投資というのは、当然ながらお金を儲けるために存在します。もちろんそれ以外の用途や理由もあるでしょうけれど、投資した資金が減ってもいい、無くなっても構わないという人や組織はまず存在しないでしょう。
投資はお金を増やすため、という前提は当然ですが、問題はそれ以外の目的を大仰に掲げると、利殖には制限がかかります。
例えば、株式市場で全ての上場企業から銘柄を選んで株を買うのと、環境保護に熱心だとある一定の基準を設けてクリアしている企業の中から選ぶのとでは、値上がりする企業の数は変わります。当たり前ですが前者の方が後者より絶対数は多くなります。もちろん、このご時世ですので環境破壊を気にも留めない企業が大きな被害を出したりバッシングを食らったりして値下がりする可能性もありますが、株価の上下そのものの理由にはなりづらいでしょう。
そもそも企業活動自体、環境保護を掲げればその分企業利益は減ります。よって配当も株価も下がりかねないのですが、そういう企業を狙って投資するファンドというのは、何も考えずに利益だけを考えるファンドよりも制約が多くなってしまいます。
環境保護だけではなく様々な公益のための活動をしているか否か、ということは本質的には資本主義社会における利益追求とは無関係です。だからこそ、社会貢献を掲げる企業やファンドに価値があるのですが、それを目的にしてしまうと無理が出てきます。
そもそも企業もファンドも利益だけを追求していても儲かるとは限りません。社会全体が経済成長しているような国であれば、たいてい株価も売上も上がりますが、成熟した市場ではそうはいきません。
お金が有り余っていて社会貢献する企業やファンドを応援したい、という人なら多少の損失が出ても納得出来るのかも知れませんが、だったら制限無しに投資して得た利益を直接社会貢献に回した方が、スッキリするんじゃないでしょうかね。
これは社会貢献だけではなくて、企業やファンドが自分の利益以外のことを目的にするとロクなことにはなりません。利益を追求するだけでもいざとなれば破綻するような失敗もあります。例えば、中国恒大集団のように。
そう言えば、中国の民間企業はともかく国営企業はオーナーである地方政府(のごく一部の幹部)のために存在します。多額の利益を出す国有企業もあれば、儲かるそばから搾取されて企業に還元できずに結果大赤字となって負債まみれでデフォルト寸前のゾンビ国有企業もあります。一部の権力者たちの利益のためという目的が掲げられると、利潤追求の組織ではなく幹部の不正蓄財の組織になってしまいます。
そこまで極端な例ではなくとも、企業やファンドが上げた利益をそのまま再投資しないと、将来的には価値が上がりません。
誰でも買える投資信託を例に挙げれば、毎月分配型のファンドは表面的には毎月儲かった感がありますが、実際には配当時に税金が差し引かれるため、絶対的にその分はファンドの価値が下がります。
企業の株価でも似たような物で、毎年配当を株主に支払う企業は、株主に還元される価値としては税金分は確実に少なくなります。それを嫌って配当を出さずにひたすら内部留保と企業活動への投資に回して、時々自社株買いをして株価を上げることで株主に還元してきたのがApple、Google、Amazon、FacebookなどのIT企業でした。配当を出すくらいなら再投資した方が成長が急激なので結果的に株主も儲かるでしょ、という理屈なのですが、今はAppleも配当を支払っています。
配当の有る無しは企業やファンドの独自性や理念と一体なので、どちらかが正しいというわけでもないのでしょうけれど、少なくとも税金で差し引かれる分は、配当を払う側ももらう側も損をしているのは間違いありません。もちろん、お金が有り余っていて税金を支払いたい、という人ならそれでいいのでしょうけれど、それよりも杯当時に税金を支払うよりも配当無しで儲けたお金を国や自治体に寄付した方がトータルの金額はおおくなるんじゃないですかね。面倒ですけど。
結局、利潤追求の組織に対して利潤追求以外の目的を担わせるのは結果的には損をしかねません。それを覚悟の上であれば良いのですが。
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