段としての普及は早い可能性もあるでしょう。

    自助・共助・公助の理念が色々言われていますが、賛成する人も反対する人も自助と公助にこだわりすぎにも見えます。一番効率よくかつ迅速に手助けし合えるのは民間同士の共助ではないでしょうか。この点でいえば、マイクロチャリティーは可能性も期待も十分持っていいと思っています。

  • 「時間の無駄」は自分が決める

    例えば何かの本を読んで、ありきたりのことしか書いていなかったり、自分が知っていることばかりだったり、あるいは逆に全く荒唐無稽なハチャメチャなことばかりで参考にならなかったりしたときに、「本を読んだ時間が無駄だった」と思ったりしがちです。

    その本を購入していれば金銭的にも無駄が発生しているわけですが、図書館で借りた場合は金銭的には無駄は存在しません。それよりも時間の無駄と思ってしまった方が精神的なダメージは大きい場合もあります。

    時間の無駄というのは自分にとって得るものがなかったということと同義です。

    しかし、本当に得るものがなかったのでしょうか?

    少なくとのその著者と同じ考えだったり、あるいはまるっきり異なるということは確定するわけですし、もしその本がベストセラーになっていれば、その内容を多くの人が知っていたり、支持していたりするわけだな、という感触も得られます。

    あるいは、その本を選んだ経緯が間違っていたわけで、次からはそのような選び方はしないようになるはずです。

    結局、本当に「時間の無駄」だったかどうかは、読んだ内容によって決まるのではなく、読んだ後の自分の解釈によります。

    これは書籍だけではなく、テレビだろうが新聞だろうが、あるいはインターネットだろうが何でも同じことでしょう。勉強や仕事のための調べ物だけではなく、趣味として時間を費やす鑑賞でも同じことでしょう。

    100%無駄だったと思ったら、それに費やした時間や労力はそのまま100%無駄になります。

    そうではなく自分にとって1%でも得られるものがあれば、効率は悪いかも知れませんが無駄ではなく役に立ったと言えるはずです。

    無駄と決めつけずに何か得られるものを見つけられるのも一つの能力です。これがあるかないかで、情報取得の上手さ下手さが決まってしまうかも知れません。

    どんなものにも特長や良いところ、あるいは自分にとっての教訓や感動、感心などを得ようとして、常に心がけているのであれば、多分、そういう人は人生もいつも楽しめる、充実できる生き方を出来ると思います。

  • サンフレッチェ広島と川崎フロンターレの共通点という不毛な比較

    2020年のJ1リーグは川崎フロンターレが優勝しました。ほとんどの時期で独走し、内容も勝ち点も得失点差も総得点も総失点も圧倒していました。もちろん無敗で優勝したわけでもありませんが、大崩れしないことも大きかったですし、第一単に攻撃力がすごいだけのチームというわけでもありません。攻守のバランスがJリーグの歴史上トップレベルで整ったチームでした。

    優勝決定試合で2位として直接対決に臨んで粉砕されてしまったガンバ大阪のサポーターとしては悔しいと言うよりも脱帽せざるを得ないほどの差を感じてしまいました。

    さて、これで川崎はこの4年で3回のリーグ優勝を果たしたことになります。4年で3回のJ1リーグ優勝というのは2010年代前半のサンフレッチェ広島と同じです。この2チームには共通点が他にもあります。

    (サンフレッチェ広島)
    2012年・14年・15年と4年で3回リーグ優勝
    2011年まで率いたミシャ体制では独特な攻撃サッカーだったが守備面の問題もあってタイトルを取れなかったが、森保監督になって守備面を整理して優勝。

    (川崎フロンターレ)
    2017年・18年・20年と4年で3回リーグ優勝
    2016年まで率いた風間体制では独特な攻撃サッカーだったが守備面の問題もあってタイトルを取れなかったが、鬼木体制になって守備面を整理して優勝。

    と言った感じです。だから何?と言われたらそれまでですが、リーグ戦よりカップ戦のタイトルの方が多いガンバ大阪のサポーターとしては、そんなに短期間にリーグ優勝が続くのは羨ましい限りです。

    さて、2016年以降の広島がタイトルとは無縁になりました。2018年の城福監督の下では序盤独走しましたが後半に失速して2位に終わりました。

    川崎が来年以降どのように推移していくのかは誰にも分からないことではありますが、今のサッカーを見ている限り、急にタイトル争いから離れるとは思えないですよね。監督や主力選手が一気に離れることがない限りは、川崎時代が続きそうに思えます。

    まあ、こんな比較も意味の無いものです。ガンバサポーターとして、こんなアホなことでも考えてみないとやってられません。第一、4年で3回のリーグ優勝というのは1998年〜2001年の鹿島アントラーズ、そして2007年〜2009年で3連覇を達成した同じく鹿島アントラーズも同じです。そもそも冷静に考えるとこの96年からの14年間で7回優勝している鹿島が一番エグいです。

    ともかく、5−0での完敗により目の前で優勝を見せられたガンバ大阪には何とかもう一回奮起して調子を取り戻してもらい、何とか2位になって天皇杯に出場して、決勝でおそらく戦うことになる川崎フロンターレを倒して5年ぶりのタイトルを獲得してほしいものです。

  • 今のテレビはダラダラ見るのに向いているか?

