炎上はツッコミ待ちのボケ

発言にしろ書き込みにしろ行動にしろ、迂闊なことや不誠実あるいは違法行為などについてやらかしてしまった際に、主にネットで非難を大量に浴びる「炎上」という現象は、現代社会においてはよくあることになりました。

そういった炎上の元になった言動は、もちろんそのやらかした本人の責によることは間違いないのですが、本人にしてみたら場合によっては状況に応じて場を盛り上げるためのジョークやおふざけだったこともあります。そういった場合、その人はサービス精神として行ったものなのに、それで炎上して非難を浴びることには納得がいかなかったり、動揺したり、ショックを受けたりすることになります。

その辺りのバランス感覚というのは難しいものです。

そしてその炎上の元になった、場を盛り上げるための言動は、完全に閉じた環境で行われたものであれば、ほとんどのケースでは炎上しないでしょう。その限られた場に居合わせた人というのは、本人の関係者や近しい人、思想信条的に近い人でしょうから、炎上するほど問題があるとは思いません。炎上の大半は、オープンな場で行われたもので、さらにそれがSNSなどのネット上で共有されたことによって火が着き、延焼していきます。

本人にしてみたら、ジョーク・おふざけとして言ったこと・やったことなのは、わざわざ説明しなくても分かるだろう、という感覚でしょうけれど、SNSなどによって切り抜かれて無関係な人に共有されると、完全に文脈が消滅して、その言動そのものだけが批判の対象となってしまいます。

その盛り上げる場においては、炎上の元になった言動に対して、周囲からツッコミが入ったり、あるいは本人自身がすぐに否定したりすることがあっても、切り抜かれて前後の文脈が欠落してしまった内容で共有されると、その人が極悪非道な人物として浮かび上がってきます。

逆に言うと、その人のジョークなりおふざけなりに対して適切なツッコミがあれば、その場限りの非現実として処理されて終わりです。舞台上の漫才で、ツッコミを削ってボケだけにして、それをネタと思わずに真剣に受け取ったら、とんでもないことになるでしょうが、ツッコミによって笑いとして成立すれば、何も問題にはなりません。

全ての炎上案件がこういうものだと擁護するつもりはありません。完全に本人がやらかしてしまっている、擁護しようのない悪行であることも多々あります。しかしながら、ツッコミがあればボケとして成立するようなジョークでさえ、炎上の材料になってしまうのは、気の毒に思うこともあります。もっとも、一番大切なのは、ツッコミがなくても成立するようなジョークの能力を磨くことなんでしょうけれどね。

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