かつて、オウム真理教による坂本弁護士一家殺人事件に関わってしまった件について、筑紫哲也氏は「TBSは死んだ」と表現しました。
その後、TBSからワイドショーは無くなったものの今では復活していますし、他局は昔も今もずっと続けています。多分、視聴者層が安定的に存在して、それなりの視聴率と広告スポンサーを見込めるのでしょう。
時事的な、最近ではネットでバズっているネタをそのままやっているような向きもありますが、結局は何かをネタにアナウンサーが報道し、司会者が話を振り、コメンテーターがコメントをし、なんだかんだワチャワチャしつつ次のニュースに行き、同じことを繰り返しておわります。
そしてそれを見ている人が、世間の犯罪者や不届き者の愚かさに憤慨し、それに引き換え自分はまだマシだ、と溜飲を下げる構図になっています。
多分、人間の社会性の本質にも訴える何かがあるのでしょう。一年二年の一過性のものではなくて、数十年も各局で午前午後と放送され続けている番組の仕組みには、それなりの必然性があるはずです。
旧統一協会に関して同じようなことを起こすテレビ局はさすがにないと信じたいですが、宗教絡みに限らず、何らかのトラブルを起こしつつも、まだまだ続いていくはずです。
同様に、承認欲求を肥大化させて満たすツールであるSNSも、Twitter社がもし例え潰れたとしても、また代わりになるものが出来るでしょうし、今後もずっと何らかの形で承認欲求を満たそうとする人も存在し続けるでしょう。
メタバースの世界でもワイドショー的なものやSNS的なものも出来るでしょうね。VRデバイスを装着して、その中でSNSでクソみたいな書き込み、動画をアップし、芸能人のゴシップや悲惨な事件をネタにアレコレ適当なことを言い合う世界が、本当に未来の社会になるのだとしたら何とも言えない気持ちになりますけれど。
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