    テレビ番組の制作側が、スタッフも出演者も工夫して努力しているのは分かりますが、気楽に何も考えずにボーッと見続けられる、視線の片隅に置いておくだけの番組というのは無いように思います。

    作る側の工夫が見る側を飽きさせないよう、釘付けにするようになっているのは当然のことです。ただ、見ようと思って見るとき以外にもテレビを付けている場合、ずっとテレビを集中して内容を頭に入れようとするわけにもいきません。ものすごく面白くて一瞬たりとも目を離せないような番組を、勝手にダラダラと見てもいいのでしょうけれど、そんな手の込んだ番組は、ふと画面を見たときに、途中や最初の方が頭に入っていないとその後を見続けてもよく分からなくなってしまいます。

    そうなってくると、最初から見ないという選択肢が出てきます。

    ウェザーニューズ社が毎日24時間提供し続けているウェザーニュースのようなもので個人的にはちょうど良いですね。BGVよりはもう少し中身があって、なおかつ気楽に見られます。

    以前、NHKのに関して書いたことがある気がしますが、24時間放送の通常のニュース番組でもあればいいのになと思います。ネットでやっている日本テレビのNTVニュース24とか、AbemaTVのニュースチャンネルが一番求めるものに近いですが、リピート放送の部分が大きいので、ちらっと見たときにこのニュースはさっきも見たな、ということになるとやっぱり見続けるのは難しくなります。

    既存のテレビ局で出来うるとしたらNHKだけだと思うんですけどね。地方局のローカルニュースも全部含めれば、24時間再放送無しでのニュース(さすがに全部生放送は無理でしょうけれど)も時間は埋められるでしょう。それが国民のニーズに合致するかというと難しいかも知れませんが、民放と変わらないような出演者・制作手法・番組構成の番組を流すよりは民放との差別化が図れると思うんですけどね。

    BSでやっている、タレントのいない外国の市場を映しているような番組とかでもいいのですが、それだったらテレビである必要もないというか、YouTubeで山ほどある動画でもいいことになってしまいます。

    結局自分のライフスタイルと今のテレビ番組が合致していないのが一番の原因なのでしょう。シーズン中なら土日はDAZNでJリーグ観戦ですし、Jリーグが無い時間帯でもJFLとか地域リーグとかなでしこリーグがYouTube配信しているので、ガンバ以外の試合はそれを流し見していますので、結局は何とかなっていますが、出来れば普通のニュースもずっと流しっぱなしに出来るようなものが欲しいです。

  • AppleとMicrosoftがIntelから離れ始める歴史的瞬間が来るか

    Appleが先日、自社開発のM1チップ搭載のMacminiとMacBookAir、MacBookProを発表しました。事前には予想されていなかったレベルの性能、特に消費電力当たりの処理能力の高さを見せつけたことで、結構な衝撃が走りました。

    ハイエンド向けの製品ではありませんので、今後のロードマップが全てM1チップに置き換わる製品になるかどうか分かりませんが、少なくともローエンド・ミドルエンドクラスはM1チップで問題無さそうです。

    もちろん、Appleの新製品なんて不具合があって当然のものですので、色々あるみたいですが、それでも今後安定してきたら従来のx86CPUにとって脅威、というかローエンドでは対抗できないかも知れません。

    3万円〜8万円までの本当のローエンドであればIntel・AMDの安くて低性能なCPU搭載のパソコンも生き残れるかも知れませんが、8万以上するのであれば、Windowsにこだわらない人はMacが十分に選択肢に入りそうです。

    さて、このM1チップ搭載Macの一つの利点として、iOSアプリの一部をmacOS上で動作させることがあります。いわばmacOSとiOSの部分的な融合がなされたわけです。GoogleのChromeOSでもAndroidのアプリを一部使用出来ますので、それと似たような状況にまでAppleは漕ぎ着けました。

    PCとスマホの両方を所有し、シームレスに使い分けるという点から言えば、
    ・Androidスマホ&Chromebook
    ・iPhone&M1搭載Mac
    の組合せで考えることになります。

    パソコンOSの最大手であるWindowsは、やはりというかなんというか、モバイルアプリとの融合でも出遅れてしまいました。正確に言うと、WindowsPhone用のアプリなど消滅していますのでそもそも融合など存在しないのですが、それでもWindowsタブレット用のユニバーサルアプリと、従来のWindowsアプリ(x86、x64)の融合は出来ています。

    ただ、Windowsアプリを作成する側にとってのメリットが無いため、それほど進んでいません。さらに言うと、Armチップで動くWindows(Windows on Arm、以下WOA)自体が、Microsoftはパッケージやライセンスでの販売をしておらず、自社製品のSurface Xでしか一般公開していないため、Armチップでも動くWindowsアプリを作るインセンティブが開発者側にやっぱり存在しません。

    それでも、WindowsはAndroidスマホとは連携できるようになっていますので、完全に分離したデバイスではあるものの、多少の利便性はあります。ただ、GoogleやAppleの仕掛けほどはユーザーにとっての楽しみはありません。

    Microsoftは既にWindows販売で成り立っている企業ではありません。Azureのクラウドコンピューティングと、Microsoft365のクラウドサービスをどちらかというとBtoBで販売して稼いでいく会社になりつつあります。

    いっそのこと、x86用のWindows10のライセンスと、WOAのライセンスを同等にして、さらにはWindowsの月額課金制、サブスクリプションでの利用を一般にも開放してしまえば、Armチップ搭載のChromebookにインストールしたり、macOS上の仮想環境で使用する人も増えると思うのですが、やらないんでしょうか。

    そこまでやると、インテル社にとってのダメージも大きそうです。自作PCを中心にローエンドとハイエンドはAMDにシェアを取られつつあり、AppleからはMacで切り捨てられつつある現状を考えると大変でしょうけれど、Microsoftがそれに義理立てするとは思えません。もはや、Wintel連合という言葉を知っている世代もいい中年です。

    WOAをMicrosoftが自由に売り始めたら、AppleとMicrosoftがインテルから離れ始める歴史的瞬間を目撃することになるでしょう。

  • 人事は少ない人数で謀って電撃的に決めないと失敗する

    セレッソ大阪の監督人事が結構話題になっています。事の発端は、2年契約が今年で終了する現任のロティーナ監督との契約を来季は更新しないという報道が出たことです。セレッソも監督も公式に認めていませんが、ここまで報道されて否定もしていない以上は決まりなのでしょう。

    ロティーナ監督自体が、そもそも一つのチームを長く指揮したくないというポリシーの持ち主なので、2年で終わりということ自体はそれほどおかしなことではありません。この2年の内容について納得しているサポーターもいれば、不満を持っている人もいます。前任のユンジョンファンが初年度に2冠を達成したことと比べれば実績としては不足していますし、悲願のリーグ優勝が無くなった時点で後任を探すのは強化方針としては理解は出来ます。報道ではフロントが守備的なサッカーに不満とありましたが、そんなのヴェルディ時代を見ていれば分かるだろうとツッコみたくなりますが、それは別として。

    ただ、問題はその後任として挙がっている名前がマスコミ各社で入り組んでいて、実際に誰が本命なのかも分かっていません。

    最初に報じられた時には、名波、ファンソンホンらの名前が出ていましたが、数日経つと

    (スポニチ)名波、アギーレ、大岩
    (ニッカン)名波、ファンソンホン、小菊、クルピ
    (デイリー)ファンソンホン、名波

    となっています。全部に出た名前として名波がいますが、デイリーには本人は後ろ向きとありました。

    こんな風に情報が錯綜しているのは、メディア側が好き勝手に書いている可能性も無くはないでしょうけれど、それよりもクラブ内からのリーク元が複数あるのか、それとも全く方針が決まっていないのか、複数人に同時にアプローチして誰でもいいやということになっているのか。いずれにせよ交渉としてはあまり上手いやり方ではないでしょう。

    実際にどうなるかは中の人ですら分かっていないかも知れませんが、そもそも人事なんて極秘裏に電撃的に進めないと失敗します。ことが公になってしまうと当事者間での話し合いがスムーズにはいきません。それはプロスポーツチームに限ったことではないでしょう。

    ガンバもセレッソも、監督人事の失敗で降格や残留争いしてしまうことが何度もありましたし、特に来シーズンのレギュレーションではJ1の20チームの中から4チームが降格となります。残留できるのは16チームで同じだと考えるのか、落ちるのは4チームと考えるのか、人それぞれかも知れませんが、コロナ禍による様々な影響が来季もあり得る中でのチャレンジは結構怖いものです。

    もちろん、失敗すると決まったわけではありません。ただ、事前に話がマスメディアに漏れていたら、まとまる話もまとまりませんし、年俸や条件交渉において不利になる確率は高いはずです。

    こういう情報は平日に進展することが多いので、連休明けが注目でしょうかね。

  • 雑念キャンセリング

    ノイズキャンセリングのイヤホンやヘッドホンは結構前からありましたが、最近はワイヤレス、特に完全分離イヤホンの流行と相まって、AirPods Proのようなワイヤレスノイズキャンセリングは一大ブームになってきました。

    ノイズキャンセリングの仕組みそのものは単純で、パッシブノイズキャンセリングは耳に密着して外からのノイズを物理的に聞こえないようにします。一方、アクティブノイズキャンセリングと言われる方法では、外の騒音の波形と逆の波形の音を瞬時に作り出して重ね合わせて、音同士が打ち消し合ってノイズがなくなる、という仕組みです。

    アクティブノイズキャンセリングの方は当然ながらデジタル技術が必要です。外の音を内蔵マイクが拾ってそれをデジタル処理して逆位相の音を作って重ねますので、その動作のためのマイクロチップや電力が必要です。IT技術の進歩により、より高度により安く提供されるようになってきたのが今ということになります。

    音が波形であるために逆の波形で打ち消せるわけですが、音だけではなく光ではどうでしょうか?

    何かを集中して見たいときに、それ以外の邪魔なものを見えないように出来ればより目的を達せそうです。

    いわゆる光学迷彩になりますが、研究は盛んに行われています。光は粒子でもあり波でもありますし、音みたいに打ち消せるものでもないのでしょうけれど、いつかはある程度は実現するのでしょう。難しいことは分かりませんが。

    聞こえる音、見える光以外に邪魔なものをキャンセリング出来るとしたらどうでしょうか? 例えば、集中力を高めるために雑念を消すことは出来ないでしょうか?

    完全にSFの世界になってきますが、頭に装置を付けて外から脳波に直接影響を与えるようなエネルギーを与えれば、余計なことを考えず、目的一直線の思考が出来るでしょうか?

    そうなってくると、もはや人間と言うよりコンピュータに近くなってきますが、もしかしたら求める人も出てくるかも知れません。何かを生み出さないといけない、クリエイティブな仕事をしている人が刺激を求めて薬物に手を出すよりはマシと思う人もいるでしょう。

    ただ、雑念が消えてしまうと思いがけない発想やセレンディピティを見つけ出すことも無くなってしまいます。むしろ逆に、意外なアイデアを生み出すための脳波を作り出した方が便利かも知れないですが、それこそ余計なものとして排除したはずの、光や音を見聞きすればいいですね……。

  • ParlerというSNSはTwitter代替になるか、Mastodonの二の舞になるか

    今年の夏くらいから、Twitterにおける表現規制に反発する人たちが、一切規制はしないとされているParlerを利用し始めているそうです。元は2018年にリバタリアン寄りの、つまりは自由主義者のためのSNSだったそうですが、今は中立的とは言えないようにも思えます。

    私もアカウントを作ってみましたが、文字数制限を1,000文字まで増やしたTwitterクローンといった感じでしょうか。数回書き込んだくらいでは、まだParlerの魅力というか特徴を掴めていません。

    https://parler.com/profile/Hrsgmb

    面白いかどうかも微妙な感じというか、もはやParlerがトランプ支持層のたまり場みたいに思われている時点で使用する層もそれに抵抗がない人が集まっているでしょうし、利用者が増えてきた段階で早くも思想的に固まりつつあるという変わったSNSになってしまいそうです。

    まあ既存メディアにしろ、既にシェアを取っているSNSにしろ、トランプスキャンダルは盛大に報じてバイデンスキャンダルは報じないという偏向があったのは事実です。そういった不満を持つとこういうところに集まってしまうのは当然でしょう。

    Parlerにトランプ支持者、共和党支持者が集まっているのなら、天邪鬼としてはむしろ個のParlerの中で大々的なトランプ批判をしてみたくなります。はたして大炎上するでしょうか。

    自分がフォローしている書き込みしか表示されないので印象操作もない、という宣伝文句になっていますが、広告はどうするのでしょうかね。FacebookやTwitter上の広告をより上手く利用したのは4年前のトランプ陣営だったはずですが。

    マネタイズが当面の課題になるんじゃないでしょうか。今のところは、投資家からの支援で運営できているようです。

    Twitterだって大して儲かっていませんが、Parlerでは書き込みやその表示を完全に利用者任せにしていますので、デマやポルノや過激な主張だらけになってしまって結局広告主が嫌がってビジネスモデルが成り立たなくなるという未来もあり得そうです。だからといってユーザーに利用料を求めたらあっという間に廃れるでしょう。

