COP26が一年延期ののちに今年、開催されました。地球環境の保護の重要性は年々高まり、政府や大企業に対する圧力も増してきています。政治家や経営者の中には、環境保護なんてクソ食らえと言う人もたまにいますが、基本的には誰もがこのままではいけないとは思っています。
そうは思っても、実際に今の生活・利益・便利さを捨ててまで実行しようとはならないところに難しさがあるのですが、昔に比べると意識も政策も変わっては来ていると思います。
変わり具合がまだ足りないからこそ、COPなり抗議デモなりが存在するのですが、実現がなかなかしないのはなぜか?という問いに対して、ただ人々の怠慢だと感情的に切って捨ててしまうと対立だけが増えていくでしょう。
SDGsというキーワードがここ数年、あらゆる場所・場面で見かけられるようになりました。持続可能な開発目標という意味ですが、持続可能というのはここではあくまで地球の環境が持続可能であるという意味で使用されています。しかし、持続可能であることはもちろん素晴らしいし、そうあるべきですが、まず最初に実現可能なプランでないと賛同者は増えないでしょう。
言い換えると人々にとってそのプランそのものが持続可能であるかどうかが試されています。世界が変わっていないのは、人々が環境保護プランを本当に「持続可能」「実現可能」とまでは信じていないからです。
例えば、世界中の稼働中の自動車を電気自動車に置き換える方がエコかどうか。
リチウムという資源は地球に豊富に存在しますが、実際にエネルギーを充電して取り出せるリチウムイオン電池にするまでにまず、多くのエネルギーを消費します。また、リチウムイオン電池は衝撃に弱く、また高温にも弱く、発火や爆発の危険性と隣り合わせで使用せざるを得ません。これから経済成長していくはずの途上国は、大半が赤道に近い地域に存在します。高温に弱い特性とはあまりに相性が悪いはずです。
また、充電ステーションがないと遠距離は走れませんが、数百kmごとに網の目状にステーションを置けるのは先進国だけでしょう。何百kmも走り続けるのに、ガソリン車であればガソリン自体を車内に積み込んでおけば問題なく1000kmでも走れますが、電気自動車では不可能です。充電済みのバッテリーをあらかじめトランクに乗せておくのでしょうか? そうなるとなおさらリチウムイオン電池が必要になりますね。
以前、発電方式についてこんなことを書きました。
https://hrsgmb.com/n/n1f1cd1e5968b
クリーンエネルギーは重要ですし、今後の主流になっていくと思いますが、それ以外を徹底的に認めないと言われると、それは無理なんじゃないかと反論が先に立ってしまいます。実現可能性に疑いを持つ人を、地球環境を破壊する悪魔と言って罵るようでは、人類全体が協力して問題を解決することなど不可能でしょう。
とは言っても、悪いことばかりではなく、こんな記事もありました。
https://japanese.engadget.com/wind-and-solar-power-043039528.html
ただ、この中にある小国同士がエネルギーを融通し合うというのはあまり意味ないというか、ヨーロッパでしか通用しない話でしょう。海洋国家では難しいでしょうし、政治的・軍事的な緊張関係にあればそもそも絶対無理です。
様々な環境保護プランを、単純に今の社会が成り立たなくなるから不可能だ、というつもりはありません。やりようによっては出来るはずです。
19世紀から20世紀初めにかけて共産主義思想が広がっていった時に、反共保守派が言っていた理屈です。今の社会から変わるのですから当然です。「社会を変えよう」というスローガンを、「社会が変わるから無理」と言って反対するのはトートロジーの裏返しに過ぎません。
しかし、共産主義が20世紀に入ってからソ連や中国などで実現し、20世紀のうちに失敗に終わったことも考えておかねばなりません。あくまで「実現可能」かつ「持続可能」なプランでなければ、政治思想だろうと開発目標だろうと環境保護だろうと失敗に終わることは間違いないです。
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