2月8日のクッソ寒い中で実施された衆院総選挙は、意外と投票率は悪くありませんでした。とはいえ、そもそも投票率は長期的に低下傾向にありますし、それについては有権者の原因でもあります。
選挙に行かない理由が、病気や怪我のためとか、事前投票も含めて8時〜20時がずっと仕事だとか、もう寝たきりで動けないとか、やむを得ない事情があるのなら仕方ないと思います。今回で言えば悪天候もあるでしょう。
しかし、ただ単に面倒くさいとか、遊びたいとか、投票しても無駄だと思っているとか、投票を何かと比較して意味や価値が無いと思っているのだとしたら、それは長期的に見たら大きな損を生むことになります。
選挙に行かないことは現体制への消極的支持をすることであり、もしくは民主主義を否定することでもあります。
「民主主義なんかいらない」
「全体主義万歳」
「共産主義的民主集中制にしよう」
とか思っているのなら、一応日本では思想の自由が認められているのでしょうがないですけれど、いざ民主主義が失われた後に取り戻そうとすると、とてつもない苦難が待っています。
2026年はベネズエラとイランへのアメリカによる攻撃から始まりました。どちらも、政治体制としては共和制であり、選挙が行われ、大統領が存在しています。
しかしベネズエラでは選挙の結果、チャベス、マドゥロの二代続けて社会主義的大統領が生まれ、特にマドゥロ政権では事実上の独裁体制で社会がほぼ崩壊していました。
イランでは、1979年の革命によりイスラム共和国となりましたが、民主主義に基づく大統領制は、その上に位置するイスラム教の最高指導者が認めた範囲でしか機能しません。だからこそ、外からは独裁体制とそう変わらないように見えます。
そしてどちらも、南米と中東における反米勢力の雄として名を馳せていましたが、トランプという暴君大統領によって独裁者が倒されました。
昔に遡れば、ドイツのかつての戦間期におけるワイマール共和国体勢下で、選挙によって政権を握ってあっという間に独裁を成し遂げたのがヒトラー率いるナチスでした。
独裁者は革命やクーデターでも生まれますが、民主的な選挙が独裁者を生み出すこともあるのです。
選挙をしたところで何も変わらないとか、どうでもいいとか考える人は多いのでしょうけれど、独裁体制になってしまうと、もう正道の選挙は行われません。選挙で政治体制を維持するしかないのです。
選挙以外に政治体制に作用を及ぼし得るのは、革命とクーデターと敗戦です。いずれも、多くの人の命を代償にします。
選挙に行くのが面倒とか、タイパやコスパが悪いとか考えているうちに、「人命パフォーマンス」的に最悪のクーデターや革命、あるいは他国による侵略しかなくなるのです。
別に現体制が独裁とは思っていませんし、独裁的な権力を持っていないからこそ無理な解散を打つしかない政権と言えると思います。
ただ、このまま投票率が下がり続けたとして、10年後や50年後もずっと同じレベルの政治制度を維持できるでしょうか?
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