21世紀の三権分立(資本家・権力者・民衆)

モンテスキューが掲げた三権分立は、立法・司法・行政の三者がお互いに牽制しあうことで絶対的な権力者を生み出さないためのものですが、もはや今の時代、その三者の牽制関係というよりは、持つ者と持たざる者との関係いわゆる格差社会の方が重要な気がします。

モンテスキューの時代に比べると庶民の暮らし向きははるかに良くなりましたし、フランス国王と貧民との差に比べると、今の時代の国家元首とホームレスの差の方が小さくなっているのは間違いないですが、だからといって立法・司法・行政が分立していれば国家が成り立つ、という時代でもなさそうです。なにせ、それら三権に関わるレベルの人達と関われないレベルの人達とで分離し始めています。

例えば、持つ者の一人が三権のどれかに関わったとして、持つ者仲間の他の一人がまた別の三権に関わり、結局は牽制関係というよりは、馴れ合い関係になることになります。

これは日本だけの話しでもなく、ブレグジットの決断を下したイギリスや、トランプを大統領に選んだアメリカでも同じことで、エリート層あるいはエスタブリッシュメントなどと呼ばれる階層と、その階層とは離れている階層との意識の差が大きくなっていることは間違いありません。だからこその国家の分断という危機が迫っているわけですが、だからといって19世紀のマルクス主義に立ち戻るわけもありません。このままの体制のまま、分断が進みゆくことになります。

もはやこの状態においては、国家の内部を牽制し合っているのは従来の三権分立にあたる立法・司法・行政ではなく、資本家・権力者・民衆の三者ではないかと思います。

資本家:単なる金持ちではなく、大企業の経営者・幹部など。ただし入れ替わりはあります。
権力者:従来の三権全てに関わります。主に法律・権力を用いて他者を制限する立場です。
民衆:資本家・権力者に含まれない階層全てです。ただし個人レベルでは資本家・権力者に入る場合もあります。

(資本家→権力者)
資本家は権力者に資金を提供し、ロビー活動や経済界の団体による圧力で資本家に都合が良い政策、法律、体制を作ります。

(権力者→資本家)
権力者は資本家から法律や政策と引き換えに様々な名目で資金を提供させる一方で、資本家が調子に乗ったら行き過ぎると、民衆の反発を恐れた権力者が資本家を逮捕するなどして権力で黙らせます。堀江・村上ファンドやカルロス・ゴーンが良い例ですよね。

(資本家→民衆)
資本家は民衆を雇用して出来る限り低賃金で働かせることでグローバルに利益を上げます。

(民衆→資本家)
民衆は資本家に労働力を提供することで収入を得ます。あまりに待遇が悪ければ、デモ・ストあるいは転職などで自己の要求を実現させます。昨今の人手不足の状況では転職させないための待遇改善も進んでいますね。

(民衆→権力者)
民衆は権力者を選挙で選びますので、権力者によるその時だけの民衆の利益になるポピュリズム的政策から恩恵を受けます。リコール制度も同様です。

(権力者→民衆)
権力者は民衆を支配して税金を納めさせ、また国家維持のために種々の制限を加えます。ただしこれも行き過ぎると民衆の反発を招きます。

三権分立というよりはジャンケンのような関係になってしまいましたが、ある意味この方が、立法・司法・行政の三権分立より安定するかも知れませんよ。その代わり格差が固定されてしまいますが。

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