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  • 失業の不安が解消されれば勝手にお金は回るはず

    今回の新型肺炎の一番の問題は、人々の健康や生命が脅かされていることですが、それ以外にも経済的な影響が大きく出ています。

    為替相場や株価の乱高下ももちろん問題ですが、大半の人にとっては自分の仕事・収入が今後どうなるかの方が重要です。どの国も政府や中央銀行が特別な対策を立てていますが、日本に限ればまだまだ打てる手はあると思います。

    まず、大企業が大量の内部留保を抱えている場合、その内部留保を内部留保を新型コロナウイルスによる売上・利益減少や人件費削減をカバーするのに回した場合は、赤字とは見なさないとか上場廃止基準に抵触しないものとするとか、経費算入を5年間いつでも出来る(事実上黒字赤字をコントロール出来る)というルールにするだけでも、ため込んだ内部留保によって失業率の改善やワーキングプアの救済にはなるでしょう。大企業は内部留保を吐き出すことが得だと思わせるのです。ただ、この政策の問題点は、事態が収束した後、内部留保の過大な確保に正当性を与えてしまい、平時において人件費を削ってでも内部留保確保を増やしかねないことです。

    中小企業対策としては、各企業が抱えている金融機関への負債の元利ともに返済を遅らせる猶予措置、モラトリアムが真っ先に思いつきます。あるいは、例えば半年や1年限定でレイオフを認め、レイオフされた労働者に満額に近い雇用保険を支払うというアイデアはどうでしょうか? ただ、この場合は雇用保険対象ではない非正規労働者が救われません。

    零細企業には消費税の納付猶予や免税対象事業者の制限を一時的に上げることもあり得るでしょうか。益税による零細事業者への直接的な金銭配布になります。

    やれることは何でもやるべきだが、日本よりも消費税(付加価値税)が高い欧米の国々がやろうとしない消費税減税は効果が無いのでしょう。日本・アメリカ・イギリスが検討しているとされる、国民への直接の現金給付はそれなりに効果があるかも知れません。一部の経済学者は国民の財布に直接お金を突っ込むのが一番良いとは昔から言い続けています。

    ただ、今のように物流が減り、気軽に買い物できる状況でもなく、生活必需品以外の買い物をする気になれないような状況で、買い物の資金だけを増やすと、一部商品・サービスだけに消費が偏ってしまうかも知れません。

    また、そもそも失業の不安があれば国民に配られる金額が2万円だろう10万円だろうと国民は消費には回しません。仕事を失った時のために、そのまま預金口座に残すはずです。

    フリーランス・個人事業者への補償と、企業への救済策はセットで行われるべきです。個人事業者・非正規労働者・正社員・零細企業経営者などが不安に駆られることが無ければ、事態が収束するにつれて経済は回復するはずです。

    言い換えると、国民が先の不安なしにお金を使うことができるようになれば経済は復活します。結局のところ、消費者心理に効果がある対策を立てないといけないのですが、今の政府にそこまでの説得力ある説明が国民に対して出来るかどうかも問題になりそうです。

  • アメリカ大統領選挙の延期は難しい

    3月2日にこんな投稿をしました。

    https://hrsgmb.com/n/nc78ce13f6a7f

    サンダースなり誰かが民主党の候補になり、本来は共和党を支持する人からの支持も得るようなブームを起こしたら、危機感を覚えたトランプ大統領が緊急事態だからといって選挙を行わず大統領選挙を1年先延ばしにするとか言い出したりして。

    サンダースが民主党候補になる可能性はかなり減りましたが、バイデンが出てくると共和党の中でも中道寄りの考えを持つ党員は寝返りかねません。

    そう思っていたら、ウォールストリートジャーナルでこんな記事が出ていました。

    米大統領選の延期は可能? 権限握るのは議会
    https://jp.wsj.com/articles/SB10371458858357054719804586272102100926040
    本選の投票日を大幅に変更するには、議会の行動が必要となる。1845年制定の法律により、大統領選は11月1日より後の最初の火曜日と決められている。新たな法律が制定されない限り、大統領や州の選挙当局者が変えることはできない。

    別にトランプの考えどうこうということではなく、単純に投票所での投票行動が感染を拡大させる可能性があるから出てきた記事ですが、第二次世界大戦中でも実施された大統領選挙を延期させるのは法的に非常に困難なようです。

    ただ、もともと投票所まで行くのが困難な地域に住んでいる人も多いアメリカ大統領選挙ですから、ずっと前から郵便投票の仕組みは存在しています。

    トランプ大統領が自分にとって有利なように(本当に有利になるかどうかは別ですが)、大統領選挙の延期を求めても、連邦議会だけではなく州議会・州知事・州裁判所との調整や戦いが待っています。このまま11月に大統領選挙が行われる可能性の方が圧倒的に高いでしょう。

    ただ、そこでもしトランプ大統領が負けた場合に、色々文句を言うのは間違いないですよね。口撃するだけならいいですが、敵はおろか味方も予想しないような反撃方法をとりそうな気もしますが、その時に(バイデン)大統領はアメリカ国民を一つにして前大統領の攻撃に対応できるでしょうか?

  • 使い捨てマスクから布マスクへの国民的移行の必要性

    マスコミ各社が伝えるように、政府が再利用可能な布マスクを確保して、介護施設・福祉施設や保育所などに配布する方針です。それに合わせて布マスクの洗い方もYouTubeで公開しています。

    繰り返し使える布製マスク 政府が洗い方の動画を公開
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200320/k10012341551000.html?utm_int=news_contents_news-main_006

    https://www.youtube.com/watch?v=AKNNZRRo74o

    そのような施設では一般企業のようなテレワークなど出来ませんので、必ず利用者も従業員も自宅から施設まで移動してきます。移動中も施設内でも当然ながらマスク着用が必要となりますが、一般小売店やネットショップでは簡単に手に入りません。布マスクも買えなくなる前に、政府が一括購入して直接施設に配るというのは正しいことだと思います。

    ちなみに今回の措置に関する政府から自治体への通達はこちら。

    https://www.mhlw.go.jp/content/000609962.pdf

    国から直接介護施設に郵送するみたいです(都道府県側が配布することも可能)。

    もはや感染を防ぐことではなく、感染ペースを鈍らせる段階に入っていますので、自力では予防措置が難しい(正しい予防措置を認識や実行が出来ない)、
    ・認知症の高齢者
    ・障害者
    ・児童
    といった人の集団感染を防ぐ目的があるのでしょう。

    未だに、マスクは全く意味が無いという意見や報道があります。未感染者が感染しないためにマスクをするというのは確かにほぼ意味がありません。かえってマスクに付着したウイルスを触ってしまう危険性もあります。

    しかし、既に感染している人(無症状者含む)がマスクを付けることには意味があります。呼吸・咳・クシャミなどで周囲にウイルスをまき散らすのをマスクで防ぐことが出来ます。

    自分から他人にウイルスがうつることを防ぐのが目的ですので、毎日使い捨てのマスクを付けるという必然性も薄れてきます。適切に清潔に出来るのであれば布マスクでいいでしょ、ということを国としても主張し始めた段階なんでしょうね。

    そもそも、使い捨てマスクの方は日本国民全員が毎日使えるほどの生産枚数・輸入枚数はありません。

    マスクや消毒液やトイレットペーパーの状況 ~不足を解消するために官民連携して対応中です~
    https://www.meti.go.jp/covid-19/mask.html
    マスクは、国内メーカーで24時間の生産体制を敷いており、供給は2月末に毎週1億枚を超えました。国内メーカーには増産を働きかけ、輸入量も増やすことで、3月は月6億枚以上の供給を確保しています。

    上記リンクにあるように、1ヶ月で6億枚です。全員が必要無いにしても、1億人が一ヶ月毎日使い捨てマスクを使えば30億枚必要です。医療施設や介護施設、公共的な場所で働く人以外の国民は、使い捨てマスクではなく再利用可能な布マスクを使うべき時が来ています。

    安倍内閣の情報発信能力、説明能力にはしばしば絶望感を覚えますが、だからといって「政府が悪い」と言い続けても何も変わりません。自分で調べて自分で判断して自分で行動する、その上で自分の身体と近くにいる人の身体を危険に晒さないようにすることが出来るのが大人のはずです。

  • ネット・ゲーム規制条例という「牛首馬肉」

    香川県議会でネット・ゲーム規制条例がついに可決されました。

    あくまで家庭内でのルールというか道徳的なものに留まる指針のようなものであって、罰則などがあるわけではなく、あくまで象徴的なスローガンみたいなものです。

    香川県ネット・ゲーム依存症対策条例議案
    https://www.pref.kagawa.lg.jp/gikai/jyoho/giketsu/0202_hatugi01.pdf

    内容はこちらにあるとおりですが、子どもに対して悪影響があるのがネットとゲームだけなのか、そもそもネットやゲームそのものではなくてその中にある悪質なものを防ぐべきではないのか、といくらでも反論は可能だと思います。ただ、罰則があるわけでもないので、
    「お年寄りを大切にしよう」
    「一日一善」
    レベルの話ですので、それほど目くじら立ててどうのこうのいうほどのものでもないかと思います。

    ただ、世の中には法律上は存在できているけれど道徳的には良いものではないものもたくさんあります。そしてそれらに大人が何ら制限無く興じている姿を側にいる子どもがいつでもどこでも見ているわけですから、今回の条例もまず役に立たないんじゃないかとも思います。

    いっそのこと、競馬やパチンコとかの博打とか、風俗やキャバクラ・ホストクラブなんかも対象にして大人達もそれらの利用を一日一時間までと規制してみてもいいんじゃないでしょうか?

    大人が範を示してこそ子どもも従ってくれるはずです。羊頭狗肉という四字熟語、故事成語がありますがこれは元々「牛首馬肉」と言われていました。

    古代中国春秋時代、斉の国に晏嬰という名宰相がいました。その彼が子どもの頃に、当時の君主が世間の女性に流行していた男装を禁止したのに一向に民衆が従わないということがありました。悩んだ君主が側に使えていた晏嬰に意見を求めたところ、

    「民衆には禁令を出す一方で、君公のご妻妾には同様の男装をさせているから禁令を民衆は真剣に捉えません。高い牛の首を店先に掲げて中では安い馬肉を売っているようなものです。後宮にも禁止させれば民も従うでしょう」

    という痛烈な皮肉のこもった諫言を行いました。そしてその通りにするとあっという間に男装の流行は収まったという逸話です。

    今回のネット・ゲーム規制条例についても同じような理屈が通るのではないでしょうか? 大人たちがあまり大っぴらに出来ないことを平気でしておきながら、子どもたちには悪いことはしてはいけないぞ、と偉そうに言ったところで子どもたちが素直に従うとは思えませんよね。

  • 正解は分からなくても大まかな指針があった方が良かった

    新型コロナウイルスによる混乱と被害は日々世界中に広がっています。現在の感染拡大の中心地はヨーロッパに移り、ほとんどの国が外出禁止、国境制限を行っています。

    このウイルスの毒性や感染力、中国や韓国での新規感染者数の増加数の低下を見るに、ある程度のところで収まりそうには思えてきましたが、逆に言うとある程度のところまではどの国でも広がることは確実だとも言えます。

    そうなると、重要なのは感染拡大のピークを遅らせて、かつ短期間での急激な感染者数の増加を防ぐことであり、どの国でも限られる医療資源を最も被害者が少ない形で振り分けることしか出来ません。

    1月からこれまで、日本政府の取ってきた対応には多くの失敗もあったと思いますが、国家レベルでの大きな枠組みで見たときにはそれほど悪くない対応だったとも思います。もちろん、被害に遭った方、亡くなった方やその遺族には納得出来ないでしょう。

    ただ、日本よりも遅れて結局は他国でも同様の対処をしているのであれば、明らかに間違っていたとはいえないのではないでしょうか?

    ニュージーランドもクルーズ船からの下船は一律拒否しているそうです。
    アメリカもそうみたいですが、ぼろくそに叩かれていた日本政府が最初に取ったクルーズ船対応は本当に失敗だったのでしょうか?

    もちろん、アメリカもニュージーランドも、日本の対応を先例としてそのまま流用している可能性もあります。ただ、その場合はどの国も間違っていることになり、結局正解は誰にも分からない難問だったということになります。

    一斉休校要請にしても、教育を破壊するとか保護者に対する負担が大きいとか散々に批判されていました。日本は島国だから感染症対策がなっていない、何度も感染症と戦ってきたヨーロッパの国々ではこんな対応はしない、という自称専門家のもっともらしい意見をいくつも目にしましたが、今現在ヨーロッパで起きているのはどうなるのでしょうか?

    多くの国が休校のみならずあらゆる集会を禁じたり、飲食店の営業を停止したり、長距離移動や外出そのものを禁じたりしています。感染が広がってから強硬措置を取っているわけですが、本当に感染症との戦いの歴史がある国であれば、感染が広がる前に対応が取れたのではないでしょうか?

