カテゴリー: 未分類

  • ゲームストップ株が急騰するアメリカ、貯金が増える日本

    先日来アメリカの株式市場を賑わしている、ゲームストップの株価の急騰劇はいろいろな反応をもたらしました。

    SNS時代における個人投資家と機関投資家(特に派手な動きをするヘッジファンド)との戦いだ
    空売りを仕掛けるファンドに対する警告だ
    急騰後に売買規制をかけた証券業界に対して個人投資家をないがしろにしてヘッジファンドを優遇している
    といった言説が色々ウェブ上でも確認出来ます。

    ゲームストップ株がどうなるか、あるいは値上がりを続ける株式市場がどうなるか気になりますが、多分どこかで調整局面に入って値下がりして、そこそこの価格で収まるのだと思います。そもそも今回のゲームストップ株の問題や、あるいはコロナ禍においてもアメリカの株式市場が値上がり続けるのは、かつてないほどにアメリカの個人投資家が市場に参加していることが一つの要因です。

    個人投資家が参入した原因が、1株未満の単位、つまりはお手頃な投資資金で気軽に株式を購入出来るサービスがスマホも簡単に使えるようになったことだそうです。

    そうはいってもその資金がないとだめですが、そこで出てくるのがコロナ関連の給付金です。本当に給付金が株式市場に流れているのか知りませんが、元々、アメリカ人は株式などの投資に積極的です。超低金利時代において、一般投資家が踏み出す市場はそりゃ株式になるでしょう。

    その一方で、日本の20代の貯蓄額が約1年のあいだに19万円増加したという調査結果が発表されました。

    20代の金銭感覚についての意識調査2021
    http://www.smbc-cf.com/news/news_20210114_986.html

    前回調査が2019年12月で、今回調査が2020年11月なので、まさにコロナ禍前後(終結はしていませんが)を測る分かりやすい調査だと思います。

    20代ですのでアルバイト先が休業・閉鎖していて収入が減った人もいるはずです。もちろん外食・旅行・遊びなどの費用が減った分は貯まるかも知れませんが、比較的稼ぎが少ない世代において11ヶ月で貯金が平均19万円(1ヶ月で約15000円)増えたというのは、特別定額給付金の影響もあると思われます。実際、半数近くは預金したままという調査もありました。

    アメリカと日本では、年金や健康保険などの社会保障制度に大きな差がありますので、これだけのことで確定的なことは言えないでしょうけれど、余裕資金をリスクのある投資に注ぎ込むアメリカと、もしもの時のために預貯金に回す日本との差が歴然としている証拠になるかも知れません。

    まあ、日本だって端株を気軽に買えるウェブサービスは存在していますので、5ちゃんねるやTwitterでどこかの株式を購入するムーブメントがこれから起きないとも限りませんが。

  • 「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」を観てきました

    あべのハルカス美術館にて開催中の、「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」を観てきました。

    名称未設定

    ヨーロッパの宝石箱
    リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展
    https://www.aham.jp/exhibition/future/liechtenstein/

    緊急事態宣言の延長も決まり、あまり人出のあるところには行きたくありませんが、平日昼間には混雑しなさそうな路線を経由して阿倍野に到着しました。

    美術館で行列とか出来ているくらいなら、電車賃と時間を無駄にしてでも引き返そうと思っていましたが、無事?というかなんというか、あべのハルカス16階には大して人もおらず、チケットを購入して検温して館内に入ります。館内はそこそこ人はいました。混雑しているようなレベルではありませんでしたが。

    ルーベンス、クラーナハ(父)、ヤン・ブリューゲル(父)といった有名どころの絵画が見所かと思っていたら、絵皿・陶器・磁器のコレクションの方が印象に残りました。

    日本・中国からヨーロッパに輸出された有田焼・景徳鎮などの陶磁器に、金などで装飾を付け加えたものもありました。個人的にはあまり綺麗には思わなかったというか、やっぱり装飾が浮いているというか、元の焼き物単体で完成している美術品だと感じたのですが、これは日本人的な感覚なんでしょうかね。

    その一方で、それらヨーロッパに輸入された日中の陶磁器に影響を受けて、ウィーンに設置された窯から作られた磁器にある金の文様なんかは、溶けこんで自然な美しさを感じます。

