平繁無忙の何でも書くブログ

  • 誰がコンピュータを準備するか

    教育現場におけるコンピュータの利用についてなかなか進んでいかないですが、「コンピュータ’を’勉強する」のと「コンピュータ’で’勉強する」のがごっちゃになっているような気がします。

    前者の方はもちろん、パソコンを始めとするデジタル機器を使い、キーボードやマウスの操作から始めて、ブラウザや表計算ソフトなどの使い方を覚えて、最終的にはウェブページの制作、プログラミング、ロボットアームなどを動かすといったことが目的となるでしょう。

    一方後者のほうは、これまで黒板にチョークで先生が書いていた内容を電子黒板に表示したり、生徒が紙のノートや教科書を書いたり読んだりしていたのをタブレット端末に置き換えて使いやすくする、というのが目的のはずです。

    コンピュータそのものを学ぶのと、コンピュータを利用して学ぶのとの違いでもありますが、何のためにコンピュータを学校教育の現場に導入しないといけないのか、というところでもちろんどっちも必要なんですが、コンピュータを利用することが目的化されているような気がしてなりません。

    いずれは、というか既に現在でもコンピュータを教育に生かす取り組みが必要なことは分かりますが、じゃあどうやって生かすか。

    先日、文部科学省が新たな方針を発表しました。

    「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」について
    http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1411332.htm

    いらすとやの絵が多用されているところにまず引っかかりますが、それはともかく、ハード上の課題としてパソコンの準備が少ないことが取り上げられています。確かに、最近の子はみんなスマホあるいはタブレットで完結するような使い方をしていますので、わざわざキーボードが必要なパソコンを利用することはないですし、そもそもコンテンツを消費するだけならスマホの方がパソコンよりも使い勝手は良いでしょう。しかし、コンテンツを作ることを考えると、やはりスマホだけでは無理が出てきます。出来ないことはないけれど、ぱそこんの方が圧倒的に便利です。これは物理キーボードやマウスだけの問題ではなく、インターフェイスがアプリを中心にしているかファイルを中心にしているかの違いです。

    スマホを利用するときにファイルそのものを意識することはありません。せいぜい写真・動画などが内部的にも1つずつ独立していそうな表示になっているくらいです。逆にパソコンであればエクスプローラーなどのファイル管理ソフトを見れば写真もテキストもアプリケーション自体もファイル単位で利用することが一目瞭然です。

    何かコンテンツを作り出すときに、そのたび毎にファイルを一つ作成する、という流れはパソコンの方が分かりやすいでしょう。ファイルそのものを意識させないスマホではコンテンツ作成時にアプリの中で完結するように見えてしまいます。

    パソコンを利用して勉強する分にはファイル管理を考える必要はありませんが、パソコンを勉強するのであればファイル管理の仕組みを学ぶことは必須でしょう。

    話を文科省の方針に戻しますが、この上記の方策では基本的にパソコンを児童・生徒一人に一台用意するのを目標としています。

    相当な費用が予想されますが、パソコンといっても何を用意するんでしょうね。まさかWindows端末ではないか、という恐れもあるのですが、どうなんでしょうか。

    今のWindowsは10になってから、毎年2回の大型アップデートを無料で提供し、今後はずっとメジャーバージョンアップはしない(Windows10のまま)と明言しています。かつてのようにパソコン毎にアップグレードできるバージョンが限られるということ自体は起こりえないのですが、それでも機能が追加されていくと性能が追いつかなくなってくることは想像できます。ITの世界は機器の陳腐化が世間一般よりも非常に早く、10年前のパソコンではWindowsだろうとMacだろうと、あるいは10年前のスマホであってもそれぞれ最新の機能は使えません。マイクロソフトがWindows10のSモードを相当軽快に作ってくれれば長持ちするかも知れませんが、それでも画面や基板・キーボードの耐用年数がありますから、もって10年程度ではないでしょうか。

    10年持たない機器を日本全国の生徒に一人一台分の用意をするというのはかなりリスキーだと思います。GoogleのChromebookという解決策もありますが、動作が軽快でバージョンアップに伴う陳腐化も可能性は低いですが、一方でパソコンらしい(Windowsらしい)ファイル管理とは仕組みが異なります。基本的にブラウザベースで動き、クラウド利用が前提のものですし、個人情報などでGoogleに対する忌避感を持っている人も多いでしょう。また、Googleは提供しているサービスを止めてしまうことも多いですから、買ったはいいがその後でGoogleがChromebook事業を続けなかったらお金の無駄になってしまいます。その点、マイクロソフトがWindows事業を止めてしまう可能性はゼロに等しいでしょうから、悩ましいところです。そうはいってもアメリカでは教育現場でのChromebookが結構導入されている層ですので、GoogleがChromebook事業を止めると大規模な訴訟に発展するでしょうからそうそう止めないとは思いますが。また、Windows同様、OS自体が軽くてもハードウェアの物理的な故障が起きてしまうとどうしようもありません。

    いっそのこと生徒側はシンクライアントの端末扱いにして、サーバ側でOSを準備してBYOD(Bring Your Own Device=個人持ちの端末を持ち込むこと)として持ってきてもらったパソコン・タブレットからアクセスさせてしまえば、多額の予算は必要無いのではないでしょうか。

    学校側で端末を全て準備するのはあまりにも費用がかかりすぎると思いますし、自分が普段使っている端末を使った方が使いやすいに決まっています。不公平感があるかも知れませんが、ノートや鉛筆だって自分で用意させているのですから、その延長線上と思えばそう無茶な案ではないと思うのですが。

  • ASEANとサッカー外交

    先日、ASEANに所属する国々がサッカーワールドカップの共催を目指すというニュースがありました。

    東南アジアで 2034年W杯招致へ 首脳が合意
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46472360T20C19A6000000/
    東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳は23日、2034年のサッカーワールドカップ(W杯)の共催をめざすことで合意した。

    別の報道では10ヶ国での開催を目指す、といったことが書かれていました。

    さすがに10ヶ国での共催は無理があるような気がしますが、1ヶ国では何十年経ってもワールドカップやオリンピックを開催できないような国でも、共催の中の1ヶ国として数試合担当するだけなら可能、という経済規模の国家にとっては非常に魅力的な話でしょうね。

    日経の記事では「インドネシア、タイ、マレーシア、ブルネイ、シンガポール」という具体的な国名が挙がっていました。この5ヶ国のうちインドネシア・タイ・マレーシア3ヶ国は2007年に行われたアジアカップの共同開催国(あと一つはベトナム)です。日本代表がオシムジャパンとして挑み、残念ながら4位に終わった大会でしたが、暑さとの戦いでもあった大会でした。

    サッカー人気、スタジアムなどのインフラ、代表の強さなどを考えるとこの4ヶ国が中心になるのは間違いないでしょう。ベトナムもサッカー人気を考えると共催に加わらなければ国民から反発があるのではないでしょうか。また、ブルネイは石油による収入、シンガポールは商業国家としての経済力あるのでインフラ整備は問題ないでしょうね。

    この5ヶ国が決勝トーナメント以降もやるとして、それ以外の国はグループリーグのみ、せいぜいラウンド16の一試合くらいの開催になるでしょう。
    ベトナム・フィリピン・カンボジア・ミャンマー・ラオスがそうなるわけですが、ベトナムはもっと試合数は多く出来そうな気がします。
    ラオス・ミャンマー・カンボジアあたりはスタジアムや交通機関などのインフラ整備のきっかけにもなるでしょう。

    ちなみに、外務省のASEANのページの新着情報には、本日時点で2つもサッカー関連の話題が入っていました。サッカーをキッカケとしての外交・国際交流はいいですね。これもソフトパワーの一種だと思います。

    河野外務大臣とASEAN各国及び東ティモールの駐日大使等によるサッカー観戦
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007156.html

    東南アジアサッカー選手団による鈴木外務大臣政務官表敬
    (国際交流基金事業「サッカー国際親善試合」のための訪日)
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/ca_opr/page4_005062.html

    まあ、そもそも今の河野外務大臣がもともと湘南ベルマーレの社長をやってたこともあるんでしょうけれど、そういう経歴も逆に外交に利用しているようですし。

    河野外相、習氏にベルマーレ紹介「主席の頭に刻まれた」
    https://www.asahi.com/articles/ASM6X45HCM6XUTQP00S.html