    中国が欧米を批判していることに批判が集まっていますが、一部は言っていることは分かります。中国で感染が広がっていることが1月下旬には分かっていたのに、欧米各国が具体的に対応し始めたのは3月に入ってからでした。もちろん、そもそもの中国政府の対応が遅れたこととWHOが甘く見ていたことが根本の原因ではありますが、欧米諸国も大したことはないと高をくくって対応が遅れたことは間違いありません。

    結局何が正解だったのでしょうか? どうすれば良かったのでしょうか?

    第一、21世紀になってからSARSやMERSの脅威があったにもかかわらず、未だに未知の感染症が発生したときにどのように対処するかの国家レベルのマニュアルが無いのも不思議です。

    マニュアルを作るとすればWHOでしょう。

    感染症が広がり始めたときにはその国との出入国制限、ビザ発給停止や移動してきた人の隔離措置などを一般的なマニュアルがあり、WHO加盟国はそれを基に行動するルールとしておけば、外交的な問題にもならないはずです。

    21世紀に入ってから、コロナウイルスによるSARS、MERSそして今回の新型コロナウイルスの流行がありました。感染症に関する研究が進んで発見されたインフルエンザが20世紀の感染症とするなら、コロナウイルスは21世紀の感染症となるかも知れず、今回の流行がひとまず収束しても、またいずれ何かのウイルスが流行することは間違いありません。その時に人類は賢明な対応を取れるでしょうか?

  • 口座を抱える負担の解消をしたい銀行と預金者

    もはや預金で得をするということが想像できないくらいの低金利時代が続いていますが、預金金利が低いということは融資金利も低く、どこの銀行も利益を上げるのが難しくなっています。

    そういったこともあり、銀行口座の維持手数料の導入が本格化しそうです。

    ただ?有料? どうなる銀行口座
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200313/k10012329761000.html

    日本では銀行口座の維持手数料は個人レベルではまず無料でしたが、外国の多くの銀行のように預金口座に毎年維持手数料を設定することで、口座維持に必要な経費を賄うことを銀行が考えるのも当然のような金利情勢です。

    とはいっても、いきなり全ての預金口座が維持手数料を必要とするようになることは無さそうです。まずは、お金の出し入れを数年間していないような休眠状態の口座がターゲットになりそうです。

    銀行はお金を出し入れしてもらわないとやっていけないですし、数年間使われていない口座だからといってコンピュータ上や書類上でいい加減に扱って良いわけでもありません。使用されない口座を抱えるだけで銀行は負担が出てくるわけですから、維持するための費用を口座名義人に負担してくれ、というのも無理はないかと思われます。

    今まで維持手数料がかからなかったのは、日本の金融機関の習慣的なものであり、口座をとりあえず作ってもらうために維持手数料を取らない、いずれ使ってくれたら良い、という考えだったのでしょうけれど、歴史的な低金利が続き、かつ人口減少社会になっていく中でこれからの銀行として生き残りをかけるために、人件費だけではなく顧客側の方も言葉は悪いですがいわばリストラして効率化していくということでしょう。

    銀行口座を複数持っていても、日常的に使用するのはせいぜい2つか3つでしょう。5つ以上の口座をフルに使っている人は少ないでしょうし、毎月お金の出し入れがあるのであれば銀行としてはそれはそれでありがたいはずです。問題は、口座をたくさん持っているのに使っていないケースです。

    私個人が持っている口座は思い出してみると、ゆうちょ銀行、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行、京都銀行、新生銀行の6個のはずです。しかし、今、毎月利用しているのは2つだけですね。他の口座は数百円か数千円だけ入っていて数年間動いていないはずです。

    そのような口座に維持手数料を課して経費に充てたい、そしてそれを機に口座を解約されても構わない、というのが銀行の思惑ですが、個人的には口座の解約を簡単にできるようにするのも一つの手だと思います。あとはクレジットカード一体型のキャッシュカードだと、解約するのも面倒なんですよね。止めやすい、解約しやすい仕組みもあった方が良いんじゃないかな、と漠然に思います。

  • 元首と産業が入れ替わることで強さを維持するアメリカを理解出来ないサウジとロシア

    世界中が新型肺炎でワチャワチャしている真っ只中に、ロシアとサウジアラビアが原油減産問題で合意できずに双方が増産して原油価格が急落するという焼け野原戦法を選択しました。

    ロシアの原油減産拒否の標的は米シェール業界
    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92668.php

    世界経済が減速し原油の需要が落ち込むのが目に見えているので、原油生産を減らして価格下落を維持したいサウジアラビアと、産油量・販売量が減ると単価は維持できても総売上が落ちてしまうのが嫌なロシアとの喧嘩ですが、双方の本当の敵はアメリカ合衆国です。

