ブラック校則の悪循環と再生産

未だに昭和以来のようなブラックな校則が存在し続ける学校が結構あることに驚きを受けてしまいます。

非人道的なものや人権侵害に当たるような規則はそもそも存在自体が学校にとってのマイナス評価にしかつながらないと思うのですが、中にいる人にとってはそうではないのでしょう。

そういう学校でも日本国憲法の「基本的人権の尊重」って教えているはずなのですけれど、基本的人権よりも校則の方が重要だと教えているのでしょうかね?

昔はしょうがないかと思われていたような校則でも、今の時代には合わないのであれば変えるべきでしょうし、ブラックな校則の中には昔でもダメなんじゃないのか?と思わせるようなものもあります。

こういったブラック校則はその制限を受ける生徒への被害だけではなくて、さらに副次的な悪影響も存在します。

生徒にしてみたらそんな校則を押し付けてくる学校や教師に対しては良い感情を抱かないでしょうし、さらに言うと教師という職業自体に幻滅しかねません。自分の将来の進路として教師という選択肢を最初から外してもおかしくないでしょう。

逆にそういうブラック校則に対して、さほど嫌に感じない人だってもちろんいるでしょうし、その人の中から将来の教師が生まれてくることになります。

子ども時代にブラック校則肯定派だった人が、大人になって教師になってその学校に就任した場合、ブラック校則を廃止するでしょうか? むしろ自分がこうやって立派な教師になれたのはこの校則のおかげだとして、また生徒にブラック校則を強要する教師になると考える方が無難です。

かくして、ブラック校則が維持され続ける悪循環が生まれ、ブラック校則肯定派の再生産が行われます。

ブラック校則の悪循環を断ち切るには、中の人の多数に考え方の突然変異が発生するか、外部(行政や司法)の介入という強制力による改革しかないのですが、どちらもあまり期待は出来ないかも知れません。

一番可能性があるのは、ブラック校則によりマイナスイメージが付いたために入学してくる人が減って学校自体が潰れる未来、いわば市場原理によって学校が無くなることでしょうか。それだと潰れるまで時間がかかってしまうので、結局はそういう校則が嫌な人はそういう学校に行かないというアドバイスということになります。

臭いものに蓋をする学校に対しては、臭いものには近寄らないというごく普通の対策しか無いですね。

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