真面目だと失望するかも知れないが選挙には行った方が良い

普段のnoteでは特定の政治家や政党を批判することもありますが、選挙の公示中はいろいろと法律とか面倒なので国内政治に関してはアップしないようにしています。大して閲覧数が無いものであっても、公職選挙法は当然適用されます。自分が書いているnoteが法に触れるとは思いませんが。

とは言っても、選挙そのもの、投票そのものへの参加を呼びかけるのは問題ないでしょう。現代日本には選挙や民主主義政治そのものを否定するような極端なアナーキストももういないでしょうから。

選挙の度に投票率は必ずニュースになります。当選者・得票数・投票率はどんな選挙でも報じられるはずです。そして毎回の選挙の恒例ですが、若い世代が選挙の投票に行かなくなりつつあるという危機を訴えるニュースを見かけるようになりました。

私が若い世代だった時代でも若者の選挙離れは言われていましたが、投票可能年齢が18歳からになった昨今でも若者の選挙離れは変わっていないようです。

投票しない人に政治を批判する権利は無い、と言う人もいますが、多分今の若者にとって投票しないほど政治に対して無関心ということではなく、投票しても何も変わらないことを悟り、無力感を覚えているのかも知れません。今の若い人たちは無駄なことは無駄と思ってしません。

今の若者は、多分昔よりも真面目だと思います。オッサンの立場から、職場にアルバイトとして来る学生を見ると、昔の学生よりも真面目で素直に見えます。だからこそ、投票行動によって社会がより良く変わるはずだという純粋な思いは、むしろ選挙ごとにしばしば悪化する社会情勢を目の当たりにすると、かき消されます。

ただ、個人が持っている1票は、あくまで日本国民である有権者の1億分の1です。少数で言えば「0.00000001」です。これで自分の投票がすぐにそれだけで政治や経済や社会に大きな影響をもたらすと考えていたら、それはそれで無理があります。1票は大事ですが、1票で何か大きな変化が生まれるわけがないのです。

ただ、それで終わってはいけません。1票だけで変わりませんが、勝つ候補も1票を集めて勝つのですから。そして投票することで利益を得る人たち、つまりは何らかの利権団体の思うとおりになります。

利権団体のあらゆる全てを否定するつもりはありませんが、少なくとも利権団体に関わりが無い人にとってプラスにはなりません。そういう未来が嫌であれば、少なくとも投票すべきです。実際に自分にとって望む結果にならなかったとしても、行動によって自分の意思表示をすることは、自分の考えを曖昧や有耶無耶にせずに済みます。

選挙によって、投票によって、世界や社会への自分の関わり方を再確認するという、自分勝手な使い方をしても良いんじゃないでしょうか?

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