    陶板画もありました。同じ絵を油絵と陶板や絵皿とで見比べると、液晶と有機ELみたいな違いのようにも思えました。

    最後のコーナーだけは制限がありますが撮影可能でした。

    画像2

    画像3

    画像4

    一部の作品だけ撮影可能な美術展も増えてきました。

    美術館のある16階のテラス部分には一人二人しかいませんでした。昨年秋に江戸絵画展を見に来たときには結構いたんですけどね。

  • 流行に乗って使ったことがないClubhouseについて書いてみる

    せっかくなので流行にがっつり乗って書いてみることにしますが、Clubhouseって本当に流行するんでしょうかね。私は今はiPhoneを持ってないので、例え誰かに招待してもらっても利用出来ないのですが、日本ではピカチュウしか居ない部屋とか出オチの大喜利みたいな利用のされ方もしているそうです。

    これまでにも音声主体のチャットやSNSが全く無かったわけではないのですが、日本ではほぼ流行っていません。ゲーマーに人気のDiscordも一般人が使われてはいません。それは多分他の国でも同じでしょうけど。

    車社会のアメリカだから運転しながら雑談している、という見方も出来るかも知れません。日本では多くの労働者は電車やバスで通勤していますので、まさか会話するわけにはいかないでしょう。

    自宅でも日本と欧米では異なります。日本家屋は壁が薄く、隣の部屋の物音や声は聞こえやすくなっています。建築年代が比較的新しいマンション・アパートでも壁は大して分厚くありません。欧米の分厚い石やレンガで区切られた家屋とは全く異なります。YouTube配信だって同じ話ですが、隣家・隣室を気にせず利用出来る人はまま限られます。

    ただ、そもそもClubhouseが目指しているところがどこかともかく、実際の使われ方は著名人がルームを作ってペラペラ話しているのを近しい人や意識高い一般人が聞いているのがほとんどでしょうか。だとしたら、ラジオ的な音声配信アプリでええやん、と思うのですが、招待制・実名制・アメリカのセレブが使っている、というところがアーリーアダプターには魅力なんでしょうね。

    利用規約では録音や書き起こしは禁止されていると言っても、流している音声を別のデバイスでアナログ的に録音するなら誰だって可能です。それなりに知名度や立場がある人が、調子に乗って軽はずみな爆弾発言をやらかして、それを聴衆が勝手に無断で録音したデータをTwitterで流出して炎上するという未来が容易に見えていますが、そんな心配をする人はそもそも使わないはずです。

    リアルの世界では言えないことはClubhouseに限らずネットの世界でも発言したらアカンのですわ。

    流れる音声データに人間の耳には不可聴な音波を自動的に差し込んで、アナログ録音したらそこが拡大されて録音データが使い物にならなくなるような、VHS時代のコピーガードみたいなものがあれば危険は減るかも知れませんが、そんな技術もすぐにハックされるでしょうね。

    ともかく、今後も利用が伸びていって普及していくとしたら、今のままの利用法では無理でしょう。Twitterの企業広報的利用のように、音声でのユーザーサポートを行うチャットボットみたいな感じになるんじゃないでしょうか。新サービスが当初想定していたものとは違う利用法で定着するということは結構あることですし。

  • サッと履ける靴という超絶怒濤にすごい新商品に思うちょっとした疑問

    ナイキが簡単に脱いだり履いたり出来るスニーカーを発表したそうです。

    ナイキが手を使わずに着脱できるスニーカー「GO FlyEase」を発表
    https://gigazine.net/news/20210203-nike-go-flyease/

    これは素晴らしい技術でとんでもないゲームチェンジャー的な画期的商品だ! と思える日本人ってどれくらいいるんでしょうか?

    個人的には、スリッパや草履でええんちゃうの、と思ってしまうのですが、かかとまでカバー出来ることが多分すごいのでしょうか。

    手を使って靴紐を結んだり、かかとに指を入れて履いたりすることが難しい人にとっても履きやすいスニーカーを作る、という意欲は買うべきなんでしょうけれど、そんなに売れるのかなあと疑問も思ってしまいます。

    もともと、日本人にとっては家に着いたら靴を脱ぐのが当然です。室内でも靴を履いて生活する家に住んでいる人は日本国内では本当にごくわずかでしょう。

    全ての国とは言いませんが、欧米では逆に外で歩いていた靴のまま家に上がります。今回のコロナ禍において、外出時についた雑菌を持ち込む原因だという指摘もあった習慣ですが、だからこそナイキがこういうシューズを商品化したのかも知れません。

    逆に、日本ではもともと下駄・雪駄・草履・わらじといった伝統的な履き物はすぐに脱ぐことが出来る仕組みでした。ライフスタイルや住居が西洋化してから革靴やスニーカーといった、紐で締め付けて踵も固定する靴が普及しましたが、その一方でちょっと出掛ける際にはサンダル・スリッパなどの着脱が簡単なものを履きます。

    今回のナイキの新商品が、家の出入り時でも簡単に着脱できる靴を履く習慣を持ちましょうと呼びかけるものかどうかは知りません。コロナ禍におけるライフスタイルの変革なんて簡単に進まないと思いますが、いっそのこと、外の汚れを家の中に持ち込まないために、ビーチサンダルみたいな靴を電動シェーバーのように全自動で洗える装置みたいなものをどこか作ったら変革もスピードが進むんじゃないでしょうか?

  • クーデター後のミャンマーの四極構造

    ミャンマーでクーデターが起き、まだ政情は予断を許しませんが、急に民主化に戻ることは少なくとも無さそうです。ASEAN諸国の介入も限定的にしか出来ないでしょうし、アメリカもいきなり軍事攻撃なんて出来るわけがありません。そうなると少なくとも国内での国民の反対運動がよっぽど激化しない限りは、軍事政権側も譲歩することはありません。

    例によって中国・ロシアが安保理としての声明や制裁には乗っかりませんので、おそらくは国連総会での非難決議が国連としての最大限のアピールになるでしょうか。

    欧米や周辺国の経済制裁についても、中国という大きな支援国という抜け穴がありますので、国民はともかく政権中枢は困らないでしょう。

    ともかく、これでまたミャンマーは軍事政権国家に戻ってしまいました。次の民主化までまた時間がかかるかどうかが問題ですが、アウンサンスーチー女史を旗印にして民主化運動を国際社会が盛り立てるのは、少し疑問が出てきます。

    昨年まで、ミャンマー政府がロヒンギャに対しての暴力・虐殺に対して彼女が責任があると言って、欧米の政府や自治体や大学や民間団体がさんざん非難していたのですが、またコロッと立場を変えて支援するのでしょうか?

    ロヒンギャ問題に関しては、アウンサンスーチーという事実上の政権トップに全く責任が無いとは言いませんが、そもそもは具体的に襲撃していたのはまさにミャンマー国軍ですので、政権が国軍を制する影響力を持っていなかったのは今回のクーデターで明らかになりました。

    欧米各国は、
    ロヒンギャ 対 国軍&アウンサンスーチー
    という見方をして彼女を批判していましたが、実際は

    ロヒンギャ 対 国軍 ≠ アウンサンスーチー
    という構図でした。ノットイコールのところはニアリーイコールでもあったわけです。

    ただ、一番の問題は、国民の大半を占める仏教徒、特にナショナリズム性向の強い人たちがロヒンギャ弾圧を支持していることなのですが、今回のクーデターで、ロヒンギャ問題が好転するとは思えません。

    国民、国軍、アウンサンスーチーら民主派、そしてロヒンギャという四極による対立構造となって複雑になりました。ミャンマー国軍が国際社会の承認を得るために、ロヒンギャ保護に走るというウルトラCがあるかも知れませんが、それをすると国民、少なくとも極端な仏教支持者の支持を失います。

    まあ、たいていのクーデターは対処が難しいものです。エジプトでのクーデターでも、アラブの春後の民主的な選挙で選ばれたムスリム同胞団政権を排除するクーデターに対して、欧米諸国は黙認しましたし。

    タイでのクーデターでも国際社会は落ち着いています。タイという国ではこれまで何度もクーデターが起きているからかも知れません。軍事政権が出来たとしても、急激に国民虐殺や周辺国への侵略をしない限りは軍事介入も行うわけがないので、ミャンマー軍事政権に対しても、非難声明は出してもロヒンギャ弾圧が激化しない限りは見守るしかないでしょう。

    ちなみに日本でも戦前に五・一五事件や二・二六事件という、青年将校らが起こしたクーデターがありましたが、どちらもすぐに鎮圧されました。クーデターが鎮圧されたのになぜか軍事政権化したという珍しい歴史をたどりましたが、他の国でもこんなことってあるんでしょうかね。

  • ガンバの「攻撃サッカー」という呪縛

    ガンバ大阪のサッカーと言えば攻撃的なサッカー!
    と言うイメージは多くのガンバサポーターやJリーグファンにあると思います。特にそれが根付いたのは、10年間続いた西野朗監督時代なのは間違いありません。

    10年間攻撃サッカーをし続けて、うち8年間が年間3位以上の順位で、リーグ優勝1回、ナビスコカップ優勝1回、天皇杯優勝2回、ACL優勝1回という輝かしい成績を残しました。この功績をたいしたことないと否定する人はいないでしょう。

    96年のアトランタ五輪で守備重視のサッカーをせざるを得なかった西野監督が、大会後にサッカー協会からは守備的で将来につながらないという低評価を受けましたが、その後の柏レイソルとガンバ大阪での成功で覆しました。

    ただ、多分彼の著書に書いてあったはずですが、2002年にガンバ大阪の監督に就任した時点で、守りを固めて勝つサッカーよりも攻撃的に出るサッカーに向いている選手が揃っていたから攻撃的なサッカーをしていた、という理由もありました。

    よく見ていた私自身、守りを固めるマインドは選手にもあまり無かったように思います。2005年のホーム鹿島戦で、後半終了間際に勝ち越して3−2になったのに、その後も攻め続けてほぼみんな敵陣に上がり、カウンターを食らってあっけなく失点して3−3のドローに終わった試合では、ゴール裏(まだ芝生でした)にいた私はなかなかの精神的ダメージを食らいました。

    そうは言ってもその年の最終節では、家長が得て遠藤が決めたPKで3−2と勝ち越した後も攻め続け、フェルナンジーニョが退場して10人になっても最後にアラウージョが決めて4−2で逆転優勝を決めました。

    攻撃サッカーは当然ながら観ていて楽しいです。しかし攻撃ばかりで守備が整備されていないと悲惨なことになるという教訓は、2012年を見ていたガンバサポなら誰でも胸に刻み込んでいるはずです。

    あの年のガンバはJ1チームで最多得点、得失点差もプラス、だけど17位で降格しました。早々に引き継いだ松波監督も大変だったと思いますが、後半17試合だけで見れば4位の成績でしたし、天皇杯は準優勝でした。本来の力を出せれば降格するはずではなかったと言えます。しかし、それまでにない熾烈な残留争いだったこともあって残念ながら降格してしまいました。やはり守備組織の構築失敗がもたらす惨禍は忘れるべきではありません。

    2018年にももう一度同じ失敗をガンバはしそうになりました。その時は途中で引き継いだ現任の宮本監督が途中で何とか立て直して終盤の9連勝で一気に中位まで順位を上げてフィニッシュしましたが、一時期は最下位で17位とも差のある状態もあった以上は、やはり固いサッカーも必要なときには必要と思わざるを得ません。

    2019年もウィジョ・食野・中村敬斗とレギュラー格のFW3人が夏場に移籍するという事態もあって一時は残留争いに加わっていました。昨シーズン、ようやくほぼずっと上位にいて最終的には2位で終えたという結果は、守備的でつまらないという一部の評価と引き換えに得られたとはいえ、長い目で見てようやくガンバのチームとしての実力が上向いてきた証しです。

    2010年代に入って、2012年・2013年を除けば一番悪かったのは長谷川監督時代の最終年である2017年でした。2014年・2015年をピークにチーム力は落ちていっていましたが、宮本監督が引き継いでから何とか右肩上がりを続けています。

    そしてこの2021年で、守備は計算できるので攻撃強化、という目算の元、
    レアンドロ・ペレイラ
    チアゴ・アウベス
    というJリーグで実績あるFWを2人獲得できました。中盤のチュ・セジョンも加わり、昨シーズン終盤怪我で離脱した井手口が不在になっても中盤の守備に安心感をもたらすでしょう。これまでの補強は堅実かつ効果的だと思います。

    さらにもう一人、いろいろTwitter界隈ではウェリントン・シウバの獲得がささやかれていますが、それはともかく、守備を固めつつ攻撃力を強化して、さらに強いガンバを作る、という方針は松波さんも宮本監督も一致しているのではないでしょうか。

  • 消えたインバウンド需要のためにガラガラになった建物の管理対策

    先日、久し振りに大阪城に行ってみました。

    画像1

    コロナ禍以前には非常に多かった外国人観光客は見かけず、ジョギングする人、散歩する人、デートっぽい2人くらいでした。

    2000年代くらいまではインバウンド需要もなく、全国から観光バスで来た主に年配の方が多い印象でしたが、どちらにせよ大阪を代表する観光地でしたので、観光客向けの施設・飲食店は大変でしょうね。もちろん、大阪城に限った話ではありませんが。

    先も書いたように、平日の大阪城にいる人間なんて今は周辺住民がほぼ全てでしょうから、わざわざ大阪城の中でタコ焼きとか食べません。もちろん今ではタコ焼きだけではなく、大阪城公園の中には多くの店舗があります。

    特に大阪維新の会が大きな影響力を持ったあたりから、大阪城公園を観光、インバウンドビジネスの戦略拠点として利用するような動きが強まりました。

    大阪城公園駅前側や、森ノ宮駅近くの噴水周りには屋台やプレハブなどではない、しっかりした建物の店舗が並んでいます。そういったところも含めて、今は売上がどうこうとかいうレベルではなく厳しいことでしょう。

    京都だって大変です。観光客のホテルが足りないということで、中心部にはこの数年間大量にホテルの建設ラッシュが起きていましたが、コロナ禍で利用者が激減しました。建設したばかりのホテルはそもそも稼働できず、元々建設が決まっていたホテルも(おそらくやむなく)工事を続けています。

    大阪城の飲食店にしろ京都のホテルにしろ、お客が来る目処が立たなければ閉めているしかありません。しかし、全く使わない建物って傷んだりしないんでしょうか。

    人が住まない家は傷むといいます。特に日本家屋では木造部分が多いので、人の出入りがないと空気の入れ替わりがなく、温度・湿度が高すぎる場所、低すぎる場所などが出来て、家の素材が傷みます。あと、人がいないことで虫や小動物が好き勝手に動き回ったりすることも原因のようです。

    個人レベルの家屋ですと、住んでいないのにわざわざ管理する人を手配するのも大変です。お金持ちが持っている別荘であれば管理人を雇えますが、今の日本で問題になっている空き家問題では管理人なんてかけ離れた存在です。

    ホテルや店舗でも使わないと傷むのでしょうか? 鉄筋コンクリートやレンガや石で出来ている部分は問題無いと思いますが、内装や家具・設備には木製部分があるでしょうから、その辺は湿度のケアが必要な気がします。

    それなりに大きな企業の持ち物なら、清掃や換気のためだけの人員も回せるでしょうけれど、それはそれで人件費の負担がダイレクトにマイナスになります。なんせ売上も利益もない建物のための人件費ですから。

    屋内の隅も掃除して、水道もたまに水を出して、電気系統のチェックもして、窓を開けて空気を入れ換えて、という作業は結構手間がかかります。しかも自動化は難しいでしょう。窓も掃除も水道も自動化は出来なくもないでしょうけれど、上手く動いているかどうかのチェックにもさらに自動化か人手かが必要となると仕組みが複雑になってしまいます。

    そうかといって企業側もそのために新たに雇用を増やす気にもなれないでしょう。正常化したら不要になりますし、そもそもいつまでこんな状態が続くのか誰にも分かりません。

    いっそのこと、コロナ禍で失業した人を政府や自治体で短期的に雇用して、こういった建物管理のような一時的にしか必要のない業務や、飲食店が一時的に弁当宅配を始めるとか、そういった仕事に対して何割かの賃金を税金で肩代わりするような政策もあってもいい気がします。いわば公的な派遣業ですが、民業圧迫と言われますかね。時限立法で雇用対策を兼ねているなら国民の理解も得られると思いますが。

    ほら、ちょうど晴海に大量の空き家もあることですし。

  • 試験勉強は本番の試験と似た環境でしないと意味が無い

    昔、自分が受験生だったときから思っていて、今でも思うことですが、ファーストフード店とかカフェとかで音楽を聴きながら勉強している人を見て、ちゃんと頭に入るのかなという疑問です。

    多分、その人に理由を聞けば、好きな音楽を聴いてリラックスして勉強している、という答えが返ってくるのだと想像しますが、本番の試験の時に音楽を聴きながら解答出来るのでしょうか? 絶対そんな試験会場なんてないですよね。

    好きな音楽を聴くことでよく覚えられるのだと反論するかも知れませんが、それも疑問です。英語の ”remember” には、二つの意味があります。

    「覚える」と「思い出す」です。

    言い換えると、「覚える」という作業は「思い出す」作業を伴いながら実行されるのです。覚えるときには自分が思い出せることを確認しています。その確認が済んだら、次の項目を覚える作業に移ります。

    つまり、本番の試験の時に思い出せるような環境で覚えないと効率が悪いのです。

    第一、試験勉強の時にリラックスしているということは、本番の試験では異なる環境ですからリラックスできない、むしろ緊張している状態で臨むことになります。本末転倒というより他ありません。

    勉強ではなくスポーツを例に挙げてみましょう。

    どんなスポーツでも良いですが、練習の時には本番の試合の時よりも、負荷を重くあるいは強くして練習しているはずです。距離を長くしたり、重りを付けたり、数的不利な状況でプレーしたり、本番よりもキツいシチュエーションで練習します。それをこなすからこそ、試合の時にリラックスすることができ、より良いパフォーマンスを発揮しやすくなるのです。

    勉強でも同じはずです。試験の時にリラックスできるよう、試験と似た環境で勉強するか、それよりも少し負荷がかかるような環境で勉強しないとダメだと思うのですが、どうなんでしょうか。

    もちろん、人それぞれ向き不向きがあると言われればそれまでですが、だからと言ってスポーツ選手で練習よりも重い負荷をかけて本番の試合に臨む人なんて、一人もいないはずです。

    また、負荷をかければ良いというものでもありません。これも同じくスポーツで言うと、陸上選手が練習時に50kgの重りを付けて走ったりはしないでしょう。重りを付けてもせいぜい数kg程度です。

    勉強だって同じこと。工事現場の隣で勉強して、うるさい環境に慣れようとしても集中できず時間の無駄です。負荷は少しで良いはずです。

    どうしても聴きたいのであれば、勉強の前に音楽を聴いたりするのは悪くないはずです。これまた同じく、試合直前に気持ちをリラックスするために好きな音楽を聴くスポーツ選手のように、勉強を始める前に気分を切り替えるため、くらいの使い方が良いのではないでしょうか。

  • ガンバ印のイヤホン!

    ガンバ大阪サポーターでもごく一部の人しか購入していない、ガンバ印のイヤホンが届きました。

    昨年10月だったか、一応ガンバ公式HPに出ていたものですが、こんなやつです

    https://tamateba.en-jine.com/projects/gamba2020

    ぶっちゃけて言うと、パナソニックが販売している、RZ-S50Wというワイヤレスイヤホンのケースにガンバのロゴとエンブレムが印刷されているだけです。

    早くに買えば宮本監督のサイン入りボールあるいは選手のサイン入りTシャツがセットになっているですが、間に合わずに製品のみでの購入となってしまいました。

    検索すれば分かりますが、元のイヤホンの値段はなんというかもっとすっごく安いです。差額はいわばお布施です。まあ昨年は1度も観戦してないので、これくらいはパナソニックにも貢献しとこうと思って買いました。

    購入したのが10月で届いたのが1月末というなかなかの納期ですが、そもそもパナソニックが運営しているクラウドファンディングサイトで販売されていたものでしたので、台数が決定してから工場に発注しているんでしょう。それでも時間かかったなあとは思いますが。

    それはともかく、今週中に届きますよというメールが来た翌日に届きました。

    箱はこちら。

    画像2

    中身は普通。

    画像2

    イヤホンは元の製品そのままです。

    画像3

    ケース外装にガンバ大阪!

    画像4

    上記リンク先の注意事項にもありますが、ロゴとエンブレムはプリントなので削れば剥がれます。ポケットに入れている内に擦れて剥がれてきそうですが、いいんです。お布施ですから。

    性能そのものも当たり前ですが、RZ-S50Wそのままです。レビューもする気は無いですし、そもそも音楽に関する感受性も理論も持ち合わせていない素人ですし。

    後の楽しみとしては、パナスタ近辺や行き帰りのモノレール内でこれを使用している人を見かけるかどうかくらいです。イヤホン単体ではなくケースを見ないと元のRZ-S50Wと区別が付かないので相当難易度が高いですよね。

  • トランプの今後の選択肢は?

    トランプ前大統領に対する弾劾裁判は、上院での共和党議員がそれほど賛成しない見込みが報じられています。

    実際にどうなるかは評決時になってみないと分からないでしょうけれど、弾劾が決まったら決まったで大人しく処分を受け入れる人ではないでしょうし、支持層の反発がこれまでよりもさらに高まる危険性もあります。

    最終的には、惜しくも上院の3分の2の票を集められずに無罪が確定する、という落とし所になると思いますが、これは共和党議員にも問題があります。

    問題というと自党の大統領を守ることの何が問題か、という話になるかも知れませんが、トランプ前大統領を支えてきた議員にしてみれば、ここで弾劾賛成に回ることのメリットとデメリットを天秤にかけるのも当たり前の話です。

    メリットとすれば土壇場(というかもう期限切れですが)でも何とかトランプを非難する立場に回り自分の正当化を図れることですが、デメリットとすればこれまでは支持してきたのに急に裏切ることや共和党の大統領を共和党議員として認めないということが許されるのかという葛藤や党員からの反発の恐れがあります。

    政治家として確固たる地位を築いているベテラン議員であれば堂々と反発できるでしょうし、先日の議会乱入事件で越えてはいけない一線を越えたと思った議員もいるでしょうけれど、多分、大半の共和党議員はどっちつかずの態度で終わるでしょうね。大統領も交代したことですし。

    議会での弾劾からは免れたとしても、トランプの今後の活動にはそれなりに注目されつつも制約も出てきます。大統領時代に得られた様々な機密情報を生かして次回選挙での復権を狙ってくるかも知れませんが、そんな情報も勝手に個人利用すれば大問題です。

    共和党議員・党員がそもそも次回選挙で自分を支持してくれる保証もありません。弾劾されなくても共和党内部では次の指名獲得選挙は再び混戦になるでしょう。トランプかそれ以外かという問題が起きても、2016年の轍を踏まないようトランプ以外の候補者が早めに絞られるかも知れません。

    そうなってくると、かつてのロス・ペローのように第三党を作って挑むという可能性もありますが、ロス・ペローほどの資産はありません。支持者は逆に大量にいますので彼らの献金で戦うにしても、戦う相手は共和党になってしまいます。結果的には民主党候補が勝つことになります。二期目のバイデンになるかどうかはともかくとして。

    また、トランプあるいはその周辺に対して、民間レベルでの訴訟も起きてくる可能性があります。先日、弁護士のジュリアーニに対して自動投票機の企業が訴えを起こしました。こういった追求や報道に嫌気が差して国外脱出を図ったりすることともあり得るんじゃないでしょうか?

    まさか亡命なんてしないと思いますが、するとしたらロシアしかありませんね。新START延長で合意したプーチンにとっては、ウクライナ問題で今後揉めることが分かっているバイデン政権と友好的な関係は到底築けません。それならいっそ、アメリカをさらに分断出来るような策であれば、可能性を排除しないでしょう。当の本人にその気があればの話ですが。

  • 自助・共助・公助の割合の歴史的変遷

    菅政権が掲げたスローガンの一つ、「自助・共助・公助」は様々な反響を呼びました。保守よりの人らは自分のことは自分でするのが当然だと肯定し、リベラル寄りの人らは政府としての役割を放棄する暴言だと非難しました。

    自助・共助・公助のそのものを字面だけ追えば言っていることは至極まともであって、出来る限りは自分で自分の身を助け、それが出来ない部分を共同体で助け合い、さらに公的には全体的なサポートを行うというものです。

    スマイルズの自助論、日本では西国立志伝とも訳されましたが、自分のことは自分でやって頑張りましょう、というのが近代的な思想の根本でもあり、プロテスタンティズム的な思想でもあります。とはいっても、もともと中世は日本だろうと西洋だろうと自力救済の社会でしたが、最終的には神(仏)にお任せ、という考えでは無くなったことが大きいです。

    さて、共助の方はそれこそ昔から存在するもので、支配被支配の関係性が国家や政府よりも薄い、平等に近い共同体は人間社会の原始からずっと続いてきました。ただ、これも一方的に助けてもらうのではなく、あくまで助け合うことが大前提で、近世から近代を経て現代においても講や町内会や新興宗教といった形で存在します。

    最後の公助は支配層が継続的に行わないものを入れればこれも昔からありますが、気まぐれや統治における問題に対する対処療法を除けば規定されたものではありませんでした。政府・国家が行わないといけないとされたのは近代国家成立以後ですし、手厚くなったのは20世紀後半です。「ゆりかごから墓場まで」との言葉に代表される社会主義的政策は、共産主義国家圏だけではなく西側諸国でもほとんどの国で充実してきました。

    フーコーの死権力から生権力への移行という考えにあるように、現代国家は国民が生きて行動して納税して経済を回させるような権力となっています。だからこそ政府は公助を充実させてきましたが、少子高齢化が進む日本では公助の限界が明らかに見えてきました。

    だからこそ公助で全てをカバーするのではなく、自助と共助も首相が口にせざるを得なくなったのでしょう。しかし、公助が減って享受出来るものが減った国民は、政府を支持するインセンティブが無くなります。自助で成り立つグループと、見捨てられたグループの間に分断が生まれます。

    今は多くの国で国民間の分断が問題視されていますが、このような分断は先進国特有の現象かも知れません。

    正確に言うと、人口減少し始めて少子高齢化が進む国、人口減少を移民で補ったために在来の国民と移民との間で溝がある国です。後者の国では公助に対して移民がフリーライドしているという反発が目立ちます。

