鉄砲玉としての環境保護活動家

なぜか知りませんが、最近海外からのニュースで、環境保護活動のために有名絵画に向かって野菜やらペンキやらを投げつけてみるパフォーマンスが行われているそうです。

歴史的な絵画(の入ったガラスケース)を汚すと環境保護につながるという論理展開が私には全く出来ませんが、行動を試みている人たちにとってはつながりがあるのでしょう。

まあ茶化すのはともかく、過激な行動を取ることで世間の注目を浴び、それによって環境保護を世間に訴えるのだ、という理屈なのでしょうけれど、実際に行動が結果に結びつくかというと、相当難しいでしょう。というか、むしろ反発の方が多そうな気もします。

とはいえ、だからと言って穏健な活動をしていても世界は変わらない!という感情のほとばしりは分かります。確かにそうしょうけれど、美術品を破壊したらそれはそれで
「環境保護活動家というのは自分とは感覚や価値観が大きく異なる変な人だ」
という印象を与えてしまったら、逆効果にしかなりません。

さすがにその辺のことくらいは理解しているでしょう。だからこそ、実際に行動する対象の美術品は先述のように、「しっかり保護されている絵画」などを狙います。

美術館に訴えられたりしたところで、ガラスや床が汚れただけで、その掃除費用と掃除中の機会損失くらいしか損害賠償請求をされないでしょう。そして被害が大したことがないのですから、警察に逮捕されたとしても軽い刑罰で済みます。

結局は、環境保護活動の世界というかクラスタというか、その界隈で名を上げるための行動という理解が一番正解に近いのかも知れません。

そして、それでその団体などが世界的に有名になれば、寄付や支援もそれに比例して増えます。

実際に行動に移す実行犯は自ら進んでやっているのか、上の人に命令されてやっているのか知りませんが、命令されるにしても進んでやるにしても仲間の中ではちやほやされるでしょうし、ヤクザの鉄砲玉みたいなものですかね。微罪で済むところは異なりますが、実際に絵画を傷つけてしまったら歴史的な罪になりかねないのですけれど。

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