    さて、そんなParlerですが、日本語でも書き込みは問題なく出来ます。

    メニューなどの言語設定から日本語は選べますが、日本語にすると各種ボタンやメニュー表示が直訳で表示されてかえって分かりづらいですね。英語表示のままの方が分かりやすいです。多分自動翻訳にかけているだけなんでしょうね。この辺は日本での利用者が増えれば改善されるでしょう。

    日本人のインフルエンサー的な人は利用していないか、公にしていないか、そもそも利用して公にしていても私に伝わるレベルで情報が出回っていないのか、まだまだ日本のユーザーには利用価値はあまり高くないですね。

    しかし、Twitterの代わりと聞いてすぐに思い出すのはMastodonです。日本で流行ったのは何年前だったかな、と調べてみると2017年でした。いちいちインスタンスを自分で立てるか、人が立てたインスタンスを使わせてもらうかしないといけないので、あっという間に話題から消えていきましたね。

    今回のParlerは完全にTwitterと同様に中央集権的管理システムになっていますので、利用者グループがバラバラにはなりません。Twitterとの違いは運営側がアレコレするかしないかです。

    今後Parlerが生き残れるかどうかは、無秩序なSNSがどこまで社会的に許容されるかという壮大な実験の結果とイコールでしょう。

  • 美術展二つ

    まずは朝から、中之島の国立国際美術館にて開催中のロンドンナショナルギャラリー展を見てきました。

    【公式】ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
    https://artexhibition.jp/london2020/

    かなり前から楽しみにしていましたが、コロナ禍で東京展から会期変更があったり、大阪展でも事前の時間限定チケットが必要になったりと、いろいろな変更や制限がある中での開催となりました。

    これに限らずコロナ禍の影響で美術館も大変な状況ですが、予定に変更はあれど、大阪でも開催されたことはありがたい限りです。

    事前にチケットを買うにあたり、人が混む土日とか夕方近い時間はまず止めるとして、平日朝10時を選んで買ったのですが、行ってみるとまあ行列。

    時間ごとの人数は決まっていると思うのですが、こんなにいっぺんに入るの?と思ってしまう状況でした。予約制でなければもっと人が入っていたんでしょうね。

    前述のリンク先にもあるように、ロンドンで市民のために19世紀に作られた美術館収蔵の作品の特別展でしたが、有名どころの作品もたくさんありました。ただ、同時に入場している人も多く、ソーシャルディスタンスとか全然なレベルでの鑑賞となっていたのは気が休まらなかったです。みんなマスクはしていましたが。

    一番最後に区切られたところで、みんな大好きゴッホのひまわりがありました。ゴッホのひまわりは全部で7点ありますが、今回の展示されたのはバブルの絶頂期に日本の保険会社が購入したものより一つ前に描かれたものです。

    個人的にはもう少し人が少なかった方がゆっくり楽しめたと思いますが、減らしすぎると売上がそのまま減りますし難しいところでしょうね。

    そもそも美術展なんておそらく客が倍入ろうが半減しようが経費はほとんど変わらないでしょう。だったら単位時間当たりたくさんの客を詰め込んだ方が儲かるわけで、人数制限をするインセンティブとは真逆のビジネスモデルですからそもそも無理な要求かも知れません。

    ちなみに、いつもの通り国際美術館では地下三階が特別展会場で、地下二階が主に現代の芸術を扱っていて特別展のチケットを買えば無料で観覧できることが多いですが、今回もありました。

    コレクション2 米・仏・独・英の現代美術を中心に
    https://www.nmao.go.jp/exhibition/2020/post_col2.html

    当然というかなんというか、こちらの方が入場者数は少なくてゆったりと見られました。

    有名な特別展で人とお金を集めて、現代美術を支えることで未来の美術につながっていけばいいですね。

    ちなみにこの中で個人的に見入ってしまったのが、

    サイモンパターソンという人の「おおぐま座」という作品です。

    おそらくロンドンの地下鉄路線図を元にして、駅名が色んな人名に置き換えられているものでした。ふっと通り過ぎそうになりましたが、英字表記の名前の中にイギリスのサッカー選手であるポールガスコインの名前を見つけて、「あ、これ実在の人名か」と気が付きました。もちろんペレやマラドーナもいました。フランス国王とか冒険家とか、路線ごとにジャンル別になっていましたね。

    さらに近くのフェスティバルタワー内の香雪美術館でも

    聖徳太子 ―時空をつなぐものがたり―
    聖徳太子像・聖徳太子絵伝 修理完成記念 特別展
    https://www.kosetsu-museum.or.jp/nakanoshima/exhibition/2020-10-31-12-13-2/