    シェール革命によって原油の輸入国から輸出国になってしまったアメリカは、原油価格をコントロールするためのOPECやOPECプラスには加盟せず、完全に自由資本主義を原油の世界でも貫いています。サウジアラビアやロシアとアメリカ合衆国の石油産業が決定的に異なるのは、まさにこの部分であり、政府が国家戦略の一部として原油生産をコントロールするか、純粋な民間企業が利潤のために原油生産するかの違いが存在します。

    ロシアもサウジアラビアも、そして大半の産油国も石油産業は国家・政府が一部や全部を支配して、国家が戦略的に行動する手段に使っています。アメリカ合衆国もそのような部分が全く無いわけでは無いにしても、基本的には企業が好き勝手に行う国であり、その企業が外国で市場ルールに基づかない理由で痛めつけられたときにアメリカ政府が干渉してくるくらいです。

    そのアメリカのシェール関連企業が一気に拡大して原油を売りさばいたために、OPECなどの原油価格の制御が効かなくなってきました。それはサウジアラビアやロシアにとっては悪夢でしかなく、対抗措置としては自分たちも増産して世界の原油価格を下落させ、シェール関連企業の採算を取れなくして倒産させる、というチキンレースしかありませんでした。

    それは最初のうちはうまく行きましたが、民間企業がやっていますから倒産しても他の企業が設備や技術を引き継いで、より安いコストで経営して結局アメリカにおけるシェールガス生産は復活してしまいました。

    結局、サウジアラビアもロシアもシェールガスの採掘によって苦しめられ、国家財政にも影響が出てしまい、サウジでは皇太子の交代、ロシアでは年金改革による大規模な抗議活動が起きる結果となっています。

    結局、国家が関わることで厳しいコスト削減策を取れず、非効率な経営や生産体制が続くことで経費が余計にかさみ、シェールガス企業に負けてしまった、という状態です。

    そしてさらにサウジとロシアの対立によって減産どころか増産されることで、さらに両国の財政難は進むことになります。それでもアメリカのシェール業界をぶっ潰せるならいいや、と思って増産に突き進むようですが、そもそもロシアもサウジもアメリカ合衆国とシェール業界を同一視しすぎているような気がします。

    もし、アメリカ国内のシェール業界が成り立たなくなると、経済界の利益をある程度代弁しているであろうトランプ大統領にとってはそれなりに打撃になるかも知れませんが、そうなったとしてもいきなりトランプ大統領の首が取られるわけではありません。この点は資源輸出が国家財政にとって最重要問題であるロシア・サウジとは異なります。これ以上財政が悪化するとプーチン大統領も、サウジの国王・皇太子も地位を保てるかどうか分かりません。

    トランプ大統領が経済界からも不興を買って再選できなかったとしても、代わりに民主党の誰かが大統領になってアメリカ合衆国は続いていきます。そしてシェール産業に変わってまた何か新しい産業が出てくるでしょう。国家元首も目玉産業も入れ替わっていくのが前提のシステムです。トランプ大統領やシェール業界がポシャったとしても、アメリカ合衆国という国家全体あるいは歴史から見れば、
    「だから何?」
    という話です。国家がいきなり危機的状況に陥るわけではありません。こういう国だからこそ、長い間世界の覇権を保ち続けているとも言えます。

    原油など資源の輸出で財政が成り立ち、強権によって国民も産業も支配している国家から見たら、アメリカ合衆国の国家元首と産業の関係性は理解しがたいものなのでしょうが、例え理解していたとしても国家元首や主要産業が入れ替わっていくということは受け入れられないでしょうね。

  • 買い占めてもメリットがないトイレットペーパーとマスク

    買い占め・転売の問題が起きたのは最初はマスクでしたが、次いで消毒液、そしてトイレットペーパーとどんどん進んでいきました。政府による転売禁止の法改正や、オークション業者の規制などが行われることである程度は鎮静化すると思いますが、実際には写真を出さず隠語で取引しているケースもあるそうです。この辺はイタチごっこですね。ただ、大っぴらに行われている時よりは取引量は減るでしょうから、転売のための大量購入は減るでしょう。

