世界的にも日本国内でも、貧富の格差は広がっています。かつては共産主義圏への対抗と、国内での社会主義勢力の伸長のために、たいていの西側諸国では第二次世界大戦後に福祉政策は続けられてきました。
それも東西冷戦崩壊までで、以降は資本主義と自由主義の権化たるアメリカ合衆国が唯一の超大国になったことが象徴するかのように、新自由主義に基づいて、格差解消よりもトリクルダウン的な考えが優先されるようになりました。
上が儲ければ下もおこぼれがもらえるという理屈ですが、当然ながら格差は広がります。富裕層が資産を増やしていくスピードと割合の方が、貧困層よりも上回るのは当然でしょう。
ともかく、富裕層が超富裕層になっていく一方で、超富裕層に集まる富の再分配が政府には求められます。そうでないと社会が不安定化します。
ただ、自由主義・小さな政府的価値観を持っているお金持ちは、政府による富の再分配は認めません。政府が富の再分配をするには、富裕層から富を奪わなければならないからです。
とは言っても、自分の元に富が集まる一方で一切吐き出さないというのも、特にアメリカのような国では批判を浴びます。だからこそ、超お金持ちの人たちは、チャリティーや慈善団体を通じて自分が蓄えた富の一部を社会に還元していきます。
そしてその慈善活動は大々的に発表され、マスメディアなりインターネットなりで人々に知られるようになりますが、その辺は日本人的な感覚とは異なります。日本ですと、寄付を大々的に公表すれば、売名行為とか偽善だとか言う批判が先に立ってしまいます。
しかし、実際に富裕層による個人的な寄付によって再分配される金額は、それほどでもありません。億単位の人が年単位で収入増になるほどの寄付などあるわけがないので、人知れず寄付をしたとしても社会全体の不公平感は減りません。
人知れず寄付をすることは善徳ではありますが、知られなければ社会の安定化には寄与しないという面があります。
大っぴらに寄付や慈善活動をやった方が、富裕層がひたすら金を抱え込んでいるという印象は少しは減るはずです。実際には吐き出した以上に毎年稼いでいるとしてもです。
社会貢献する基金を立ち上げました、ホームレス数十万人に衣服や食事を提供しました、といったニュースが報じられて知る人が増える方が、ひっそりと善徳を積むよりも社会に役立つのかも知れません。
何ともモヤモヤするものがなくはないですが、陰徳あれば陽報ありとも言います。誰にも知られず良いことをするのが悪いわけではないので、ゴチャゴチャ考えずに多額だろうと少額だろうと、寄付したい人は気軽に寄付できる社会になった方が、多分良いんでしょうね。
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