AbemaTVによる将棋観戦のポピュラー化と、radikoアプリによるラジオの復権

先日のヒューリック杯棋聖戦で藤井聡太七段が三勝一敗で勝利し、史上最年少でのタイトル獲得を果たしました。最後の第4局をAbemaTVで見ていました。
中盤から終盤にかけてずっと渡辺棋聖が少し優勢の状態だったのに、ちょっと食事をして戻ってみたら終盤戦で後手の圧倒的な優勢状態になっていて目が点になったのですが、それはともかく歴史的な瞬間を見ることが出来て良かったです。

しかし将棋観戦はAbemaTVのおかげで非常にハードルが下がったのではないかと思います。一昔前の将棋観戦としては、NHKが中継するのを見るのでなければ、タイトル戦なら現地近くの大盤解説と、後は新聞・将棋雑誌を読むくらいだったのではないでしょうか。

インターネットによる速報もありますが、AbemaTVが今回のような対局の中継を行うのが普通になったというのは、将棋界にとっても大きな影響があるでしょう。これがすぐに収益や将棋人口の増加につながるのかどうかは私には分かりませんが、悪い影響よりも良い影響の方が遙かに大きいであろうことは容易に想像が付きます。

しかも、ここに来て「藤井棋聖」というスターが登場し、着々と存在感を増しています。70年代から80年代にかけて谷川浩司がものすごい勢いで上がっていって、そうかと思ったら80年代末から羽生善治が出てきてあっという間に天下を取りました。今の私たちはその時代の再現を見ているのかも知れないというのは、非常にワクワク出来る楽しみでもあります。

これら追い風を受けて、「将棋」という、ともすればオッサン趣味(あるいはお爺さん趣味)とも思われかねない状況から脱しているのかなとも思います。

ネットと昔からの文化の融合という点ではラジオも似ているかも知れません。radikoの登場はラジオ業界にとってパラダイムシフト的に大きな出来事だったのではないかと思います。今では誰でもいつでもどこでも持っているスマートフォンでラジオを聴けるようになることで、やはりこちらも聴取のハードルが非常に下がりました。

ラジオも一昔前は自宅ではテレビに押されていました。もちろん好きな人は好きで聞いているのは当然ですが、家庭ではラジオよりもテレビがメディアの王様でした。アンテナを伸ばしてチューニングも放送局を切り替えるごとに必要というのも面倒です。テレビを見られない車の運転中は逆に使いやすいメディアでもありました。

その運転中がまさにそうですが、「ながら利用」というのがラジオの大きな特性です。音(声)だけのメディアなので利用側は耳だけで使えるメディアです。テレビは目と耳が必要なメディアですから、何か作業をしながら見るというのが難しい問題があります。

現代のコンテンツビジネスは利用者の時間を奪い合う時代です。テレビなどのオールドメディアも、スマホゲームもホームページもSNSなどのニューメディアも、利用者にどれだけ時間を費やしてもらうのかという競争です。それこそ、前述のAbemaTVもそこで戦っているわけです。

そんな中で、ラジオが制作にしろ放送・配信にしろ音声だけという敷居の低さを利用してのradikoアプリでのサービス提供というのが、利用者の時間を「ながら利用」によって複層化して、「耳」のところだけ時間を奪うというやり方で生き残りを図っていることになります。

そしてそのradikoによる放送によって聴取率・聴取者数の把握が簡単に出来るようになったというのは、テレビ業界にも出来ていない画期的な出来事でもあります。これによりCM価格や編成も柔軟に効率良く変更できるはずで、ラジオがテレビを上回る特性でもあるでしょう。

テレビは「目と耳」が必要なのでながら利用にはラジオほどは向いていませんが、スマホ・タブレットでの利用がもっと簡単に出来るようになればまた将来の在り方も変わってくるでしょうけれど、デジタル化による録画の不便さや、8k放送での録画制限の不穏な動きなどを見るに、テレビの将来って本当に大丈夫なんだろうか? と心配にもなってしまいます。作る側と聴く側の手軽さを考えるとラジオの方が生き残れるのではないかとも考えてしまいますね。

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