    こんなのがやっていました。

    掛け軸の聖徳太子絵伝をどのように修復していったのか図説でも解説が展示されていたのも良かったですね。

    多分、国立国際美術館と掛け持ちで見に来た人が他にもいたんじゃないでしょうか。

    こっちの方はさらに人も少なく、展示物一つに一人二人くらいだったので見るのも気楽でした。

    国際美術館と小道を挟んで、建設中の大阪中之島美術館の姿がだんだん大きくなってきました。完成は来年6月でオープンが22年早春らしいです。

    画像1

    隣には市立科学館もありますし、少し離れていますが東洋陶磁美術館も中之島内にありますので、大阪でミュージアムといえば中之島、という時代になりそうです。

    東京の上野公園ほどの規模や密集度ではありませんが、京都市京セラ美術館・京都国立近代美術館・細見美術館などが集まっている京都の岡崎公園付近みたいな感じにはなれるでしょうか。

  • サッカークラブの戦術と戦略

    一般的には戦術が局面的・局地的・短期的な対応のためのもの、戦略が総合的・長期的な対応のためのものだとされていると思います。

    「戦」術・「戦」略とは言っても、戦争以外でも日常的に使用される言葉になりました。ローレンス・フリードマンの書いた「戦略の世界史」においては、戦争以外に政治、社会運動、革命家、企業ら多くの個人・団体が戦略的な言動を取ってきたことが指摘されています。

    戦略の世界史(上)
    https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/17645
    戦略の世界史(下)
    https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/17646

    当然ながらスポーツ、プロチームでも戦略も戦術もあるでしょう。サッカーでも分類出来ると思います。

    試合の際に、自チームの状況や相手チームに合わせて選ばれるスターティングメンバーやフォーメーション、試合中の選手交代などは一番小さな戦術、いわば「小戦術」です。

    数試合を通じて、選手のコンディションや調子、前の試合結果や次・その次の試合に備えて選手起用や小戦術を検討する「中戦術」。

    シーズンを通して貫かれる方針や、リーグや世界のサッカーシーンでの流行にも影響されるような、中戦術や小戦術の土台となるのが「大戦術」と言えます。

    監督・コーチ陣・選手が検討・実行するのが戦術に当たるとすれば、クラブ経営者・幹部・GM・強化部が担当するのが戦略となります。

    数ヶ月や一年の範囲で行われる、選手獲得、監督やコーチの招聘、そして成績やチーム状況に応じて為される解任などが「小戦略」となるでしょう。また、経営面でも試合時のイベント開催やファンクラブ・シーズンチケットの特典、さまざまなメディア・SNSでの広報戦略もあります。

    一年だけではなく、数年レベルでのチーム作り、選手獲得・育成、経営面でも数年レベルでの財務状況や人事を考えていくのが「中戦略」。

    そしてサッカークラブの場合は何十年も続くクラブのフィロソフィーというものが存在しますが、それが「大戦略」に当たります。

    FCバルセロナのように誰もが認めるフィロソフィーを持っているクラブですとか、あるいは同じくリーガ・エスパニョーラで言えば、バスク人で選手を構成するアスレチック・ビルバオのようなクラブもフィロソフィーが長年に渡り保たれているクラブです。ビルバオの場合はクラブレベルの話でもないですが。

    Jリーグでフィロソフィーがしっかりしているのは鹿島アントラーズでしょう。ジーコイズムと言い換えることも出来るでしょうけれど、30年近く継続する方針であり、クラブそのものでもあります。

    読売クラブ時代からの歴史と伝統を持つ東京ヴェルディ1969も、長くJ2暮らしが続いていますがアカデミーから技術の優れた選手を育成している方針は全く変わっていないように思います。

    アカデミーからの選手育成については、当然ながらガンバも長く成果を出し続けています。宮本、稲本、大黒、家長、宇佐美、井手口、堂安、食野と欧州移籍した選手だけではなく、ガンバ含めたJクラブに多数選手を供給してきました。

    クラブの戦略とチームの戦術が今一番噛み合っているのがここ数年の川崎フロンターレでしょう。経営や広報面での成功と、チーム強化・タイトル獲得での成功を車の両輪のように成立させています。

    上手く行かない、予想通りに進まない、対外的な影響に潰されるということはサッカークラブに限らず、戦争でも企業経営などでも起こります。むしろ予定通りに進まない方が当たり前で、それに対してどのように対応していくのかということが重要であり、それは前述の「戦略の世界史」にある通りです。

    サッカークラブの場合、戦略面で成功していれば、戦術面で多少失敗してもリカバリーは出来ます。逆に戦略面で上手く行っていないときに戦術面でも失敗するとやっかいなことになります。

