先日、初めてDiDiというタクシー配車サービス(アプリ)を使いました。
日頃はタクシーを利用することはなく、そこそこ距離があっても歩く習慣がありますが、病院からの移動でタクシーが待機していなかったこともあって呼んでみました。
呼んだタクシーが到着するまでの間に、病院で待機するタクシーが来てしまい、タクシー乗り場に立っていたこともあって紛らわしい状態になってしまいました。
あっ、すいません、乗れないんです、予約車呼んでいるので
幸い、私の後ろからすぐにその待機列のタクシーに乗り込む人がいたのでその運転手にも嫌な思いをさせずに済みましたが、待つ場所は考えないといけないですね。
初めてDiDiを使った感想としては使えるときは便利だな、というごく平凡なものですが、使えない場所、あるいは呼んでもなかなか来ないときは結局迷うところです。大通りなどに出て流しのタクシーを自分で捕まえた方が早い場合もあるでしょうし、いったん配車が決定してこちらに向かっている間に別のタクシーを捕まえたとしたら、元のDiDiで呼んだ方はキャンセル料がかかってしまいます。
支払面ではアプリ上で登録済みのカードで引き落としになるのは間違いなく便利です。現金を使わなくて済むので一万円札しかないときにお釣りでが無いとかいう双方が困る状況もあり得ませんし、社内でのカード(あるいは電子マネー)払いにしても数十秒は時間がかかります。それらの支払いの手間が一切無しで、目的地に到着したらすぐに降車出来るというのは急いでいるときには助かるはずです。
すがに日本中のタクシーがDiDi対応というのは無理でしょうけれど、他の配車アプリも含めてどれかに対応してくれて、配車アプリ経由で呼んだわけではないタクシーでも支払だけでも利用出来るのであればもっといいんじゃないでしょうか。
運転手側からしたら、
「お釣りはとっておいて」
というアクションがなくなりますからこの点はマイナスでしょうけれど、お金のやりとりでの時間が省略されるのは運転手側にとってもメリットでしょう。その代わり、ある程度はITに強くないと利用出来ないとは思います。配車アプリは排他的に選ぶことになっているのかどうか分かりませんが、もしそうだとしたら運転手側・タクシー会社側にとってはどれを選ぶかはギャンブルにもなりますね。
ちなみに配車アプリは世界中でここ数年、すごい勢いで広がっていますが、その走りとも言えるUberあるいはLiftなどは本来はプロのタクシーではなくいわゆる素人が自分の車でお客を乗せて走るライドシェアサービスです。日本ので白タク行為が法律で禁止されているので、上記のDiDiのように既存のタクシー業界に乗っかかるような形で展開されています。
日本の規制が厳しすぎる、という意見もあるかも知れませんが、そもそも本家のUberなどが利用者に受け入れられた大きな理由は、
・タクシーの数が少ない
・料金のぼったくりがある
といったことがあるはずです。逆に言えば、タクシーの数が多くて料金も適正な国や地域であればライドシェアサービスは出番がなくて当然です。タクシー業界は保護されていますが規制もされています。価格や地域の規制と引き換えに、政府が白タクを禁止しているのは理にかなっています。もちろんタクシー業界にも問題はあるでしょうし、消費者側の不満もあるでしょうけれど、完全にライドシェアサービスを自由化してタクシー業界が破綻させることが本当に消費者の利益になるのか。その点は疑問があります。
同じようにAirbnb(エアービーアンドビー)といった民宿サービスも、
・ホテルが少ない
・料金設定に問題がある
という国や地域であればその存在が正当化されるのは無理もありません。しかし、宿泊施設と値段が問題なければ、これも規制の対象にならざるを得ません。日本の場合で言うと、客室数はあったとしても季節的要因で値段の上下が大きかったり、あるいは今の京都のように観光客が多すぎて部屋数が足りないような場合は、民宿サービスはある程度正当化されるのではないでしょうか。この辺はタクシー業界に比べると既存業界に対して規制も保護も少なめになっている代わりに、昔から民宿の存在があることとやはり釣り合いが取れていると思います。
これらライドシェア、民宿サービスなどはIT企業、ITを利用したサービスではありますが、世の中に革新的発展、革命を起こすような仕組みとは言えません。既成の構造に対してIT技術で価格破壊を起こしてその差額を利益にする仕組みです。だからこそ、世界中で後発企業が続出できるわけです。Uberの仕組みはUberでしか実現出来ないわけではなくて、アプリやシステム自体を作るよりも協力者を探す方が大変ですから、パイの取り合いになり赤字覚悟でサービスを展開して完全にレッドオーシャンになってしまっています。
こういったサービスだけではなく、そもそもインターネットそのものが革命なのか、という疑問も沸いてきます。Amazonや楽天に代表されるネットショッピングは確かに便利ですし既存の社会構造を破壊しましたが、通信販売自体は昔からあります。郵便サービス・電信電話サービスが整備された19世紀から20世紀にかけて整備された通信販売そのものの概念の方が革命的でしょう。
あるいは、Googleやかつてのinfoseekなどの検索サービスは確かに革命的かも知れません。しかし、そのサービスを支える広告という概念もこれまた昔からあります。産業革命以後、商品の供給が需要を大きく上回るようになり、どうやって商品を売り込むかという問題が発生したときに広告業界が生まれました。インターネットは広告の表示方法に一つの手段を追加しただけとも言えます。
ブログやSNSはどうでしょう。個人が世界中に意見を表明できるようになったと言えば革命的かも知れません。しかし、これも活版印刷や電信電話、郵便のサービス成立によって、語句小規模ながら誰でもお金さえあれば出来るようになりました。インターネットの成立によって出来るようになったというのは難しいのではないでしょうか。
IT技術を用いるITベンチャーは社会に革命を起こしている、と思いがちですが、既存の業界における非効率性から生じるギャップに手を突っ込んで、効率化してその差額を利益にしているものが大半だと思います。本当に革新的・革命的なサービスというのはそんなになく、19世紀・20世紀に生まれた概念の方が世界を変えてきたのではないかと思います。
本当にIT技術が世界に革命を起こすのは、数十年後あるいは十数年後のAIの決定的な普及でしょう。人間が動く必要が無くなったときに社会はどうなるのか。それまでのIT技術はその序奏に過ぎないのかも知れません。
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