ペダルの踏み間違いも自動運転もテクノロジーの問題

アクセルとブレーキを踏み間違っての悲惨な事故というのは今でも絶えません。昔は無かったと思いがちですが、踏み間違えそうになるケースは多分昔もあって、それが「踏み間違えそう」から「踏み間違えてしまう」と移行するのは、その運転手の年齢層が単純に昔よりも高齢化しているからでしょう。ただ単に昔よりも高齢ドライバーが増えているのです。

ただ、だからと言って高齢ドライバーの事故を高齢者だけの問題だとしてしまっては、解決にはつながりません。高齢者は運転するな、という雰囲気を作っても、法的に問題なければ乗るでしょうし、地域や場合によっては乗らないと生活できない人だっています。高齢者は一切運転しなくても何の問題も無い社会を作るのなら良いですが、そういう訳にもいきません。

一部車種では、一般的なアクセルとブレーキの配置になっていないとかいう話も目にしたことがありますが、私自身が運転したことがあるわけではないので、本当にその車がそんな感じなのかは分かりません。ただ、ミスが起きたときにミスした人間だけの責任にしていたら、別の人がまたミスをします。これは自動車に限ったことではなく、企業が軍隊のような組織論にも通じる話です。

なぜ踏み間違いが起きるのかという問題意識から、世代間対立ではなく、対策を立てるのがあるべき姿でしょう。

https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2208/09/news063.html#_ga=2.5176563.136294254.1659935045-1256674833.1645768008

こういう研究もあるようですし、なぜ踏み間違うか、どうすれば踏み間違いが起きないか、起きても事故につながらないように出来るか、ということは多くの研究施設や企業で研究されているのでしょう。

逆に、テクノロジーが先にあって悩ましい問題を抱えているのが自動運転です。人間とコンピューターを比較すれば、正確さや計算の速さはもちろん後者の勝ちであり、疑う余地はありませんが、コンピューターを作っているのも残念ながら人間です。

アナログデバイスだって故障や動作不良は起こり得ますが、デジタルデバイスにだってエラーやバグはあります。それ以外にハードウェア的な故障だって当然あり得ます。そうなると故障しやすいかどうかはシンプルか複雑かと考えることも出来ます。

100年前の自動車と今の自動車ではかなり構造が変わりました。自動運転の電気自動車とT型フォードを比べたら、ガソリン車と馬車くらいの違いがあります。

コンピューターを使用する限り、複雑さから逃れられないのは宿命です。どこかでエラーが起きて車が動かなくなるという怖さは、今の過渡期における特有の問題でしょう。かつて馬車からガソリン車への移行が行われたときだって、
「ガソリンエンジンよりも馬の方が信用できる」
と言われていたと思います。それでも人類はガソリン車を選びました。

電気自動車・自動運転が主流になるには、まだまだ向上の余地はたくさんあると思いますが、多分、そういう方向に向かっていくのでしょう。それが完成すれば、それこそ高齢者の踏み間違いという問題は過去の遺物になるはずです。

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