    とはいっても、移民に頼らず人口が増加傾向にある国でも分断はあります。

    インドネシアの急速なイスラム主義化や、ナイジェリアの南北問題、インドもヒンズー教第一主義が問題視されています。しかし、それらの国では公的な組織における援助よりも、共同体における援助や支援が充実しているケースが多いです。

    もともと公助があまり無い国では、人々が支え合っていないと生きていけません。もちろんそこでも自助が大事なのは当たり前ですが、公助よりも共助の割合が多くなります。

    しかし、20世紀後半に公助を充実させてきた先進国では、共助の存在感が無くなっていきました。その状態で公助が減ればいきなり自助だけでやっていかないといけなくなるので、文句を言われるのは当然な流れでしょう。

    公助はどうしたって減らさざるを得ないのなら、共助の充実の助けとなるような政策が必要となってきますが、だからといって各種団体に対する免税・減税、企業の福利厚生分の減税などではあまり効果がありそうにはないですね。そこを提供できれば安倍・菅ラインの政策・思想的な連続性は続くでしょう。

  • 人事に必要な資質と属性の問題

    なんとか無事にスタートしたアメリカのバイデン新政権では、閣僚人事も固まりました。上院の同意が必要ですが、一応は民主党が過半数を獲りましたのでこちらも問題ないでしょう。

    財務長官には12月の時点で、ジャネット・イエレンFRB前議長と決まっていました。日本で言えば前の日本銀行総裁が財務大臣に就任するようなものです。今の日本でそんな人事をしたら色々騒ぎになりそうな気がしますがどうでしょう?

    ちなみに昔は日銀総裁から大蔵大臣になった一萬田尚登や、総裁辞任後に政界に転身して首相にまでなった高橋是清といった人物がいましたが、政権側も重要なポストは与党内の重要人物に与えるでしょうからもはやそういう人事も批判どうこう以前に無いでしょう。

    バイデン新政権では国防長官も異例の人事がありました。元中央軍司令官のロイド・オースティンが退役7年未満の軍人の就任を認めない法律の適用を免除する特別認可を上院で得て就任しました。

    イエレンもオースティンも歴史上初というわけではないにせよ、バイデン政権としては本人のこれまでの経歴よりも資質の方が重要だと判断した結果なのでしょう。

    なんらかの人事を行う場合、当然ながら当人の能力・資質が必要とされますが、それ以外にその人の属性や経歴も参考にされます。ポストが重要であればあるほど、能さえあれば誰でもいいということにはなりません。

    資質が優れていても属性によって無理ということももちろんあり得ます。日本の政権では、首相に近い人物を採用すると「おともだち人事」と非難され、かといって首相の考えと差がある人を抜擢しても閣内不一致の種をまくだけです。

    日本の議院内閣制の下の閣僚と、アメリカの大統領制での閣僚では立場も違いますし、トランプ前大統領のように簡単にクビを切れるかどうかの違いも大きいでしょう。

    政治の世界で人事が騒ぎになるのは当たり前のことですが、大企業だってライバル企業の幹部を引き抜いて採用すればざわつきます。情報漏洩やノウハウの流出を危惧すればこそですが、業界が違えば大企業から別の大企業に移るのはそれほど障壁はありません。いわゆるプロの経営者として重宝されます。日本ではまだまだ例が少ないですが欧米では一般的ですよね。

    サッカーの世界でも選手の移籍は頻繁にあります。その選手がチームにフィットするかどうか、能力が求めるものかどうかということが最重要視されるのはどんな移籍でも同じですが、普段から激しいライバル関係にあるクラブ間での移籍ではいわゆる「炎上」も起こります。

    2000年に起きた、バルセロナ所属のルイス・フィーゴがよりによってレアル・マドリーに移籍するという「禁断の移籍」事件は今でも覚えています。あの頃のサッカーファンは誰だって知っているでしょうけれど、その後のクラシコではコーナーキックを蹴るフィーゴに向かって物が投げられたりしていた映像はすごかったですね。

    Jリーグではそこまで対立する構造が存在しないので禁断の移籍もありませんが、かつてボンバー、中澤佑二がヴェルディからマリノスに移籍したのが一番近いでしょうか? それでもフィーゴみたいな非難をされたわけではありませんが。

    そう言えば、低迷していたガンバが2018年夏に、セレッソの柿谷にオファーを出したというニュースがありましたが、アレが実現していればJリーグ史上に残る遺恨の移籍になっていたかも……。