    むしろ外交をベルマーレに利用しているような気がしないでもないですが、多彩な経歴がある人の方が多角的なものの見方を出来るでしょうし、外務大臣には向いているんでしょうね。

  • 「貧富の格差」よりも「知識・教育の格差」の是正を

    格差社会到来とか格差拡大による問題などが言われていますが、その「格差」というのは一般的には「貧富の格差」のことです。
    その「貧富の格差」の定義自体は、世帯収入や個人収入、あるいは資産の多寡が目安になっていますが、あくまで計量可能な金銭面の話です。

    しかし、社会に存在する格差としては「貧富の格差」よりも、「知識の格差」の方が大きいかも知れません。

    知識と言っても単純な記憶の問題ではなく、知識を得ることや進学することの重要性について知っているかどうか、の格差のことです。「教育格差」とも言っていいでしょうけれど、そう書くと教育制度の問題として捉えられがちですので、あえて「知識の格差」と呼ぶことにします。

    もはや常識になりつつあるかも知れませんが、親世代が高学歴の場合、その子どもも高学歴な確率が高いと言われています。都会と地方での格差もありますが、当然ながら同じ地域に住んでいても格差があります。
    そして残酷なことに、学歴の格差がそのまま貧富の格差にもデータ的にはほぼ反映されています。

    極端なことを言えば、貧富の格差に関しては政府が富の再分配によってある程度の是正は可能です。累進課税自体がそういうものですし、それによって得られた税収が生活保護や各種手当などに回されればさらに富の再分配が行われることになります。

    しかし、知識の格差に関しては再分配が難しいです。なぜなら、富の再分配と知識の再分配では当然ながら全く異なるからです。具体的にいうと、富の再分配を受けることを拒む人はまずいません。定められた金額以上の税金を払う低額所得者なんているわけありません。また、生活保護や手当など、申請すれば貰えるお金ですから申請を知らない人はいても申請してもらわないという選択肢はあり得ません。

    一方で、知識の再分配のために教育への重点的な予算配分、例えば学費無料などの施策を打ち出しても、進学より就職を選ぶ(正確には子どもに就職を強要または誘導する)選択をする人が出てきます。

    大阪市では塾代助成事業と銘打って、大阪市内の塾に通う費用に関しても、収入などの制限がありながらも助成しています。

    大阪市塾代助成事業
    https://www.juku-osaka.com

    これにしたって、塾の重要性を認識していない親御さんにしてみたら子どもを塾に通わせるのも面倒だと思って利用されないでしょう。進学させないから塾に行かせなくていい、と考えている親に育てられる子どもが、勉強して進学したいと思ってもなかなか親の言うことを否定して自己主張するのはまだまだ日本では難しい家庭環境だと思います。

    ちなみに東京にも似たような制度があります。

    受験生チャレンジ支援貸付事業
    http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/seikatsu/teisyotokusyataisaku/jukenseichallenge.html

    知識あるいは教育が重要だと考える人に囲まれて育つのと、重要だと考えない人に囲まれて育つのとではおそらく、その子の将来を大きく左右するでしょうし、そして多くの場合、収入に直結してさらに貧富の格差が増大していくことになります。

    日本国内で言えば都会と地方の間の問題でもありますし、同じ都会(地方)の中でも大きな差があるはずです。多分これは日本だけの問題でもなくて、先進国と発展途上国の間でも、そして先進国間・発展途上国間でも似たような問題はあるのだと思います。

    この知識・教育の格差の是正はなかなか難しく時間のかかることだと思います。日本でいうと、明治維新後に教育によって富国強兵を実現するという期待があったにせよ、その前から町人レベルでは寺子屋に通わせることが行われていました。今の日本国憲法には国民の義務として子どもに教育を受けさせないといけません。15歳までの義務教育の実施は間違いなく教育格差の縮小(少なくとも拡大防止)には役立っていました。しかし、大学進学率が年々高まっていく中で、義務教育が15歳までであることが知識・教育格差の拡大防止に役立たなくなりつつあります。

    高校無償化や大学無償化などはそうした文脈で捉えるとそれほどおかしな政策ではないと判断できます。事実上、高校や大学が半分義務のようになっていて就職するために大学に進学するという社会状況なのですから、学費が抑えられてないとおかしいという解釈もできるのではないでしょうか。

    もちろん、大学の名に値しない大学をゾンビのように延命させる措置になりかねないという懸念は真っ当なものです。それを防ぐために文科省が大学あるいは高校への関与を強めれば、なおさら反発も大きいでしょう。無条件・無制限の無償化ではなく何らかの上限や制限をつけた方がいいのかもしれません。

    しかし、大学に進んだ親世代が増えれば、その子どもに対して知識・教育の重要性を教えてくれ、そうなれば知識の格差の是正になっていくはずです。長期的に見れば教育の無償化は将来に役立つはずです。

  • 姫路市立美術館で開催中の「奇蹟の芸術都市バルセロナ」展に行きました

    姫路市立美術館は国宝姫路城のすぐ側に存在します。姫路城や書写山には来たことがあるのですが、姫路市立美術館は初めて訪れました。

    大阪から姫路までは隣の県というと近い感じがしますが、姫路自体が大きな兵庫県の中でも大阪とは逆の西側に位置しますので、小旅行のような感じです。もちろん、新幹線なり新快速なりで毎日通勤通学している人はいると思いますけれど。

    JRの新快速で姫路駅について外に出ると、真っ正面に姫路城が見えます。確か再建されてからは行ってないのですが、今回は姫路城が目的ではないのでパス。

    ちなみに、いつからこうなっているか分からないのですが、姫路駅から姫路城までのまっすぐの道が段差がないように作られていて、バリアフリー化されていて相当歩きやすくなっています。車椅子の人でも全然苦もなく進めるのではないでしょうか。

    姫路城の東側に回り、姫路市立美術館に向かいます。

    中に入ってホームページにあった割引券を提示して100円引きとなりました。

    http://www.city.himeji.hyogo.jp/art/exhibitions.html

    上記リンクの下部にあります。もし行く方がいればお得ですよ。

    さて、入って見ると特別展の前に

    ベルギー近代美術の諸相
    http://www.city.himeji.hyogo.jp/art/exhibitions/gallery.html

    収蔵されている美術品から出してきた作品の紹介する展示が無料でありました。

    その展示室を過ぎた先で特別展が行われていました。

    内容としては、美術品だけではなく、バルセロナの都市計画や万国博覧会の設計図やポスターなどもあり、終盤にはピカソ・ダリ・ミロの作品の展示もあって結構楽しめました。

    ただ、展示品の側にある説明書きの文字が小さかったので、音声ガイドをレンタルすれば良かったかなとも思いました。

    さて見終わって外に出て、商店街の方を通って姫路駅に向かいましたが、この商店街の大通りもフラットに作られていて、さすがにお店の入り口には段差がありますが、何度もあった車道との交差では段差がなく、意図的にバリアフリー化しているんだなと分かる作りでした。

    姫路市のホームページにちゃんと書いてありますね。

    姫路市のバリアフリー化整備に関する取り組み
    http://www.city.himeji.lg.jp/s70/2212583/_8327.html

    展覧会としては結構なグレードだと思いますが、平日で天候も悪かったからか客入りが少なかったように思えました。しかしなかなか姫路までは来づらいですよねえ。姫路城観光と合わせてなら来る人もいると思いますが、その辺のアピールも少ないでしょうか。姫路城とコラボしての広告とかは難しいんですかね。

  • 転売に必要性があると思うなら最高裁で争うべき

    少し前のニュースですが、チケットの高額転売を禁止する法律、通称「チケット不正転売禁止法」が制定されました。その際に、まさにそのチケットの高額転売を仲介して利益を上げてきていた、チケット売買仲介サイト「チケットストリート」がこんな見解を掲出して批判を浴びています。

