時を司る政権の権力

令和も3年になりました。平成15年から今までで何年経ったか、といった平成から令和の変換がまだ慣れていませんが、昭和後期に生まれ、平成をまるまる過ごして、生涯で三つ目の元号を体験している自分は、明治以降の日本人としては少しずつ稀な人生になっていくのでしょう。

大正時代は15年でしたので、明治に生まれて大正を過ぎて昭和に亡くなる人は珍しくなかったはずですが、64年続いた昭和年間に生まれて亡くなる人、昭和に生まれて平成に亡くなる人はかなり多かったはずです。

今ではほぼ日本だけと言える元号制定国家ですが、かつては中国大陸における政権(中国中央部や周辺部含めて)、朝鮮半島の政権、日本における政権と、時期によっては今のベトナム付近における政権で元号は使用されてきました。

そんな元号は、古代中国の前漢時代の武帝期に「建元」から始まり、以後は王朝が代わっても20世紀初めの辛亥革命まで続きました。

日本では元号の始まりは乙巳の変の後の「大化」が有名ですが、これは大宝律令が制定された頃に創作されたものと言われています。少なくとも同時代的に使用されていた痕跡は残っていません。継続的に元号が証拠含めて存在したとされるのは、西暦701年の「大宝」からです。大宝という元号が制定された由来は、対馬からの金が献上されたことでしたが、実際には対馬で発掘されて献上されたわけではなかったと言われています。

何か縁起のいいもの、国家にとって大切なものが献上されて、それを理由に元号を新しくする、という事例は日本でも中国でもよく行われてきました。良いことがあったから改元、あるいは天変地異や自然災害に見舞われたから払拭するために改元、皇帝・天皇が代替わりしたから改元と、なんのかんのと改元は実施されました。

当たり前ですが、元号の制定と使用を人々に強制するには権力が必要です。時を司るのは元号のみならず、日々の暮らしにも使われる暦の制定と施行も権力あってこその話です。

逆からみれば、権力が時間を支配するには理由が必要であるとも言えます。吉祥であれ、災害であれ、代替わりであれ、何か理由がないと改元できないわけです。

日本の室町時代、特に戦国期においては朝廷が改元のための諸費用を貧し過ぎて調達できず、支えるはずの幕府本体も貧しくて負担出来ず、元号が当時としては長期間利用されたということもありました。

時の政権に権力が無ければ時を司ることが出来なかったという一例ですね。

西暦はキリストの誕生年から始まったとされていますが、本当の生年からは数年ズレていると考えられています。元号の始まりにしろ、西暦の始まりにしろ正確性よりは採用した権力の都合で使われているだけと言ってしまうと元も子もないですが、西暦も正確な生年に合わせるためにズラしましょう、と現代に言い始めたら多分、頭のおかしい人だと思われるでしょう。既成事実化したらそれが正しいのです。

オリンピックの開会式と閉会式のために祝日を移動させた事について先日、こんなnoteを書きましたが、

https://hrsgmb.com/n/nfab7d1e93fb8

祝日をコントロールする政府の権力は健在ですが、有給休暇を会社員が自由に取りやすい社会を作るまでの権力ではないのですよね。まあそもそも本気で政府が有給休暇を世間一般に取らせるつもりがあるかどうか分かりませんが。

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