資本主義的論理によって環境保護が副次的に解決出来ればいい

日本車が昔から燃費が良かったのは、環境保護という観点がなかったわけではありませんが、大きな要因としては
「燃費の良さ」イコール「ガソリン代が安くなる」
という切実な理由でした。

日本はガソリンを全て輸入に頼る必要があり、オイルショック以降はなおさら一朝ことあれば供給に支障をきたすことが目に見えています。そのため、ガソリンを節約出来る「燃費の良い」自動車が、日本市場において需要があることは当然です。逆に言うと燃費の悪いアメリカ車なんかが日本で売れないのも当たり前であり、80年代アメリカにおける日本車バッシングは、アメリカ車が日本で全く省みられることがない裏返しでもありました。

つまり、経済性・効率性を追求していった結果、環境を保護する面が勝手に充足していったことになります。

一方で、昨今のリベラル系・環境保護活動家による電気自動車のゴリ押しとガソリン車憎悪の動きは、経済性・効率性の観点から見ると大きな欠陥があります。

電気自動車の価格は税金による支援という国策がないと高値のままですし、リチウムイオンバッテリーの寿命を考えると、長期間同じ車を乗り続けることが出来ません。バッテリーを交換すれば尚更費用が掛かり、環境負荷もその分増えてしまいます。

生まれてから100年以上経ち、枯れた技術とも言えるガソリン車と比べるとまだまだ電気自動車の技術は発展途上です。何よりバッテリー自体が新しい素材や全固体電池の実用化などが進まないと、ガソリン車を価格・安全性などで上回ることは出来ないでしょう。

20世紀において全世界的・全産業的に石炭から石油へのエネルギー転換という革命が起きましたが、それは何より、供給量・価格・発電効率などにおいて石油が石炭を上回っていたからです(質の悪い石炭を国内利用している国はまだありますが)。

もちろん逆に電気自動車をゼロにすべきとも思いません。利用が進み、技術開発が発展すれば、いずれはガソリン車の代替たる立場になるはずです。しかし、少なくとも現代、2023年時点ではその地位にふさわしいレベルではないでしょう。

かつて、日本におけるガソリン車の燃費向上は、資本主義的理由によって推進されました。それをEVでも出来るような方向に持っていければ、自然とそうなっていくんじゃないですかね。

グリーンエネルギーと原発の関係性にも近いかも知れません。こっちの方は、原発を禁止したために二酸化炭素を大量排出する石炭火力発電に頼るという、何をしたいか分からない状態になっている国もあるので、なおさらややこしいのですけれど。

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