    例えば、チーム強化が上手く行かず残留争いに陥ったとき、戦略面(アカデミー育成、財務状況、指導者確保)が出来ていれば、監督交代や緊急補強などで打開できますが、資金難で選手獲得や監督交代が出来ないと打つ手がほぼ無くなります。

    また、戦術面、チームの成績が良い状態が続いていても、経営や財務面で大きな失敗を抱えていると、溝畑社長時代の大分トリニータのようにナビスコ優勝&J1リーグ4位の翌年にクラブ消滅の危機を迎えてしまいます。

    クラブとしては重要度としては戦略>戦術であり、それぞれにおいて大>中>小の順位も付けられます。重要度と言ってしまうと、じゃあ一年の戦略や一試合の戦術はどうでもいいのかという感じになってしまいますが、言い方を変えると「取り返しの付く付かないのレベルの違い」と言っても良いでしょう。

    枝を伸ばして葉で栄養を作り花を咲かせて実を付けるのが戦術・チームであり、根を生やし幹を太くして伸ばして木全体を大きくするのは戦略・クラブという言い方も出来るでしょう。日々の勝敗だけにこだわるのは、言葉通り「枝葉末節」の問題です。見ているファンにとってはもちろん重要ですが、幹の部分を大事にしているクラブが成功している一方で、枝葉ばかりが注目されるクラブも明らかにありますよね。

  • 芸能人YouTuberの登場と、旧来のテレビ番組製作手法の危機

    芸能人、それも毎日テレビに出ていてもおかしくないランクの芸能人もYouTubeをやるようになりました。

    それぞれやその後ろにいる事務所とかには色んな思惑があるのだとは思いますが、その芸能人のファンにとっては喜ぶべきことでしかありません。

    その一方で、そのYouTube動画をファンが見ている時間は、おそらくテレビ番組は見られていません。テレビ番組に出ている芸能人がYouTubeにも動画を出すことで、言い方は悪いですがテレビ番組・テレビ局の邪魔、利益を奪っているとも言えます。

    テレビ番組の評価は基本的に視聴率で行われます。その他メディアや評論家、あるいはSNSでの評判などで総合的に判断されますが、特定の芸能人のファンにとっては番組内容よりはその人本人をずっと見ていたいという気持ちも当然あります。

    番組そのものの面白さを楽しむ視聴者も当然います。むしろそちらの方が多いかも知れません。しかし、民放のテレビ番組では無料で提供されるため、視聴率を稼いでスポンサーへのアピールが第一となります。面白さ・満足感を後回しにしてでも視聴率最優先になり得ます。今さら批判するほどのことでもありませんが、CMまたいで無理矢理注目を伸ばそうとしたり、次はこの内容!という過剰なアピールだけをして実は次週に先延ばししたり、中途半端な時間であるXX時54分始まりの番組などは枚挙に暇がありません。

    視聴者が番組を見ていてちょっとイラついたり不快になったりするような手法を使ってでも、視聴率を稼がないといけないのは民放のビジネスモデル故なのでどうしようもありませんが、そういったことを行わない手法をストリーミングサービスが行ってきたら対抗のしようがなくなります。

    有料配信サービスであれば視聴者の満足度が最優先となります。嫌がられるような引き延ばしなどする必要がないのです。これはテレビ局に誠意が無くて、配信サービス運営会社が誠意があるということではありません。ビジネスモデルの問題です。

    動画配信サービスでのちゃんとしたドラマなどだけではなく、YouTube動画などでも同様です。そういった動画であれば、引き延ばしするよりも、むしろ少しでも間延びした部分を細かくカットすることもあります。見る側を飽きさせず、再生から離脱させないようにしています。

    また、冒頭に書いたようにファンにとってはテレビ番組を見るだけではその芸能人を応援している感があまりありません。自宅に視聴率測定器が無い視聴者にとっては、自分が見ていてもサポートしていることにはなりません。YouTubeなりその他の配信サービスで見れば、ごくわずかながらも自分が好きな芸能人を支えている実感を持つことが出来ます。投げ銭システムがあるライブ配信などですとさらに直接的なサポートが行えます。

    ラジオでは聴取率測定をradiko経由に切り替えたことで、radiko経由で番組を聴くことがサポートに直結しますが、テレビではそうではありません。

    ファンと芸能人がテレビ番組を介して薄いつながりを持っていた時代から、ネット経由で直接関われるようになってきました。それが原因でトラブルも当然あるでしょうけれど、この流れは止まらないでしょう。

    ムービーとしてのクオリティには当然、テレビ番組と個人配信には大きな差があります。しかし、その差を現状のテレビ番組の製作手法が縮めてしまっているとしたら、皮肉というより他ありません。テレビを見ずにYouTubeを見るようになったのが単に時代の流れだけだとは言えないでしょう。

  • 使用電力が一番少ないデバイスを利用するべきか、一台のデバイスのみを利用するべきか

    デスクトップパソコン、ノートパソコン、タブレット、スマートフォンと大きいものから小さいものまで、ITデバイスとして存在する時代になりましたが、そのデバイスで行う作業も特定のデバイスでしか出来ないというものも減りました。

    使いやすさや効率、性能を無視すれば、メール、SNS、イラスト作成、写真撮影・編集、動画撮影・編集、文書作成、オフィス事務作業、電子書籍閲覧、動画視聴、ウェブサーフィンなど、たいていのデバイスでたいていのことは可能です。

    もちろんデバイスとしての特性や、作業自体の特性を考えればそれぞれ得意不得意が存在します。そのためにパソコンでMSオフィス文書を作成し、スマホで動画を撮影して、タブレットで漫画を読んで、といった使い分けをすることになります。

    ほとんどの作業を一つか二つのデバイスで済ませる人がいる一方で、多くのデバイスを所有して使い分ける人もいます。通信のためのモバイルルータや、Kindleなどの電子書籍専用端末、デジカメのような撮影機器といった特定の用途専用デバイスを含めれば組合せのパターンはさらに増えます。

    一台に集約すると持ち運びが楽ですし、使用スペースも電気も節約できるでしょう。しかし、そのデバイスが故障したり不調になったりすると途端に困ります。

    その一方でデバイスを使い分けすると、持ち運びに手間もかかり、使用するための空間を多く必要とします。

    使い分けた方が良いか、一台でまとめた方が良いかは人それぞれによって向き不向きがあるでしょう。それは当たり前のことで、不自由なく選べるときには各人が自由に使えばいいだけの話です。

    しかし、自由にデバイスを使用出来ない場面では何かを諦めないといけません。

    例えば、出先、特に旅行や出張などで移動している途中や移動先で利用する時には、デバイスを自宅のように自由には使えません。移動時の持ち歩きを考えると出来るだけ持ち物は減らしたいところです。

    例えば、パソコン・タブレット・スマホ・モバイルルータ・デジカメ・電子書籍端末を自宅で使っている人の場合、荷物を減らすならタブレット・デジカメ・電子書籍端末を持たず、パソコン・スマホで代用することもあるでしょう。スマホの通信容量データを節約することを考えなければ、モバイルルータも持たなくても良いでしょう。移動先での利用内容によってはパソコンではなくモバイルキーボード+スマホでも済む場合もあります。

    究極的にはスマホだけでなんとかなります。実際、確か高木剛氏や、Twitter社CEOのジャック・ドーシー氏はiPhoneだけで仕事をこなして移動時もその他のデバイスを持ち歩かないと聞いたことがあります。

    仕事でも遊びでもスマホだけでなんとかなるのであれば、それはそれで持ち運びも楽ですが、向いていない作業も当然あります。それは許容出来ても、スマホが壊れたりバッテリ切れなどで使えないときに即、困ることにもなります。

    また、電子書籍を読むだけならスマホよりも電子書籍端末の方が消費電力は少ないです。モバイルバッテリや充電器の使用頻度の違いも出先では重要でしょう。それは逆の場合も同じで、ただ動画を見るだけならパソコンやタブレットよりもスマホで見る方が消費電力は少なくなります。

    平時の旅行先・移動先であれば途中で買い物をしたり誰かに助けてもらうことも出来るでしょうから、それほど困った事態にはならないでしょう。そもそも、そこまで移動時のITデバイス利用について悩む人もあまりいないかも知れません。

    しかし、例えば大規模災害時の避難場所での電力利用に悩むことは、誰にとっても起こりうることです。コンセントの数も限られますので、ずっと一人が一つのコンセントを使い続けるわけにもいきません。一つで何でも出来るデバイスのみ充電するか、用途に応じて消費電力が少ないデバイスを使い分けるのか、どちらの方が望ましいのでしょうか?

    特定の用途に応じた最も電力効率のいいデバイスを使うメリットは、トータルでの消費電力が少なくなることですが、その代わりデバイスごとに充電が必要です。一つのデバイスで何でもやる場合は充電が簡易というメリットがありますが、用途によっては電力の無駄遣いもあり得ます。

    用途ごとに使い分けた方が良いか。デバイスを絞った方が良いか。

    充電効率、電気の利用効率から考えるか、充電のしやすさやコンセントのシェアを考えるか。

    クリーンエネルギーを求める声が増えていく今、人間単位や時間単位における生産性、生産効率だけではなく、使用電力に対する生産性や、充電・電力供給の共用・共有を考える時代が来るかも知れません。