クラブに道無き時にサポーターが取るべき手段とは

イングランドプレミアリーグのチェルシーを所有する大富豪、アブラモビッチ氏がプーチン大統領と懇意だということで、チェルシーに対しても様々な制裁や制限が英国政府とイングランドサッカー協会・プレミアリーグから下されたことで、チェルシーはにっちもさっちもいかない苦境に立たされています。

大金を費やしてクラブを世界的強豪に押し上げてくれたアブラモビッチオーナーに対して感謝しているチェルシーファンは多いのでしょうけれど、アブラモビッチ氏を礼賛するチャントを歌ったり、横断幕を掲示したりしているそうです。

さすがにそれはどうかと思いますが、そのことを理由にしてクラブに対して制裁が下されるのかどうかは微妙なラインかも知れません。ハッキリしたペナルティよりも、同リーグ内での孤立や世界的な人気低下といった悪影響の方が大きいのではないでしょうか。

ただ、全てのファンがアブラモビッチ氏賛美をしているかどうかはまた別の話でしょう。そもそも氏を非難するファンは今はスタジアムに行かないという選択肢を取っている可能性もあります。

チームや選手・指導陣に対しては支持しても、クラブやその運営方針に対して反発するファンは、チェルシーに限らず結構いると思います。

先日のヴィッセル神戸における人事に関しても、神戸ファン・サポーターの中には納得出来ない人もいるはずです。

https://hrsgmb.com/n/n3ae2e9552040

クラブに対して、あるいは強化方針に対して、チーム状況に対して、勝敗に対して不満を全く持っていないファンやサポーターなんてほんのわずかしかいません。誰もが何かしらの不満や物足りなさを持ちながら、好きなチームを応援し続けるというのがサッカーファンというものですが、その不満を表現する方法は感情の赴くままにしてしまうと大変なことになります。

我が愛するガンバ大阪でも、一部の過激なファンが起こした大問題でクラブが処分を下されたことが過去に何度もありました。

ただ、クラブに対して迷惑というか大迷惑をかける方法が本当にファン・サポーターとして取るべき手段とは私には全く思えません。

人それぞれと言えばそれぞれなのでしょうけれど、限度というか節度というか、守るべきルール・規則は存在します。過激な人たちは、そのルールを逸脱することでクラブに圧力を掛けるのだ、という理屈なのでしょうけれど、それは諸刃の剣というか、プラマイゼロよりはどう考えてもマイナスになります。

全く別のnoteにて、蘧伯玉という古代中国の人の生き方について書いたことがありますが、

https://hrsgmb.com/n/n50d7695976a1

古代中国春秋時代の衛の国の大夫だった蘧伯玉は、孔子と同時代の人でしたがその在り方、挙措進退を孔子は何度も絶賛しました。
その頃の衛の国は、君主やその家族、近臣などの権力抗争によって乱れており、大夫としての国家・君主への仕え方が難しい時代でしたが、蘧伯玉の生き方を孔子は、
「蘧伯玉という人はなんと優れた君子だろう。国家に道ある時は進んで仕え、国家に道無き時はすぐに退きその才能を懐に巻いて収めた」

ファン・サポーターとしても、愛するクラブに道無き時には退いて下がる方があるべき姿かも知れません。

愛の形はどうあるべきかという思想にもつながるのでしょう。暴言や暴力で相手を従わせるのが愛と言えるでしょうか?

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA