神戸での教員間イジメとか、あるいはスポーツのチーム内、部活動や会社組織など日本中のあらゆるところでパワーハラスメントの問題が顕在化しています。
しかし、そもそもこのパワハラ問題は「パワハラ」という名前がつけられる前から存在していたはずです。それも現代社会特有の問題ではなく、おそらくは古くから日本社会にある問題です。ただ単に昔は問題視されていなかっただけの話です。
権威主義的な日本あるいはアジアだからパワハラが起きる、というわけでもありません。そもそもは欧米で問題視されたから日本でも注目されるようになった経緯もあります。しかしここまでパワハラが現代でも残り続けているのは、社会にパワハラを許容してしまう部分があるからだと思います。
ここまでパワハラと書いていますが、これはパワハラだけではなくセクハラやモラハラやあらゆるハラスメントを包括して考えるべき問題でしょうし、根っこの理由は多分同じでしょう。何らかの形で立場的に優位に立っている人間が低い立場にいる人に対して理不尽で身勝手で脅迫的かつ反論反対を許さない強制的行為、と位置づければ全てのハラスメントを含めることが出来ます。そしてそれが許容される範囲が時代を経るごとに狭まっているのだと思います。
昔からあることだからといって無くすべきではないと考える理由はありません。伝統や習慣は残るべくして残るものであり、残すべきではないものは残すべきではありません。
女性差別や身分差別、人種差別、民族差別、あるいは職業差別などは今も完全に消えて無くなってはいないでしょうけれど、かつてよりはいずれも減っているはずです。差別を受けている人にしてみたらまだまだでしょうけれど、歴史を通じて少しずつ改善することが出来ています。
悪習は絶つべきですし絶つことが出来るものです。中国の纏足なんかはその代表的な例でしょう。パワハラ・セクハラなどのハラスメントも少しずつでも改善出来るはずです。
今、こんなに色々なハラスメントが騒ぎになっているのは本当に問題ですし、色々な組織や人に失望しきりですし、日本社会自体に諦念が広がりかねませんが、この状況はハラスメントを無くすチャンスでもあります。ここが踏ん張りどころです。
日本社会というものは、そういうハラスメントが横行しても当然の社会だと安易に結論付けてはいけないようにしなければなりません。
じゃあどうやってパワハラなどを無くせるのか、減らせるのかと言われると具体的な方策など思い浮かばないのですが、無くす・減らすという対策以前に、誰もが「これはハラスメントだ」という認識を持つことの方が先でしょうね。
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