周囲は自分の鑑

自分の周りにはロクな人がいない、と嘆く人はいます。自分が周囲の人よりもはるかに優れているのに、他の人間は大したことがない、と自己肯定感や自尊心が異常に強い人はそう思ってしまうのかも知れません。

しかし、下品な言い方ですが、ロクでもないハエがたかるのは汚いウ●コであり、華やかなチョウチョがたかるのは綺麗な花です。

自分の周りにロクな人間がいないのは、自分もロクな人間ではない可能性が高いと思えるでしょうか。

もちろん人は●ン●でも花でもありません。ウ●コが花に変わることはありません。しかしロクでもない人間が素晴らしい人間に変わることは可能なはずです。

現状に対して不満を持つこと自体は問題ではありません。現状に納得しないことからイノベーションが生まれます。画期的な変化でなくても、少しの改善でも価値はありますが、不満を持たなければ現状に満足して進歩も進化も出てきません。工夫・節約・改良といったちょっとの変化だけでも、それが将来のエポックメイキングにつながっていくことだってあり得るでしょう。

ただ、不満に対して愚痴を言うだけで何もしなければ、現状に満足して何もしないのと同じです。不満を持っても我慢したら精神的に良くないですが、改良・改善ではなく愚痴をまき散らすだけなら周囲の精神的に悪影響を与えてしまいます。

自分が見ている世界は、自分と同じ世界です。周囲を変えたいなら自分を変えれば周囲も替わります。愚痴を言う人の周りには愚痴を言う人がいます。

類は友を呼びますし、朱に交われば赤くなりますし、同じ穴には狢がいます。

一昔前までは、リアル世界でしか自分の周りを認識できませんでしたが、現代ではインターネット、特にSNSでソーシャルという社会では、自分が興味のあるのを意識的にも無意識的にも選んでしまいます。自分の周りは自分に近い人しかいないという状況が加速されます。

これは自己肯定感や自尊心が高すぎる人の問題ですが、逆に低すぎる人でも問題はあります。

自分の周りがすごすぎる人しかいないため、自分が必要以上につまらない奴だと思い込んでしまうのも、精神的には良くありません。ただ、ネット時代の到来前には、同じようにリアル世界の周囲の人しか知りませんので、自分よりはるかにすごい人・素晴らしい人を見かけることは稀でしたが、ネットではいくらでも見つけられます。

自分が興味のあるネタに関して、プロフェッショナル・スペシャリスト・エキスパートはちょっと検索すればSNSでつながれます。それで自己を高めることが出来るのなら願ったり叶ったりですが、彼我の差の大きさに打ちのめされて自分を蔑んでしまったら元も子もありません。

サジェスト機能・オススメ機能やキュレーション機能によって、自分が見ている世界が本当の世界よりも狭く偏ったものだということは、ネットリテラシーどころか生き方として必要な物でしょう。

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