    あとは、不安に駆られた個々人が必要以上に購入してしまう問題の解決です。一日あたりの国内の工場における生産量が国民の使用量を上回っているのなら慌てる必要はありません。トイレットペーパーは誰もが毎日使用するものであり、日頃から不足したりすることはありませんから、その時点で生産量>使用量という式が成り立ちます。国民全員が必要量だけ購入するなら不足することはあり得ず、いま不足しているということはいつか必ず飽和して店舗にトイレットペーパーが溢れかえる時期が来ます。慌てて買う必要はありません。

    デマや報道に踊らされて購入する人が出てくるのは古今東西変わりませんが、買い占めが始まると理屈上は買い占めに加わった方が得をすることもあります。

    トイレットペーパーを「買い占める」ほうが”合理的”であるシンプルな理由 (1/2)
    https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2003/04/news092.html

    トイレットペーパーが消えた、合理的な人でもパニック買いに走る理由
    https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-12/Q7118QDWX2PT01

    ただ、これはあくまで理論上の話であり、倫理的にはダメですしそもそもトイレットペーパーは前述の通りいずれお店に余りが出てきます。必要量を確保できていればそれ以上に買う必要はありません。

    ただ、マスクのように国民全員が毎日必ず使用するものではない製品の場合は、数が不足してしまいます。だからこそ買い占め・転売が横行してしまったわけですが、そのマスクにしても実は買い占めるメリットはそれほどありません。マスクに関しては真逆です。

    自分がマスクをしても自分が新型コロナウイルスに感染することの防止には役に立たないと言われています。しかし、感染者がマスクをすることでウイルスの拡散は確実に減ります。つまり、感染していない人にとっては、自分がマスクをするよりも他人がマスクをしている方が自分は感染しづらいということになります。

    単純化して世界に2人しか存在せず、マスクが1枚しかない状況を考えてみます。

    自分がマスクを付けて相手がマスクを付けない場合、相手が感染している場合は結局自分の感染リスクはあまり減りません。

    逆に、自分がマスクを付けず相手がマスクを付ける場合は、相手が感染していれば自分の感染リスクは減ります。

    これは人数を増やしてもマスクの数が人数より少ないのであれば、他人にマスクを付けさせた方が得をする、という理屈が成り立ちます。

    言い換えると、マスクを買い占めるとかえって自分の感染確率が増えるという恐ろしい結論になります。
    前提条件が変わることでトイレットペーパー買い占めのゲーム理論とは結論が真逆になりましたが、トイレットペーパーにしろマスクにしろ、買い占めても自分も他人も得をしないということに変わりはありません。結局のところ、落ち着いて対応するということ以外に対策はないはずです。

  • 不老不死になりたいか? 不老不死にさせたいか?

    ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」では、一部の人間がテクノロジーの進歩によって老化や死を乗り越えて行き続けることが出来るようになる、と述べられています。

    ユヴァル・ノア・ハラリ「ホモ・デウス」
    http://www.kawade.co.jp/homo-deus/

    本当にそのような時代が来るのか浅学にて分かりませんが、新型コロナウイルスへの対処にほぼ全ての先進国が苦慮しているのを見る限り、少なくとも現時点ではまだまだ不老不死の時代は来なさそうです。

    上述の本を読んでいてそもそも論として思ったのですが、不老不死になりたいと思う人ってどれくらいいるのでしょうか? 富も権力も持っている人は皆、不老不死への人体改造を望むのでしょうか?

    当たり前ですが、人間は生まれてきたときには不老不死ではありません。テクノロジーが進歩したといっても、不老不死になるにはどこかのタイミングで何らかの形での手術なり投薬なりが必要です。

    その、「人間を加工」した時点でルックスが固定されて、永遠の生命を生き続けるというのは、本当に人間にとっての念願なのでしょうか?

    個人的には天国と言うよりもむしろ地獄のような人生になりそうな気もします。

    世の中全ての人が不老不死になるわけではありませんし、全ての人がそうなることを求めるわけでもないでしょうし、そもそも全員が不老不死になり、さらに生殖機能も保ったままならあっという間に人口爆発で食糧危機、次いで住む場所やあらゆる物資が不足してしまいます。一部の人間だけが不老不死になるとしても、周りの不老不死ではない人間と上手くやっていけるとは思えません。

    永遠に生きるということは永遠に死ぬということと同義でしょう。

    死なない・老いないというのは個人的にはあまり羨ましくない、と思うのは私だけでしょうか?

    あくまで想像ですが、日本人的にはそう変ではない考え方ではないかと思います。生まれて死ぬ、というサイクルは全ての生物に共通するものであり、仏教的な輪廻転生の考え方とも合致します。人魚の肉を食べて不老長寿になった八百比丘尼が出家したという話は、不老長寿が幸福感をもたらすものではないことも表しています。

    ただ、少し考えを進めて、自分が不老不死になることは選択できても選択しないとして、自分にとって大切な人を不老不死にすることが出来る、という仮想条件を想定してみるとどうでしょうか?

    もし自分が、自分も含めて誰にでも不老不死の能力を与えられる力を持っていたら、誰にも与えず、自分にも使わずそのまま死ねるでしょうか?

    自分はいいけど大切な人が病気で苦しみ老いていくのを黙って見続けることが出来るでしょうか?

    こう考えると、不老不死の研究を進めること、不老不死の技術を求める人をあまり馬鹿に出来ない気もします。

    もちろん、他人から不老不死を与えられた人が幸せになるとは限らないということは変わりませんが。

  • 民放・芸能と新型肺炎

    新型コロナウイルスの感染は現時点ではまだ収束しそうにないですね。

    学校が休校になった子どもをどうするか、というのは親御さんにとっては一番の悩みのタネかも知れません。

    子どもが学校に行かずずっと自宅にいるために仕事を休まざるを得ない、というのは収入面でも、あるいは業務の進展面でも問題を抱えることになります。

    気が気でないでしょうがさらに、子ども達も自宅でじっとしているわけもないでしょうし、多くのエンタメ企業が無料や格安で利用できるようにサービスを提供しています。教育系企業も、オンラインで勉強できるサービスを同様に開放しているケースも多く見られます。

    これらの企業は、社会貢献的な意味もあるでしょうけれど、これを機に自社サービスを体験してもらい、先々に有料の顧客になって欲しい、という思惑も当然ながらあるでしょう。そうはいっても、必ず利益に結びつくとは限らないわけで、本当にこの問題に企業として出来ることを提供する、ということの方が強いでしょう。

    こういった企業各社の動きも、この新型肺炎問題に対して社会全体で協調して対処しましょう、という意欲の表れだと思いますし、それは一般人としては心強いことです。

    せっかくですので、毎日朝から晩までニュースや情報番組でさほど代わり映えのない放送をしている、テレビ局もいっそのこと真っ昼間にアニメ映画でも流したらどうでしょうかね。

    日テレはコナンとジブリ
    テレビ朝日はドラえもんとクレヨンしんちゃん
    フジテレビはドラゴンボールとONE PIECE
    といった、各局キラーコンテンツを抱えているのですから、昼間に2時間子どもをテレビに釘付けにしてくれるだけでも、保護者にとってはありがたいと思うのですが、どうでしょうか?

    もし、その時間帯に重大ニュースがあったとしても、地デジのサブチャンネルに切り替えればいいはずです。あるいは、アニメを流しながらL字型の字幕で文字ニュースを絶えず流し続けてもいいでしょう。

    ふと思ったんですが、スポーツイベントは無観客や中止・延期を受け入れているのに、芸能の世界では反発があるのはなぜなんでしょうね?

    もちろん、スポーツ側だって個人個人ではそれなりに不平不満はあるでしょうし、生活の不安を抱えている人もたくさんいるでしょうけれど、公然と自粛批判をする人はいないように思えます。

    一方で、演劇や音楽などの芸能関係ではライブや公演を実施して批判を浴びたり、自粛していたら生きていけないということが取り上げられます。

    この違いはどこから来るのでしょうか? 以下は個人的な想像です。

    スポーツは体育会系なところもありますが、日本ではスポーツが国策として実施されてきたこともありますし、体育はまさに国家が関わる分野です。いわばスポーツは国家権力との結びつきが深い分野でもあります。オリンピックやサッカーワールドカップのような、国家的大規模スポーツイベントは国家・自治体と密接につながっていないと実施できません。

    一方で芸能は歴史的に差別されてきた問題もありますし、戦前戦後の演劇では左翼的な思想も強かったこともあるでしょう。もちろん、政府や自治体などがパトロンとして関わることもありますが、ニュース・報道も含めて芸能分野は反権力的な姿勢があるのは想像に難くありません。

    また、スポーツは野球やサッカー、大相撲のようなプロスポーツは所属している団体が個人の収入をそれなりに保証しています。今回のような無観客・延期・中止などによって収入が減った団体が、100%満額で抱えている個人に報酬を支払うかどうかは分かりませんが、ゼロにはならないでしょう。

    しかし、芸能イベントはスポーツイベントと比べると、事業主体として芸能事務所や個人レベルで行うのも多く、失った収入をカバーしてくれる存在がないのかも知れません。芸能界全体をカバーするような保険的なものがあれば、また違うのでしょうか。

    そういえば、一部の芸能人が労働組合的な動きを見せたこともありました。芸能人の権利保護が他の分野、労働者よりも遅れているのかも知れませんね。

  • 独裁的と言うよりは馬鹿にされているんじゃないですかね?

    安倍首相を批判する人の中には、独裁者としてヒトラーにもなぞらえて非難する人もいます。

    確かにこれまでの首相に比べると利益誘導なり国会での発言なり、資質に疑問を持つことも無くは無いのですが、そうはいっても歴史に残る凶悪な独裁者と並べて非難するのはさすがに無理があります。

    独裁者としての罪と言うこともありますが、それ以前に威厳をそもそもそんなに感じない首相を捕まえて独裁者というのは違和感をずっと感じていたのですが、そうは言ってもいわゆる安倍シンパに属する人達と、反安倍の人達との感覚のズレはなんなのかな、と考えていて、ふと思ったんですが、安倍首相って周りの人に馬鹿にされてるんじゃないか? って気になりました。

    首相が国民にイベントの自粛を呼びかけた後に補佐官やシンパの議員が平然とパーティーを開催しているのをみると、
    「あー、はいはい、親分は頑張ってね、こっちは適当にやってるから」
    感が半端ないように思えたのですが、どうなんでしょうね。

    とても独裁者の目をビビって親分の言うことを確実に実行して敵を倒してやろう、という部下っぽさが全く見られないのですが、シンパの人達って本当に安倍晋三という人物を尊敬しているんでしょうか?

    だとすると裸の王様みたいなもので若干可哀想にも思えてくるのですが、そもそも日本の歴代総理大臣で長期政権をやった人でも威厳があったのかなあ、という気もします。

    さかのぼっていくと、小泉純一郎、中曽根康弘、佐藤栄作、池田勇人、吉田茂までが戦後、戦前だと少ないですね、桂太郎と西園寺公望、伊藤博文くらいでしょうか。

    これらの首相の中で私が同時代的に知っているのは最初の二人だけですが、周りが怯えるような独裁的な振る舞いは誰もしていなかったんじゃ無いですかね。吉田茂は頑固ではありましたが、それは多分他の人も大差ないでしょう。

    日本の歴史上で独裁的に権力を奮うような人物は、長期的に権力を維持できなかったかも知れません。その辺は日本の特性と言えるのかどうか分かりませんが、独裁的・高圧的でもなく、かといって庶民的でもない安倍首相は、後世にどのように語られるんでしょうかね。

  • 久し振りに献血してきました

    こんな状況だから献血する人も少ないのではないかと思い、いつも献血を行っている梅田の阪急グランドビルにある献血ルームに行ってきました。

    いつもとは違って入り口で体温を計測され、それから受付です。ルーム内は明らかに人が多く、全然少なくないやん、という思いを抱えつつ、成分献血だとかなり時間がかかりそうなので今日は400mlの全量献血にしました。

    しかし人が多い。荷物入れのためのロッカーも空きがないくらい。問診や事前の採血検査までも時間がかかり、1時間半くらい経ってようやく採血室に呼ばれました。

    成分献血と違って全量献血は取りっぱなしで自分に戻ってこないので早めに終わります。採血までの時間と採血し始めてから帰るまでの時間の差が3倍くらいありました。

    何でこんなに多いのか、とも思ってしまいましたが、東日本大震災から明日で9年ということで、いろいろなキャンペーンというか粗品を配っているということもあったのかも知れません。密閉空間に多くの人間がいるというのは医者・看護士さんが多くいる場所でも不安になりそうですが、それでもこれだけ多くの人が献血に来るというのはプレゼントにつられたとしても良い話です。特に今日は、どこかの学校か団体かで連れ立ってきたのか、成人したてっぽい若い人達も多くいました。

    新型コロナウイルスが流行している中でも、他の病気・怪我で輸血を必要とする人はたくさんいます。多くの行事や経済活動が中止や縮小していく中でも、変わらないものや変えられないものはどうしたってあります。そしてどうしたって必要なものが必要な人に届くような社会になってもらいたいものです。

    ちなみに、今日もらった粗品はブランケットでした。また微妙に暖かくなりはじめた時期に・・・とは思いましたが、寒さのぶり返しもあるでしょうからありがたく使わせてもらおうと思います。