商業ジャーナリズムが抱える本質的な矛盾

マスメディアの嫌韓、韓国批判がかなり強くなってきました。

右寄りの人からすれば伝えて当然のことであり批判ですらない、と言うかも知れませんし、左寄りの人からすれば今のメディアは強烈に保守化しているように見えるでしょう。これはどちらもそれぞれの立場から見ればそのように見えるものでありどちらの見方が正しい化という問題ではありません。

しかし、大半のマスメディアは確たる信念を持って現状の報道を行っているわけでもなく、2000年代前半のように韓流ブームが起きれば(正確に言うと「自分たちが韓流ブームを起こせば」)、韓国礼賛の情報をこれでもかとぶち込みます。そして視聴者が飽き、韓国との関係が悪化すれば今度は現在のように韓国蔑視の情報をまたもやこれでもかとぶち込みます。

結局のところ、大半のマスメディアは売らんかな・観られんかなの目的が第一にあって内容を決定しています。もちろん利益を上げることと継続して行くことが株式会社の目的ですからそのこと自体はしょうがないのですが、「金儲けを最優先に内容を決めている」ということを認めていないことが問題です。

いっそのこと、金儲け優先主義ということを公言してしまえば、新聞にしろテレビにしろそれを見る人・買う人はそのことを理解して割り切って情報を取得するでしょうし、報道の公平性や平等性なども問題にはなりません。何せ利益になるかどうかが判断基準なのですから。

新聞各社にしてもそれぞれ右から左までそろっていますが、思想信条が先に存在して新聞社が出来上がったわけではなく、他者との比較や売上をベースに何を書くべきかをを長年かけて出来上がったことから報道内容が決定されています。戦前と戦後の朝日新聞の違いを見れば分かるでしょう。

そういった新聞やあるいは雑誌などは買わないと読めません。断片的にはキュレーションメディアで読むことは出来ますが、主張が売上にダイレクトにはすぐには響いてきません。

一方テレビでは、放送される番組の主義主張は視聴率に直結し、その視聴率は広告営業に直結し、最終的にはテレビ局の売上・利益に直結します。そのため、放送内容は次第に過激化・先鋭化していくのは自明のことです。他局よりも目立つように、他局よりも過激さを追求することで、視聴率を稼ぐことに躍起になります。

もちろん、そういった過激な主張は局内外の批判を浴びやすいですし、BPOや場合によっては総務省からの規制や圧力もあり得ますが、テレビ局が利益を上げるために存在している以上は放送停止を罰則として適用しない限りは、過激化による視聴率獲得競争を防ぐ手立てはありません。

総務省による放送停止処分などを話題にするとそれこそ報道の自由が脅かされるという問題が出てきますので、それ以外の手段としては、報道やそれに類するワイドショーなどの番組の視聴率測定を禁止するか、その番組内でのコマーシャルそのものを禁止することでしょう。大企業や政府、政党によるCMが流れている報道番組(これについては新聞も同じですが)にまともなジャーナリズムが存在すると考える方が無理があります。

韓国の件だけではなく、例えば、テレビでは情報番組というよく分からないジャンルの番組では、勝ち組だのセレブだの富める者を褒めそやしているのに、その前後にあるお堅いニュース番組では貧富の格差の拡大を批判し問題視するという、子どもでも分かるような矛盾を平然と放送しています。そもそも、できるだけ正しい内容を伝えようとするニュースと、できるだけ金儲けをしようとする商業記事・番組が混在していることにこそ矛盾を感じざるを得ません。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA