日本史だけの日本史はなくした方が良いかも知れない

高校での社会科選択の中のいわゆる地理歴史は、地理・日本史・世界史と分かれています。とここで唐突な疑問ですが、歴史は日本史と世界史に分かれているのに、地理はなぜ日本地理と世界地理に分かれていないのでしょうか?

逆に言うと、なぜ歴史は日本史と世界史で分けて勉強しないといけないのでしょうか?

「日本人だから日本の歴史は詳しく学ぶべきだ」という主張は理解できますが、それなら同じ理屈で、日本人なら日本の地理も詳しく学ぶべきなのではないでしょうか。もし地理を日本と世界で分けずに学ぶ理由があるのであれば、歴史も同様に日本と世界で分けずに学ぶ必要があるのではないでしょうか。

怖いというか問題ではないかと思うのが、社会は選択科目ですから、日本史・世界史の両方を学ぶのであれば歴史に関しての知識が偏ることはないはずですが、日本史・地理や世界史・地理という選択をした場合、歴史に関する理解が一部分に留まってしまう恐れがあります。

日本史を学ばずに世界史を学んだ場合、日本の歴史は断片的にしか出てきません。東アジア文明の中での中国との関わりで出てきた後は、16世紀のヨーロッパにおける大航海時代での日本とヨーロッパの接触、そしてその次は19世紀の明治維新後に列強入りしたところまで飛ぶことになります。

世界史を学ばずに日本史を学んだ場合、日本の歴史中心ですから当然ながら他国・他文明と比較した上での日本の歴史の標準的なところと特異的なところの区別が付きません。

例えば日本で17世紀中頃に始まった鎖国(「鎖国」という言葉が使われるようになったのはもっと後ですが)を、日本史の中で解釈するとキリスト教(カトリック)の布教が日本国内で広がりすぎると統治に支障をきたすため、それを恐れた徳川幕府(ついでにいうと「幕府」という言葉も使われ始めたのはもっと後です)が禁令を出し、それに反発して起きた島原の乱が決定的になり鎖国状態になった、となるかと思います。

じゃあそもそもなぜカトリックの布教が日本にまで及んだかというと、プロテスタントとの争いに危機を覚えたカトリックがイエズス会を中心にアジアにまで布教を広げたというところになりますが、そこからさらにプロテスタントやルターの話までは日本史では行われません。先の鎖国にしてもオランダとの関係は出島を通じて続きましたが、なぜオランダだったのかというとプロテスタントの国だったことや当時の東アジア・東南アジアにおいてヨーロッパで最も強い影響力を持っていたことなど、原因をたどっていくと結局世界史的な見方が必要になってきます。

さらに鎖国にしてもヨーロッパの大航海時代が始まった15世紀以降、日本だけではなく朝鮮・中国(明・清)でもタイミングは違えど海禁政策をとりました。外国からの影響を最小限に抑えようと対策を立てる、という見方からすれば、日本史上では平安時代の遣唐使廃止による国風文化の成立もありますし、世界史的には第二次世界大戦後の共産圏による情報封鎖や19世紀アメリカ合衆国のモンロー主義など、比較対象はいくらでもあります。そういったものと江戸時代の鎖国は何が共通していて何が異なるのか、ということを学ぶことがより一層歴史の理解を深めると思うのですが、今の教育課程でそこまでやる時間はありません。もうちょっと、覚えないといけないことは減らせると思います。

歴史とは人の営みの流れを覚えることであり、細かいクイズ的な知識を詰め込むことが最終目標ではありません。地理との比較で言うと、地理は人間社会を水平的に理解するためのものであり、歴史は人間社会を垂直的に理解するためのものです。歴史的事件を覚える必要はありますが、その事件が何によって引き起こされたのか、そしてその事件の結果さらにどのような影響がもたらされたのか、という流れや関係性を学ぶのが歴史です。年号を覚えるのはあくまで事件などの前後関係のためだけですので流れさえ覚えておけば大筋で歴史を間違えて覚えることはありません。

いっそのこと、日本史・世界史を統合した「歴史」科目を作って歴史を学ぶとはどういうことかということから勉強するようになればいいなと思います。それは決して日本史をないがしろにするのではなく、日本がどのような流れと関係性を世界に対して持っているのかを学ぶためのものになるはずです。

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