    「転売容認?」と主張に批判集まるも「チケットストリート」は「取材拒否」 弁護士は「当事者の自覚がない」とあきれ顔
    https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1906/22/news024.html
     まず前提として「当社で売買仲介するチケットはすべて、売り手会員より『不正転売にあたらない』旨の誓約をうけて掲載しています」「買い手の方の注文にあたっては必ず『転売目的での購入でないことの確認』をお願いしています」「当社は不正転売を一切許容しません。上記の誓約にかかわらず不正転売のおそれがあると当社が判断した場合、注意喚起・出品の削除・利用制限等を実施しています」と3つの状況を説明。
     「未発券状態(例:コンビニの発券番号の譲渡)では、一般的には特定興行入場券には該当しない」とした他、「単に営利目的の転売が禁止されているだけのチケット」は、不正転売禁止法で転売が禁止されている「特定興行入場券にあたらない可能性がある」と解釈し、「特定興行入場券に該当しないチケットは、販売価格を超える価格での出品であっても、不正転売にはあたりません」と述べています。

    法解釈に関しては実際に起訴が起きて裁判の判決まで進まないと確定しないのかも知れませんが、チケットストリートが今回の新法を完全に無視することは上記の声明から明らかです。

    そりゃあ、チケットの高額転売で儲けていた会社ですから、この新法を遵守してしまえばそもそも成り立たないビジネスモデルなわけで、こう言いたくもなるのでしょうけれど、しかしここまで堂々と法律を無視しますと宣言するのは珍しいかなと思います。

    上記リンクの終盤に、弁護士のインタビューもありますが、確かにチケットストリートはなんで今回の法律が出来たのかということを分かっていて無視しているんでしょうね。ここまで来るのなら、イベント開催側がチケットストリートを相手取って裁判を起こすしかないような気がします。

    一部の主張として、チケットストリートを擁護するしないにかかわらず、自由資本主義経済においてチケットの高額転売も自由主義の観点から認めるべき、という理屈が存在します。チケットをいったん購入した人間がそれをどう扱おうとも勝手だ、ということです。それは確からしく思えますが、その一方で、売る側の自由も存在しています。売る側にだって売りたいところに売る権利がありますし、当然ながら転売目的で買う人よりもイベントに参加したいという人に売りたいのは当たり前のことです。

    見るつもりだったけれど行けなくなったので他人に譲りたい、ということであれば何十倍にも値段が上がる正当性はありませんが、個人間での取引となるとコントロールが効かなくなってしまうのも当然です。それなら、販売元にチケットを引き取ってもらえる仕組み、そしてそのチケットを再販売する仕組みがあればいいわけです。以前、チケットの高額転売問題に関してこんなnoteを書きました。

    https://hrsgmb.com/n/n656b906973a6

    チケット購入時の本人確認と、販売元・興行元に返品出来る仕組み、再販売する仕組みを備えようと思えばチケットをデジタル化・電子化するよりほかないはずです。

    今回のチケット不正転売禁止法は転売問題の一つの解決策ではありますが、アナログのチケットを掲示板やSNSで個人同士で売り買いするパターンには後追いでの対処しか出来ません。高額での転売を防ぐ方法は販売元・興行元が抜本的に売り方を変えるしかないのではないでしょうか。

    また、自由主義・資本主義としてチケットの高額転売も認めるべきというのであれば、今回のチケット不正転売禁止法そのものを違憲として政府を訴えて、最高裁まで争うしかないでしょう。その結論が出る頃にはチケットの完全デジタル化が実現して意味のない判決になるかも知れませんが。

  • 2019年7月3日天皇杯2回戦ガンバ大阪対カマタマーレ讃岐観戦記

    昨年の天皇杯のことを思い出そうとすると頭に鈍痛を覚えるガンバサポは多いと思いますが、無理して思い出さずに未来を見据えて行きましょう。

    さて、今年の天皇杯初戦は学生ではなく同じプロのJ3所属カマタマーレ讃岐です。先月はJ3でガンバ大阪U23と対戦していますから、ガンバにとってはスカウティングもやりやすかったのではないでしょうか。もちろん、同じメンバーで来てくれるわけでもないのですが。

    逆に讃岐からするとU23で出ていた選手はほぼ、今回の天皇杯には出ませんから選手レベルでの対戦した感覚は余り役に立たないことになります。

    結局言いたいことはガンバが勝たなければならない相手なわけですが、まさかリーグ戦と同じフルメンバーでは挑まないだろう、と思っていました。

    ガンバのスタメン・フォーメーションはこんな感じ。

        中村  食野
        高江  福田
    コンチャ  矢島  小野瀬    
       青山 菅沼 高尾
          東口

    3バックの時点で予想が当たってないのですが、コンチャの左アウトサイドでの起用もなかなか意外でした。後は小野瀬が怪我から復帰です。

    さて、午後からずっと降っている雨の中キックオフです。

    中村が狙い澄ました先制点と、豪快に奪った追加点で早い時間に2-0としてイージーな試合展開にしてくれました。

    しかし左のコンチャがどうも周りとも合わないし、プレーイメージに身体がついて行っていないきがします。

    中村の優しいプレゼントクロスを食野がきちんと合わせて3−0にしてから、チーム全体の厳しさが緩んだように見えました。いつでも点が取れるような感じになったと言うべきでしょうか。そうなるとサッカーの神様は相手に微笑みます。少し押し込まれる場面が増えたところで与えたFKが、壁に当たってコースが変わって入り3−1となります。

    失点自体は偶然の要素がありますが、あの時間帯にやっていたサッカーの内容で失点したのは妥当であり理不尽ではない失点だと思います。

    3点リードした状況で緩んでしまったのは、先日のルヴァンカップの長崎戦と同じですね。あっちは180分トータルでの4−1から4−3に追い上げられましたが、こっちは45分のみで緩んでしまいました。

    さて後半、双方交代がないまま始まりましたが3−1の時間が続きます。相手のミドルを東口が前にこぼして詰められたシーンが一番危なかったですね。あそこで決められて3−2になっていると展開が分からなくなっていたところでした。

    アデミウソン、高木と交代で入ってきて前線が活性化されました。アデミウソンが入った時に、ガンバは3−5−2から3−4−3に移行しました。

            高木
         アデミ  中村
      福田  矢島  田中  高江
         青山 菅沼 高尾
            東口

    攻められるシーンもある中で前の人数を増やし、追加点を奪って勝負を決める方針だったのかも知れませんが、これが功を奏します。高木が相手GKのキャッチミスながらゴールを決めて4−1となり、実質的に試合が決まりました。最終結果は7−1と終わってみればしっかりと力の差を見せる結果となりました。

    中村敬斗がハットトリックを決めましたが今日の働きを見ると文句の付けようのないMOMでしょう。松本戦、讃岐戦、そして東京戦と続きますが、疲れが溜まっていなければいいのですが。

    途中出場ながら2得点の高木も今の状態ならトップチームにずっと帯同させても良いのではないでしょうか。J3でもほぼ毎試合ゴールかアシストを決めていますから、J3では役不足でしょう。

    ただ、FWが既に余り気味というか、ウィジョ・アデミ・食野・千真・中村に加えて宇佐美が戻ってきます。誰かの移籍の噂も出てきそうですね。

    移籍の噂といえば、今朝にはオ・ジェソクが旧知の長谷川監督がいるFC東京にレンタルという報道もありました。この天皇杯で出番がなければありうる話ですね。

    【F東京】G大阪の元韓国代表DF呉宰碩を期限付きで獲得へ…健太監督の戦術熟知
    https://hochi.news/articles/20190703-OHT1T50291.html

    そして試合後のチームバスが事故に遭っていたという話もありました。

    交通事故報告
    https://www.gamba-osaka.net/news/index/c/0/no/9768/

    誰も怪我が無かったと言うことですから軽い接触だと思いますが無事で何よりでした。

    さて、次の公式戦はそのFC東京戦です。首位相手に今のガンバのサッカーがどこまで通用するか。5月4日のホームゲームでは押し気味ながらも0−0でした。あの時とはスタメン・フォーメーションが変わっていますので楽しみですね。

  • 応援する側と応援される側の理屈

    プロ野球中日ドラゴンズの応援歌に関して、与田監督が「お前」というフレーズを使わないで欲しい、という要請が応援団にあり、急な変更が無理なため「サウスポー」の曲自体を当面自粛する、というニュースがありました。

