古い地名はダメですか、悪い地名はダメですか。

新しく造成された地域や、市町村合併によって新しい地名が出来ることがあります。昭和の途中くらいからそういう地名で、カタカナ・ひらがなや見栄えの良い文字、聞こえの良い読み方で地名が作られることも多くなりました。

もちろん、地名は時代によって変わっていくのもよくあることですし、見栄えの良い文字に変えることもよくあります。

私の住んでいる大阪でも、「大阪」自体が「小坂」→「大坂」→「大阪」になったそうですし、「梅田」だって元は「埋田」です。

新しい地名でもそこに住む人が納得していて、周囲や他の地名との混同や混乱も起きないのであれば、部外者がアレコレ言うことではないのでしょうけれど、古い地名、由緒ある地名が無くなっていくのはやはり部外者としても寂しいものがあります。

「埋田」から「梅田」のように過去の変遷をたどれる程度の変化であればいいですが、全くつながりの無い新奇な名前になってしまうと、歴史的な連続性が途絶えてしまいます。

特に、自身による津波や豪雨による土砂災害が起きたことがある場所では、特有の漢字が使われていることが多いです。

検索すれば多くのホームページで取り上げられているのでいちいちピックアップしませんが、津波や豪雨で被害が出ると、その地域の地名を取り上げてやはり人が住むべき場所ではないといった言説も見受けられます。

ただ、そもそも国土の大半が山で、川が流れ、海に囲まれているこの日本では、災害に無縁の土地なんて本当にごくわずかしかありません。

今も古い地名のままの地域がネガティブなイメージを持たれて住民が減ってしまうとしたら、字面の良い地名に変えたいと言われても変えるなとは部外者が言うのもおかしいでしょう。

人口が増えて安全な地域だけでは土地を用意できないとしたら、安全ではないかも知れない地域にも住居を建てるしかありません。住む場所の違いが、歴史的な経緯か、あるいは単純な資産の差ということにもなります。

安全な地域が大きく余っているのなら別ですが、そうではない、あるいは非常に不便なのだとしたら、災害が起きたことがある地域にも住まざるを得ません。その地に住む困難さはテクノロジーの発展と、政治的な支援や社会的な互助によって防ぐしかないでしょう。

災害に対して強い社会というのは、災害が起きづらい地域に人口を集中させるということではないでしょう。防げる災害は未然に防ぎ、起きた災害に対して速やかに回復出来ることと、被災者に対して充分な保護がなされる社会であるはずです。

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