    一体誰が?中日応援歌「サウスポー」自粛問題に賛否
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190702-00010000-wordleafs-base
    「歌詞に『お前が打たねば誰が打つ!』というフレーズがあり、『お前』という人に対して尊敬の念のない言葉を子供たちが公式の応援歌として使うのは教育上いかがなものか、できればそこだけを変えてもらうことはできないだろうか、というお願いが与田監督からありました。球団としても、その考え方に同意し、公式応援団と協議しました。なんとか変えてもらえないか?とお願いしたところ『急に変えるのは難しいので、サウスポーは当面、自粛します』ということになりました」

    多分、色んな人が色んな意見を言うでしょうし、部外者がこのこと自体に文句を言ったってしょうがないのですが、応援する・される2者間の問題というのはガンバサポである自分にとっても気にかかる問題ではあります。

    「サウスポー」という曲自体が40年前のものでもあり、また、言葉の意味やニュアンスや使用状況などは時代によって変わってくるものですし、受け止め方も変わります。与田監督の感覚と応援団の感覚が異なっていることから出た話でしょうし、揉めずに自粛するということになったのであればそれはそれでいいのではないでしょうか。

    個人的にはことさら「言葉狩りだ!」とか騒ぐ気にはなれません。誰にだって許容出来る言葉と許容出来ない言葉がありますし、そのズレが生じて話し合う、というのであれば解決策としては穏当なものだと思います。

    当面の間自粛する、ということですから、「お前」のフレーズを、「あなた」なりその選手の名前や愛称なりに変えることで対応するのでしょう。
    いいかげん、新しい曲に変えても良いと思うんですがね。もちろん「サウスポー」はメロディーも場が盛り上がる名曲だと思いますが。

    一方、ガンバのサポーターとしては自分が関わっているわけではないものの、一昨年にガンバサポが起こしてしまった事件について改めて考えざるを得ません。

    G大阪のサポーターがナチスを連想させる旗掲げる 大阪ダービーで
    https://www.sankei.com/west/news/170421/wst1704210061-n1.html

    ファン・サポーターの皆様へ
    https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/5809

    応援する側が、応援がヒートアップしたあまりに何かやらかしてしまう、ということはガンバに限らずあることですが、この問題はヒートアップとかのレベルの話ではなく、だからこその厳正な対応になったわけですが、処分の判断によっては浦和レッズのように無観客試合という決定が下されかねないほどの事件でした。

    もっと事態が悪化すれば勝ち点剥奪などの処分もあり得る問題であり、応援する側が応援しているチームの妨害をするという、応援する側の存在意義を失いかねない話です。

    中日の応援団側が今回の与田監督の要望に対して、内心では不満があるのかも知れませんし、いまでも納得していないかも知れませんが、ともかくもすんなり結論まで導いたのは良いことだと思います。

    応援する側は何のために応援しているのか。別にこういったニュースがある時だけではなく、いつも思っておくべきでしょうね。

  • とあるガンバサポーターの松本・長野・金沢観光兼Jリーグ観戦記

    G20サミットのために厳戒態勢が取られている大阪を尻目にガンバサポーターは6月29日のアウェイ松本戦、6月30日のアウェイ長野戦の連戦を長野観光に絡めて楽しもうとする人が多いかもなあ、と思いながら、新大阪駅に向かっていました。
    今回は特に電車の時間を決めず、新幹線も特急も自由席で気楽に行こうと思っていたため、この時間ならいつくらいに松本駅に着くかな? と思って乗り換え案内のアプリを見てみるとなんかおかしい・・・。

    中央西線 トンネル点検のため運転休止

    いや、いやいやいや。いきなり旅の初っぱなで出鼻をくじかれてます。開始5分で2失点くらいした気分です。私だけではなく、名古屋経由で特急に乗って松本に行こうとしていたガンバサポーター全員アウトでしょ。そもそも、冒頭に書いたように今日はサミットのため、大阪市内発着の遠距離高速バスがそもそも運行していないので、大阪からの公共交通機関を使う遠征サポはみんなほぼ同じルートのはずです。どう考えてもガンバサポーター全体の日頃の行いが悪い。この2連戦でどちらも大雨になりそうなのは嫌だなあ、と思ったのですが、雨どころではありません。そんなことありますかね。トンネル火災で運転ストップとか10年に1度も無いくらいのトラブルじゃないですかね。

    それはともかく、名古屋経由で松本まで行く最短プランがダメになったのでどうするか。新大阪駅のみどりの窓口で聞いたら、東京経由で乗車券は振り替えられるけれど特急券は払戻の上、買い直しになるらしい。本当にガンバサポーター全員は日頃の行いを振り返った方が良いかもしれません。

    結局、新大阪→品川→新宿→松本というルートを選択しました。名古屋駅まで行って運転再開を待つというのも考えましたが、再開されなかった場合、名古屋駅のみどりの窓口が大混雑するかも知れないと思って諦めて東京周りを決めました。しかしこのルートだと、品川と新宿の間があるため、新幹線と特急の乗り継ぎ割引が適用されないんですよね・・・。

    ほんの1時間ほど前までは
    「自由席でのんびり気ままな旅行やで!」
    と粋がっていたのがもはや懐かしいです。

    さて、東京行きのぞみは無事、品川に到着し、山手線経由で新宿へ。本来なら今頃は松本に着いてどこのお蕎麦屋さんに行こうかなと迷っていたはずですが、しょうがないのでこの状況を楽しむために、とりあえず東京名物深川めしの駅弁を購入して、特急あずさの中で食べました。

    食べ終わった時には武蔵小金井の駅を通過。この辺の地名の位置関係は大阪者にはよく分からないですね。よくよく考えると、観光でも仕事でも中央東線に乗ることは無かったので、鉄ちゃんではなくても少しワクワク。

    中央西線の方はまだ運行再開していないようで、とりあえず名古屋駅まで行ってみるというルートよりはマシだったかなと心を整えてみました。しかし、乗車券は振替扱いになったものの、特急券は払い戻しと買い直しになった出費を思い起こすと、なんでこんな日の朝にトンネル火災とか起きんねんと思わざるを得ない気持ちが出てきます。この鬱憤は食野のゴールで晴らしてもらいましょう。

    曇天の中を走り続けた特急あずさ13号は1分遅れの14時13分に松本に到着。幸いなことに雨はまだ小雨です。さてどうしようか。もともと、松本市美術館で草間彌生の作品を鑑賞しようと思っていたのですが、キックオフまで約3時間半です。そもそも大阪から松本まで3時間ほどの予定が5時間半かかりましたので予定が大きく狂いました。自由席で予定を決めずに決めていなかったとはいえ、なかなかのトラブルです。

    それはともかく、長野駅前にあった巨大看板を見ると、

    美術館までは950メートルらしいので、徒歩15分くらいかな。バスに乗らずに歩いてしまいましょう。

    と思っていたら途中から結構な風雨に見舞われました。何とか美術館に駆け込みます。

    普段美術館には、伝統芸術ばかり(それも特別展ばかり)を見に行っていて、現代芸術はあまり見ないのですが、草間彌生の作品はなんというかすごいというか強烈なインパクトがあることは素人にも分かります。こういう作品が410円でいつでも見られるというのはいいですね。

    館内には、

    こんなファンキーなコカ・コーラの自販機もありました。タウンスニーカーバスにも草間彌生の作品をモチーフにした外見のバスもありました。

    美術館からの帰りも歩いて松本駅近くまで戻り、バスターミナルからシャトルバスに乗ります。料金無料のシャトルバスということでそんなに遠くないのかと思ったら35分くらいかかって驚き。しかも路線バスの車両ではなく観光バスタイプなのでさらに驚き。どうやってバス費用を回しているのだろうと不安になってしまいます。チケット代から出ていることになるんでしょうけれど、大丈夫なんでしょうか。100円くらい取っても良いと思うんですが。アウェイ客としてはそう考えてしまいますが、有料にしちゃうとホーム客がみんな自家用車で来ちゃうのかも知れないですね。

    サンプロアルウィンスタジアムが松本空港のすぐ側にあって高さ制限もあるという話は知っていましたが、ピーチエアの機体がすぐ側で動いているのを見ると少しビビります。すごい立地だなあ。

    シャトルバス乗り場からスタジアムに向かう途中にも屋台やテントなどがあっていろいろお楽しみイベントをやっているようでしたが、ヤギとかウサギとかアルパカとかに自由に触れられる体験会みたいなのもやってました。毎回やってるんでしょうか?

    あと、結構風が強かったのですが、立地上のもともとこんな感じなのか、日本を覆っている巨大な梅雨前線のためなのかどっちかも分からないですね。初めて来ると。

    とりあえず、スタグルに挑みますが欲しかった山賊バーガーは行列に並んでいる間に売り切れになってしまいました。
    分厚い豚肉のどんぶりとBLTサンドを買い、とりあえずスタジアム内に腰を落ち着けて食す。

    さて、今日はゴール裏ではなくメインスタンドの端っこの方で観戦します。
    松本と対戦する度に目にする、
    「雷鳥は頂を目指す」

    という横断幕は格好いいと常々思っていました。
    ガンバもかつて出してた
    「勝て勝て勝て勝てホームやぞ」
    という横断幕も名物ですかね。

    このアルウィンは高さ制限があるため、少し掘り込み式になっています。
    掘り込み式スタジアムは大分のビッグアイもそうですよね。あれは山に作った感じのスタジアムでした。
    アルウィンは総工費も含めて考えると、屋根なし専スタの理想型に近いですよね。今ではライセンス制度のため、屋根無しスタジアムを新設するわけにもいかなくなりましたが。

    さて、ガンバのスタメンは少しいじってきました。出場停止明けの倉田が入るのは分かりますが、遠藤・矢島・倉田の3人が中央ということでかなり攻撃的な印象を受けます。また、怪我明けの藤春がリーグ戦では久し振りのベンチ入りとなりました。

    松本は代表帰りの前田が先発です。

    さて、前半試合開始して見てみると、不安だった中盤の守備も意外とバランス悪くないようです。攻められるシーンはありますが、遠藤がいることでボールを回せて攻撃面でのメリットの方が大きいかもしれません。

    そして天候についてはずっと雨雲が頭上にありながらも持ちこたえていたのですが、少し雨粒が大きくなりはじめて、観客が雨具を付け始めた頃にウィジョがゴールを決めます。代表では得点していたもののガンバでのリーグ戦では久し振りのゴールですね。

    右サイドの田中はちょっとクロスが単調かなと思う一方で、逆サイドの中村はドリブルで切れ込んでいくのでこっちの方が局面の打開になりそうと思いました。前節終了間際に決勝点を決めてスタメンに復帰した食野はもう少しで良い決定機を迎えそうなんですが、そこまでは行かないのでなかなか得意な形でシュートに持ち込めていません。あとは東口でしょうか。松本のシュートに対しては、DF陣がコースを絞り、ブロックされずに来るシュートはしっかりとキャッチする、というパターンがしっかり出来上がっている守り方です。

    ガンバリードのまま前半終了。そしてハーフタイムにはガンバ側スタンド前にもニッチロー’が来てくれました。

    後半開始。
    時々危険なシーンはあるものの、松本のフィニッシュの精度の低さに助けられていましたが、コーナーキックから決められて同点にされました。
    ガンバとしては全体的には悪くないけど松本ペースになったところであっさり失点してしまったので、ここでひと踏ん張りして、すぐに勝ち越しできたら勝ちパターンだな、と思っていたらやってくれました。重圧をかけるように分厚い攻撃を続ける中で、ヤットの浮き球のパスを感じていた倉田がエリア内に高速で侵入しながらトラップしてゴールに流し込みました。

    これは松本にはキツい失点でしょう。これでガンバにとっては再び1点リードとなり同じことをし続ければいい状況に戻せました。

    食野に代えてアデミウソン、中村に代えて藤春と重厚な交代策を取り、藤春のプレゼントパスをウィジョが大きく外してしまったりもしましたが、その直後に田中のクロスをウィジョが今度は丁寧に決めて3−1。ついに久し振りにリーグ戦で2点差を付ける状態になりました。

    その後、もう一度きたビッグチャンスをウィジョが止められてしまったものの、スコアは動かずガンバが連勝を飾りました。

    個人的MOMは東口です。1失点はしたものの、ザ・安定感とでもいうような風格さえ漂う守護神っぷりでした。2得点のウィジョは後2点決められるくらいでしたが、これもさすがでしょう。ただ、今日は倉田の得点が非常に大きな役割を果たしました。あそこで1−1の状態が長く続くと松本ペースになっていたかも知れません。状況的にチームを救うゴールと言えますし、まさしくナンバー10の仕事でした。

    初めて訪れたアルウィンの感想としては、屋根がほぼ無いこともあって開放感がありました。デイゲームの青空の下だとピクニック感満載かもしれません。雨が本降りにならなかったのも助かりました。

    ただ、試合終了が日没後だったため、松本駅行きのシャトルバスへの行列を見つけるまで手間取ってしまいました。シャトルバスに乗るまでも時間がかかってしまい、最寄り駅から遠い立地のスタジアムだと大変ですよね。関西4クラブのホームスタジアムはそれほど遠くなく、吹田スタが一番遠いかな。15分歩く必要がありますそれでも全国的にはマシなんでしょうか。

    松本の場合はシャトルバスに乗ってしまえば、無料の上、必ず座れる観光バスの車両ですから時間がかかっても楽なのですが。

    松本駅前のバスターミナルに着いてホテルに入り、シャワー浴びてさっさと寝ました。
    翌朝も特に時間を決めていなかったのでゆったり起床。素泊まりにしていたので朝食をどうしようかと考えつつ、松本駅のコインロッカーで荷物を預けに行く途中、モーニング蕎麦セットを発見。しかし雨どころか快晴で暑いくらいでした。

    まだ松本らしい食事をしていなかったですが、ようやくここで温かい月見そばとおやきのセットを食べました。

    晴れているので旧開智学校まで歩いていくことにしましたが、やはり暑い。Tシャツ一枚で充分でした。大阪に比べると寒いかも知れないと思って長袖Tシャツとか持ってきたんですが出番なさそう。

    旧開智学校は明治初期にかなりの費用をかけて建てられたもので、教育に力を入れているという松本市にとっては重要な存在なのでしょう。展示物も結構多かったですが、板張りの床と漆喰の壁の建物って涼しいですよね。そっちの方がありがたかったり。

    たまたま学芸員の方がガイド的にどこかの団体さんを連れて館内を解説しながら回っていたのでちょくちょく聴きながら見物できました。タイミング良かった。

    旧開智学校の少し南にある松本城の天守閣は30分待ちの状態だったので入りませんでした。昨日の松本戦で入場時に渡された無料券を使っているガンバサポがいっぱいいたのでしょうか。

    松本城から松本駅まで歩いてみることにしましたが、歩いてる途中から疲れもあって眠くなりガストやマクドナルドに入る誘惑にかられたがなんとか踏みとどまって松本駅に到着。駅ビル内のお店で山賊焼きとろろ定食を完食。結構ボリュームあったのでこの時点でまた満腹での眠気が出てきます。

    それはともかく、いざ、長野Uスタジアムへ。松本駅からは普通電車に乗ります。ホームで待っていると風が強いですが、暑さを和らげてくれて心地いい風でした。
    出発の10分以上前に入線したきた2両編成の列車に乗り込みます。車内はエアコンが効いていて涼しい。サッカー部の高校生らしき若い子達も乗ってきました。

    途中、姨捨駅では人生初のスイッチバックも体験できました。多分初だと思うけれどひょっとしたら昔あったかなあ。松本ー長野間はこれまで特急や急行で通ったことはあるけれど普通電車はなかったはず。

    さて、篠ノ井駅で降りてみると駅のロータリーにシャトルバスが既に停車していました。こちらは無料ではなく200円必要でしかも路線バスタイプの車両でした。この辺は松本との違いがありますが、これくらいの方が変に気にしないで済みますね。

    長野Uスタジアムのある運動公園内でも風があり気持ちいいですね。長野も松本もスタジアムが大きな公園の中にあり、試合前には芝生や木々の間でゆっくりできそうです。

    暑いので普段は食べない、ふわっふわデラックスかき氷ぶどうを買ったのですが、アウェイ側スタンドに持っていく途中、長野サポの人に
    「うわ、すごい、あのかき氷」
    と言われました。いや、そんなん言われても、おたくらのスタグルやろうと。

    それはともかくスタジアムに入るとまだ新しくてきれいですね。吹田スタの少し前の完成ですから。アウェイ側スタンドは南側なので直射日光がなく、屋根もあり、コンコースが風の通り道になっているので涼しかったです。かき氷食べ終わる前にすっかり汗が引くくらいでした。

    さて、この長野戦の個人的なお目当てとしては、長野にいる明神智和。ガンバサポにとって特別な思いのある選手でもあります。しかし残念ながらスタメンはおろかベンチにも入りませんでした。

    後はU23で何年も頑張っていた妹尾ですね。今日は控えです。後は堂安のお兄さんでしょうか。

    ガンバU23は高宇洋がトップから入って来ました。スタメン平均年齢も全員の平均年齢も20歳を切っていますが、最近はずっとですね。

    試合前の長野サポーター代表としての男の子による、世界一平和な煽りマイクパフォーマンスにほっこりさせられながら試合開始。

    内容としてはほぼガンバU23の思い通りのサッカーが出来ていました。ボールキープ、縦への展開、コンパクトな守備が実現出来ていて、そんな中、相手のミスを突いてクロスからオウンゴールで先制します。

    しかし、その後にあった相手DFのハンドによるPKは高木が外すと長野ペースになっていき、ボランチに入っている芝本が最終ラインでクリアするシーンが多くなります。ということは中盤が最終ラインに押し込まれているということで厳しいかなと思っていたら左からのクロスを頭で合わされ失点。これで1−1です。前半ラスト10分はガンバ大阪U23にとって苦しい展開でした。

    後半もガンバ大阪U23がボールを保持して攻めてはいるが、クロスに高木しか飛び込まないなどアタッキングサードでの厚みがない攻撃が続き、一方で長野のチャンスも増えていき、次第にオープンな展開になりつつありましたが、選手交代していくと最前線の高木に良い縦パスが入り始め、ついに高木が見事なターンから確実に決めて名誉挽回の勝ち越しゴールを奪います。

    PKは誰でもいつでも決められるものではありませんが、そこで最終的には決勝点を決めてしまうのはまさにエースFWです。もう少しトップでも見たいところですが、トップのFWも詰まっているんですよねえ・・・。ウィジョ・アデミウソン・食野・千真、そして復帰の宇佐美とこの中から毎試合2〜4人しか出られませんから、よっぽどのプレーを見せないと高木のトップでの出番はなかなか巡ってこないですよね。

    結局、長野1−2ガンバU23のまま試合終了。連日観戦での勝利は格別のものがありますね。しかもアウェイゲームですし。

    アウェイ側スタンド出たところにこんなのがありました。

    あと、すれ違う長野サポ何人にもお気を付けて、とかお疲れさまとか言われました。多分、ホスピタリティの概念が都会とは異なるでしょう。「おもてなし」とか「ホスピタリティ」とかあえてわざわざ話題にしなくても身体に染みついているのかも知れませんね。サッカーとは異なるとはいえ、大阪で開催されたG20サミットではどうだったんでしょうか。

    帰りのシャトルバスに乗って篠ノ井駅に行き、そこから再び普通電車で長野駅へ。
    ホテルも長野駅前だったので20時過ぎには投宿できました。

    翌朝もまたダラダラしながら外を見ると、曇りながらも降る気配はありません。

    20年くらい前に行ったことがありますが、せっかくなので善光寺まではバスで行ってみます。平日の午前中だからか、それほど混雑はしていません。ガンバユニ着てる人はやはりいますが。

    一通り見た後は歩いて長野駅に戻ります。ホテルで朝食をがっつり食べたため、なかなかお腹が減らないので参道途中での美味しそうなお店なども全部スルー。
    結局、長野駅前の蕎麦屋さんにておろしそばミニ天丼セットを食べました。

    お腹も再びチャージされて、お土産も買って、いざ、初めて乗る北陸新幹線にて金沢へ。自由席なので時間を気にする必要はなく、平日昼間で長野ー金沢間なら混むこともないだろうと予測してプラットフォームに着くと自由席の辺りには誰一人いません。これはガラガラの気楽な乗車体験になりそう。

    12時54分長野発のはくたか561号に乗り込むとガラガラとまではいえませんが、前後左右に誰もいない席を見つけてシートのリクライニングを思い通り倒すことが出来るくらいの空き具合でした。

    途中の新高岡駅で発車直後に一時的な停電で急停止に見舞われるも数分後に再出発。この旅はすんなり移動出来ないなあ。

    金沢駅には結局7分遅れて到着し、この旅4回目のコインロッカー利用で身軽になって、とりあえず兼六園に。多分人生で3度目の兼六園ですが、こういうところは何度来てもいい名所ですね。本当は金沢21世紀美術館に行きたかったのですが、今日はお休みだったのでツエーゲン金沢がJ1に上がってきたときに行くことにします(ガンバが降格しても対戦できるということはここでは考えないことにします)。

    兼六園から金沢城跡を通って金沢駅まで歩いて戻り、お刺身定食を食べてから17時31分発の特急サンダーバード40号に乗ることにしました。ホームで並んでいる人もいるので自由席混んでたらいやだなと思ってたら、金沢駅が始発だったのであっさり窓側にゆったり座れました。さらに、車掌さんによると、停車駅が最も少ないサンダーバードだそうです。

    進行方向向かって左側、東側の窓側の席に座り車窓をみていると、建設中の北陸新幹線金沢以西の高架がこちらに寄せては引いて、時には跨いで交差してといった感じで何度も出てきました。実際は新幹線の路線の方が直線的なはずですから、自分が乗っている北陸本線の方が蛇行しているわけですが。

    サンダーバードは無事新大阪につき、ようやく2泊3日の旅が終わりました。

    今回の試合の感想としては既に書いていますが、旅行の感想としては初日のトラブルによる出費と疲労があった一方で、心配だった雨に遭うことはほぼ無く、松本市美術館に向かう途中の風雨と、アルウィンでの試合中の小雨くらいだったのは助かりました。その後も曇り空ながら傘は不要な行程が続き、最後のサンダーバードで金沢駅を出ると猛烈な西日に照らされたほど晴れていて、ニュースでの見かける豪雨への警戒がなかなか実感できないほどの天候でした。

    2試合ともに専スタでの観戦でした。やはり見やすくていいですね。また来てみたいです。今回のようにトップチームとU23の試合が連日ある日程というのはなかなか巡ってこないかも知れませんが。

    ちなみに、同一都道府県内に、Jリーグ開催できる専スタが複数あるのは、
    千葉県(日立台・フクアリ)
    埼玉県(さいスタ・NACK5)
    長野県(アルウィン・長野U)
    静岡県(日本平・ヤマハ・藤枝)
    大阪府(パナスタ・キンチョウ)
    福岡県(ミクスタ・レベルファイブ)
    ですかね?
    鳥取の野人スタを含めれば鳥取県もですが。

    近くで試合を見られるというのはいいものです。近さはそれだけで興奮の材料になります。それはサッカーに限らずライブ・コンサートや演劇などでも同じだと思います。

    さて、ガンバの次の試合は天皇杯2回戦カマタマーレ讃岐戦です。昨年は関西学院大学相手に本来のスタメン布陣で臨んだものの、延長の末敗れましたが、今年はそんなことが無いようにしてほし、いや、しなければなりません。

    リーグ戦ではここ6試合を3勝3分と好調ですが、ルヴァン杯の長崎戦では2戦目のホームで負けて、初戦のアドバンテージでの勝ち上がりになってしまいました。これを良い戒めとして、讃岐戦に生かしてほしいです。出場メンバーはすごく読みづらいですが、

         食野 高木
       福田     高江
         今野 高
    ジェソク 青山 菅沼 米倉
           林

    と予想。讃岐のメンバーに先月のJ3での対戦に出てた選手がいれば、高木と林にとってはやりやすいはず。活躍に期待します。

  • ハゲ差別が激しく寛容な日本

    ポリティカルコレクトネス云々もありますが、大抵の先進国では差別に対して強く非難されます。しかし、その一方で完全に無視されている差別もあります。日本におけるハゲ差別はその最たるモノでしょう。

    毛髪に関して不自由な人、いわゆるハゲに対する差別は日本では激しいものがあります。そしてそのハゲ差別はまず間違いなく男性に対して行われます。女性あるいは病気によって頭髪が薄くなった人に対してはハゲと言ってバカにすることはありません。この辺はギリギリのラインとして踏みとどまっている感はなくはないですが、一方で男性特に中年の頭髪が薄い人に対しては猛烈にハゲ差別が行われています。

    「このハゲー!」と秘書に向かって罵倒したり暴力を振るったりしていた豊田真由子議員(当時)に対して世間からも政治家からも非難が起こりましたが、ハゲ差別問題としては取り上げられていなかったと思います。暴力はそもそも犯罪ですが、暴言についても差別ではなくパワーハラスメントの問題としてみんな受け止めていたはずです。

    もしあの問題が、例えば男性議員が女性秘書に対して「このアマー!」とか叫んでいたのであれば、豊田議員以上のスキャンダルになっていたのではないでしょうか。

    もちろん、女性差別を軽く見るつもりはありませんが、ハゲ差別が世間的に軽く見られていることは間違いないです。

    また、「ハゲ側がそれをネタにしているから」差別じゃない、という言説にしたって、例えば「ハゲ」を「女性」や「同性愛者」に代えてみれば話にならないことは分かります。

    女性差別を女性達、女性団体が非難して無くそうとするのは当然です。別に女性団体にハゲ差別撤廃の支援をするべきだというつもりはありませんが、各種リベラルや差別全般の撤廃を謳っている団体がハゲ差別を無視していることが理解出来ません。彼らのリベラル意識、平等意識は偽物でしょう。

    もちろん、ハゲ側がハゲ差別を非難し拒絶することも大事です。これが進むかどうかも一つの先進国化の目安になるのではないでしょうか。そもそも、他の先進国ではハゲ差別自体が存在しないのだとは思いますが。

  • 感動を食い物にする人達と、感動に飢えている人達

    感動ものの作り話をこしらえて、それに感動や共感した人からお金をだまし取るという手口は、昨今のSNS全盛期に限ったことではなく古今東西に共通して存在しています。

    バブル景気の頃に流行した話題として「一杯のかけそば」という話がありました。アラフォー以上の日本人ならまず間違いなく覚えていると思います。改めてあらすじをここで書くのも野暮なのでウィキペディアの記事を貼っておきます。

    一杯のかけそば
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9D%AF%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%9D%E3%81%B0

    サラリーマンが一万円札をかざしてタクシーを止めていたとか、企業が内定者に旅行をプレゼントしていたような時代とは真逆のような内容ということもあって、ものすごく話題になりました。今のようにインターネットもSNSも無く、流行というのはマスメディア(テレビ・新聞・雑誌)と口コミだけで伝達される存在でしたが、その分、今よりも各人に流行が浸透する割合が高かったように思います。

    非常に話題になったこの「一杯のかけそば」ですが、実話を元にしたというところに瑕瑾があり、さらに作者の不祥事も相まってあっという間に批判されるようになってしまいました。後になって思えば、実話云々を言わずに純粋な創作物として発表していれば良かったのにとも思います。創作物としていればつじつまが合わないところがあったとしても、それは創作物としての質の低さだけを指摘されるだけで終わりますから。ただ、創作物だとしていたらあんなにブームになることもなかったでしょう。

    そうです、ここでの重要な点は、現実の話であったかどうか、ということであり、感動する話が実話であったとされた点がさらに感動を呼んだ理由でもあります。

    例えば、私の好きなSF短編に「冷たい方程式」という作品があります。トム・ゴドウィンという、知名度の99%がこの短編で形成されているアメリカのSF作家によるものですが、これもウィキペディアのリンクを貼っておきます。

    冷たい方程式
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B7%E3%81%9F%E3%81%84%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F

    星新一のエッセイでは、良い作品だが短編としても長く、もう少し刈り込んだらもっと良い作品になったというようなことが書いてありました。確かにちょっと長い気がしますが、それでも読後感はなんとも言えないものが生まれる名作だと思います。

    この作品は当たり前の話ですが創作物です。そしてウィキペディアの記事にもありますが、当然ながら都合が良すぎるだろ、という批判もあったそうです。小説なんだから都合が良いのは当たり前だろうと思うのですが、ある程度短い小説であればスッと読めて読後感に違和感が残らないはずなんです。そういったところも星新一が指摘した「長さ」に問題があったのかも知れません。

    話を戻しますが、昨年アメリカで、ガス欠で立ち往生して困っていた男女のために、近くにいたホームレスがなけなしのお金を使って助けたという話があり、SNSで一気に拡散して人々の感動と「いいね!」を集めましたが、こちらもあっという間に詐欺事件という結果となりました。

    ネットで4500万円集めた米ホームレス向け募金、詐欺と認める
    https://www.bbc.com/japanese/47479071

    ここでの問題はただ単に「感動しました!」で話が終わらず、ホームレスのためにクラウドファンディングでお金を集めましょう、ということにまで発展したことでした。当然ながらそもそも嘘の話ですから、ホームレスを支援するために集めたお金を受け取って遊びに使ってしまえば詐欺罪が成立するのは言うまでもありません。

    そういえば、日本でも募金詐欺が数年前か十数年前にありましたね。大阪駅前とかでやっていたそうで、ニュースで見たときには「あ、そういえば見たことある」と思った記憶があります。

    こういった感動させる実話を創作(捏造)してしまうのはなぜでしょうか? もちろん、お金を稼ぐため、といってしまえばそれまでですが、それはお話しを作り出す側の論理であって、お話しを受け止める側はなぜ、受け止めてしまうのでしょうか?

    「感動ポルノ」とか言われるような現象も同じ根っこだと思いますが、今現在それなりに生活が出来ていて、多少の不満はあれど明日生きているかどうか分からないような生き方をしているわけではない人にとって、極端な苦しい環境で暮らしている人のことを考えるのは精神的に辛いものがあります。

    感動する話を見聞きすることで共感し、罪悪感にも似た感情を洗い流してしまう行為は、いわゆる「普通の人」にとって大きな魅力になります。なんとも世知辛い話ではありますが、感動話はそのために存在します。そして当然ながら、作り話と知って見聞きするよりも、実話だと思って見聞きした方がより感動は深まります。

    罪悪感ビジネスとまで言い切ってしまうと語弊があるかも知れませんが、人々の罪悪感は、感動を売り物にしている人にとって一番重要です。そして、上記のアメリカのホームレスの話で言えば、話を見聞きして感動した人がクラウドファンディングを通して寄付することで自分の罪悪感を帳消しに出来たわけです。

    もちろん詐欺である以上、非難以外にあり得ないのですが、何かあればすぐにネットで拡散する現代においては、同様の事例は今後も続くでしょう。今回の件はすぐに露見しましたが、証拠が残りづらいようなケースや逃亡が成功してしまうケースも出てくると思います。

    こういったことが起こる条件としては、

    ・情報拡散が早いこと→SNSの存在
    ・経済格差が大きいこと→自分よりも辛い生活を送っている人がいることを知っていること
    ・経済全体が先進国であること→寄付が集まりやすい

    ということになると思います。
    アメリカ人がアメリカ人に寄付する分には物価格差はありませんが、発展途上国の人に寄付するとしたら物価の違いによってさらに寄付の価値が増大します。そしてそれは感動実話の捏造に対する動機付けにもなってしまうでしょう。もちろん、日本人にとっても同じことが言えます。

    SNSで見知った感動話にクラウドファンディングで寄付をするというのは、
    酷い言い方ですが、金で感動を売り買いしているようなものです。本当にそのお金が正しく使われるのであればいいのですが、正当性の担保がありません。騙された後で文句を言わないのであれば、いくらでも寄付しても良いかもしれませんが、それこそ反社会的勢力・テロ組織にお金が渡るかも知れません。苦しむ人がクラウドファンディングで寄付を募るというサイクルが悪人によって妨げられるのは残念なことです。

  • パソコンと自動車の現地生産現地販売

    アメリカ車が日本で売れない理由は日本市場に合わせた自動車を作らないからだと思っていますが、これはパソコンでも以前はある程度通用した話でした。

    日本市場ではバンドルソフトが多く、特にマイクロソフトオフィスがプリインストールされていることが非常に大きな購買理由となっていました。そのため、パソコンの日本市場ではNEC、富士通、東芝などが大きなシェアを持っていて、日本にルーツがあるThinkPad(IBM)も人気がありましたが、今ではそれらの大手国内PCメーカーが軒並み苦しんでいる状態です。

    その一方で、DELLやhpのような受注してから生産(とはいっても組み立てるだけですが)するタイプのメーカーがシェアを伸ばし続け、ついに四半期での数字ながらも、日本国内トップシェアをhpが奪いました。

    国内PCメーカーが史上初の首位陥落の衝撃! Intel製CPU供給問題が業界勢力図を変えた
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/gyokai/1187862.html
    日本のPC市場で、歴史的な出来事が起こった。
     それは、日本のPC市場が誕生して以来、NECや富士通といった、日本に本社を置く国内PCメーカーが守り続けてきたトップシェアの座を、初めて、海外PCメーカーが奪取したからだ。
     と言っても、年間を通じての数字ではない。最新四半期となる2019年1月~3月(2019年第1四半期)の数値だ。しかし、四半期と言えども、外資系PCメーカーが首位となるのは初めてとなる。しかも、この四半期は、日本の企業や官公庁の決算が集中する時期であり、年間最大の商戦期。むしろ、日本のPCメーカーが優位性を発揮する時期でもある。ここで、首位の座を、日本のPCメーカーを退け、外資系PCメーカーが奪取したことは大きな意味を持つ。

    詳細はリンク先の記事をお読みいただければと思いますが、日本hpは国内生産もしていますので、純粋に海外からの輸入製品がトップシェアになったというわけではありません。しかし、日本の国内PCメーカーの凋落と、国内市場における消費者の厳しい選別が当たり前のものになったと思われます。

    すなわち、国内メーカーの提供する製品とそのコンセプトが消費者のニーズと合致しなくなっているということになります。

    バンドルソフトの豊富さはある程度パソコンに詳しい人にとっては煩わしいだけのものになります。使わないソフトがストレージの空き容量を圧迫しているのは不便なだけですので、購入直後のPCからソフトを削除する手間が必要となります。また、国内メーカーは季節毎に新製品を投入していますが大半は前期モデルのマイナーチェンジばかりであり、ラインナップが多くなりすぎると消費者にとってはかえって選びづらくなります。

    選択のパラドックス 選択肢が増えることは良いことか?
    https://www.asahi.com/articles/SDI201801151206.html

    ラインナップが多いのはDELLやhpも同じですが、受注生産メインであれば在庫を減らせますから国内PCメーカーに比べると利益率は高くなり、その分売値を安く出来るはずです。

    また、スマートフォン・タブレットの普及により、パソコンを使わないようになりつつあります。パソコンでないと出来ないことというのがかなり少なくなりました。年賀状印刷でさえスマホから可能ですし、そもそも年賀状自体が大きく数を減らしています。

    少し前では平日の東海道新幹線の朝晩、パソコンを使っているサラリーマンの大半はパナソニックのLet’s noteを使っていましたが、今ではマイクロソフトのSurfaceがかなり増えました。頑丈さ・国産であることよりも薄さ・スタイリッシュさが選ばれている理由かも知れません。

    そういう時代の流れもあり、国内PCメーカーのシェアが減っているわけですが、日本のPCメーカーを嘆く声もあるでしょうし、海外メーカーを否定的に見る人も出てくるでしょうけれど、hpやDELLを日本人が購入するのは、アメリカでトヨタ車をアメリカ人が購入するのと同じことのはずです。特に日本HPに関しては東京生産モデルもありますので、トヨタが現地生産した車を現地販売している構図と全く同じになります。

    消費者のニーズを理解している製品を選択することと、国産品を国産品であるという理由で選択することのどちらの方が資本主義にもとづく自然な行動かは言うまでもありません。

    パソコンのようにコモディティ化してしまった商品は、人件費が高く輸入部品に頼るところが多い日本メーカーには不利です。先に挙げたパナソニックのLet’s noteなんかは頑丈さと軽さに特化して一定のファンをつかんでいます。ただ、その性質上、トップシェアにはなり得ません。パナソニックもそれは分かっていて、ニッチなノートパソコンを提供しています。他のメーカーもそう割り切る時代が来ているのかも知れませんが、あまりその兆しは見えないですね。NECや富士通はLenovoにパソコン部門で提携していますが、LenovoがHUAWEIのような制裁を食らうと大変なことになるんじゃないでしょうか。シェア拡大路線ではなく、ニッチ路線に行った方が良いと思いますが、大企業としては難しいんでしょうね。

  • 21世紀の三権分立(資本家・権力者・民衆)

    モンテスキューが掲げた三権分立は、立法・司法・行政の三者がお互いに牽制しあうことで絶対的な権力者を生み出さないためのものですが、もはや今の時代、その三者の牽制関係というよりは、持つ者と持たざる者との関係いわゆる格差社会の方が重要な気がします。

    モンテスキューの時代に比べると庶民の暮らし向きははるかに良くなりましたし、フランス国王と貧民との差に比べると、今の時代の国家元首とホームレスの差の方が小さくなっているのは間違いないですが、だからといって立法・司法・行政が分立していれば国家が成り立つ、という時代でもなさそうです。なにせ、それら三権に関わるレベルの人達と関われないレベルの人達とで分離し始めています。

    例えば、持つ者の一人が三権のどれかに関わったとして、持つ者仲間の他の一人がまた別の三権に関わり、結局は牽制関係というよりは、馴れ合い関係になることになります。

    これは日本だけの話しでもなく、ブレグジットの決断を下したイギリスや、トランプを大統領に選んだアメリカでも同じことで、エリート層あるいはエスタブリッシュメントなどと呼ばれる階層と、その階層とは離れている階層との意識の差が大きくなっていることは間違いありません。だからこその国家の分断という危機が迫っているわけですが、だからといって19世紀のマルクス主義に立ち戻るわけもありません。このままの体制のまま、分断が進みゆくことになります。

    もはやこの状態においては、国家の内部を牽制し合っているのは従来の三権分立にあたる立法・司法・行政ではなく、資本家・権力者・民衆の三者ではないかと思います。

    資本家:単なる金持ちではなく、大企業の経営者・幹部など。ただし入れ替わりはあります。
    権力者:従来の三権全てに関わります。主に法律・権力を用いて他者を制限する立場です。
    民衆:資本家・権力者に含まれない階層全てです。ただし個人レベルでは資本家・権力者に入る場合もあります。

    (資本家→権力者)
    資本家は権力者に資金を提供し、ロビー活動や経済界の団体による圧力で資本家に都合が良い政策、法律、体制を作ります。

    (権力者→資本家)
    権力者は資本家から法律や政策と引き換えに様々な名目で資金を提供させる一方で、資本家が調子に乗ったら行き過ぎると、民衆の反発を恐れた権力者が資本家を逮捕するなどして権力で黙らせます。堀江・村上ファンドやカルロス・ゴーンが良い例ですよね。

    (資本家→民衆)
    資本家は民衆を雇用して出来る限り低賃金で働かせることでグローバルに利益を上げます。

    (民衆→資本家)
    民衆は資本家に労働力を提供することで収入を得ます。あまりに待遇が悪ければ、デモ・ストあるいは転職などで自己の要求を実現させます。昨今の人手不足の状況では転職させないための待遇改善も進んでいますね。

    (民衆→権力者)
    民衆は権力者を選挙で選びますので、権力者によるその時だけの民衆の利益になるポピュリズム的政策から恩恵を受けます。リコール制度も同様です。

    (権力者→民衆)
    権力者は民衆を支配して税金を納めさせ、また国家維持のために種々の制限を加えます。ただしこれも行き過ぎると民衆の反発を招きます。

    三権分立というよりはジャンケンのような関係になってしまいましたが、ある意味この方が、立法・司法・行政の三権分立より安定するかも知れませんよ。その代わり格差が固定されてしまいますが。