平繁無忙の何でも書くブログ

  • 日本と北欧の近さを生かせる地政学的な中国牽制

    今朝の読売新聞朝刊の国際面に、フィンランドから戦後初の駐在武官が昨年夏から日本に赴任しているという記事がありました。

    中国、というか習近平国家主席の国際的野心が露わになってきた最近、ヨーロッパ諸国の中国牽制の動きが出てきました。もちろん、はっきり中国あるいはロシアを牽制するために太平洋に関心があります、なんてことを公言してるわけではないですが、少なくとも仕掛けられる側の中露はそう思っているでしょう。

    ヨーロッパにとっても中国やロシアが国際秩序に挑戦していることが見逃せない状況になっている証しです。

    よく見る二次元の世界地図だとヨーロッパから日本や太平洋は遠すぎて関係ないのではないかと思ってしまいそうになりますが、案外近いものです。

    日本から出発し、カムチャッカ半島、ベーリング海峡を抜けて北極圏を過ぎればグリーンランドや北欧諸国にたどり着きます。

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    地球儀を北極側から見れば、日本とヨーロッパの近さを実感出来ます。もちろん、飛行機で移動するとなると単純な距離だけでも結構かかるのですが、日本から見て地球の裏側に当たる南米に行くよりは短いです。

    とは言っても、日本にとって環太平洋地域はもちろん重要です。こちらもGoogleEarthで見てみると、アメリカのアラスカ半島から延びるアリューシャン列島・カムチャッカ半島・クリル諸島・千島列島を経由して日本列島まで島々が点々と連続しています。

    さらに九州から南西諸島・台湾・フィリピン・インドネシア・パプアニューギニアを経て、南太平洋の諸島からニュージーランドまで連なります。

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    太平洋の東側は南北アメリカ大陸ですが、チリ沖の大地震が日本への津波になって被害が出たこともあるように、海は遠くてもつながっています。

    だからこそ、このラインを突っ切って太平洋に入り込み、日米の太平洋への影響力を寸断することが今の中国の太平洋戦略になるのは理解出来ます。もちろん許すわけにはいきませんが。

    世界地図と地球儀では設置場所や持ち運びを考えると大きな差があり、どうしても二次元の地図でついつい考えがちですが、三次元的に考えればまた違った結論も出てきます。

    今ではGoogleEarthのような無料で手軽に三次元的に地球を見ることが出来るサービスもあります。一応は二次元のデバイス画面に表示されているものですが、拡大縮小が自由自在に出来ることを考えると、現物の地球儀よりも便利なところもあります。

    南北を逆さまにした地図はちょくちょく話題になりますが、上下逆さにするだけではなく、3Dでグルグル回しながら見ているとまた違った見方が出来ますね。これは地球儀だと抱えて回さないといけないので大変です。芸人のゴー☆ジャスさんが持っているビーチボール型の地球儀だと楽ですね。遊んでしまいそうですが。

    そもそも、世界地図で南北が上下に配置されて東西が左右に配置されるのはなぜなんでしょうね。

    地球の緯度は自然環境を元に作られたというか、赤道と南極北極との間を区切ったものでしたが、経度はロンドンを0度として東西に分けたように政治的な理由で作られました。それが関係しているのか、ただ単に左右に自転の回転を合わせただけなのかも知れませんが、上下に回転を合わせても良かったはずですけれど。

  • 著作権を認めない自由と引き換えのリスク

    著作権を侵害するウェブサイト・ウェブサービスは浜砂の真砂よりも尽きません。

    それらを運営している側にも、利用している側にも様々な言い分や言い訳があるのでしょうけれど、運営している側のほぼ確実な理由は売上・利益のためです。非正規に取得したデータを公開することで金儲けをしています。

    中には、純粋に著作権・版権という概念自体に反対する信念に基づいているサービスもありますが、理念だけではサーバの運用は出来ません。サービスを運営するための経費はどこかで賄う必要があります。費用のためにサービス利用者に等しく利用料を課金しようとしても、そもそもそんなサービスを使う人が利用料を払うわけがありません。利用者側がさらに抜け道を探して無料で何とか利用しようとすることもあり得ます。非正規サービスの運営側と利用側の間で信頼関係は築けないでしょう。

    結局はウェブサイトやアプリなどに広告を載せることになりますが、広告が少なければ立ち行かず、多ければ利用者に嫌がられて他のサイトに逃げられます。

    一方の利用する側はどうでしょうか。お金が無いとか、正規料金を払ってまでは視聴するものではないと思っているとか、あるいは視聴して気に入ったものは買っているといった正当化しづらい摩訶不思議な理由はあるでしょう。

    ただ、あまり考えられていないのだと思いますが、そういった非正規・非合法のサービス経由で鑑賞する著作物は、中身の同一性が担保されていません。もしも改変されていたとしても分かりません。小説・漫画・アニメ・ドラマ・音楽など一部または全部を勝手に改変るのは困難ですが不可能ではありません。もしかすると改変(おそらくは大半の場合は改悪)されているかも知れない著作物を視聴して、良い悪い・面白い面白くないという判断を下しているのかも知れないのです。

    そうなるとその著作物を体験した結果の感想で気に入ったものは買うというのもおかしな話です。本当のものかどうか分からない状態での感想に果たして価値はあるでしょうか?

    さらに言うと、非正規・非合法のサービスですので当然ながら運営側の倫理観・遵法意識は期待できません。

    そのサービスを利用する際に、利用者側のデバイスにコンピュータウイルスやスパイウェア、ランサムウェア、ボットなどを仕込まれるかも知れません。そういった違法な行為によってブラックなお金を運営側が稼いで、サービス費用を賄っているとしたらさらに闇が深くなります。

    単に利用者が個人情報を悪用されたり、銀行口座やクレジットカードの被害に遭うのであれば、その人の自己責任の被害のみに留まりますが、そのデバイスを悪用されてDDos攻撃などに利用され、政府機関から国家機密を抜き取るような使われ方をしてしまうと、もしかしたら逮捕される可能性だってあります。

    そういった非正規・非合法のサービスを利用するということは、本当に利用したい著作物なのかどうかも確信が持てず、さらに個人の被害のみならずとんでもない事件に利用されるかも知れないリスクを覚悟した上でのことになります。

    それこそネットリテラシー・ウェブリテラシーですが、多分、法律の制定や罰則の強化だけでなく、こういったことを啓発していかないとダメでしょうね。

  • 汚職の値段

    汚職は世につれ、世は汚職につれ。権力は隙あらば汚職をします。隙が無くても汚職をします。

    古今東西どんな権力でも汚職とは無縁ではありませんでした。だからといって汚職を当然のものとするととんでもないことになってしまいますので、歯止めも糾弾も必要です。

    とは言っても、例えば100億円の予算を扱うような部署で100円の汚職も見逃されないようなシステムを作り上げてしまうのも、効率性からはかけ離れてしまいます。

    もはや世界中のインフラになりつつあるインターネットの可用性とか、あるいはAmazonのAWSみたいなクラウドコンピューティングなどのシステム可用性だって、重大極まりないものであってもパーセンテージでは100%では決してありません。保証されているのは99.9999%とかですが、これだってそれを超えた不具合が出たら返金するだけの話です。

    可用性100%のシステムが存在しないように、1円たりとも汚職できない汚職防止性100%の行政組織などは出来ないでしょう。

    汚職を完璧に防ぐために非効率な運営をするということは、経費が余計にかかって結局税金に跳ね返ってきます。また、汚職に対して完全に防ぐシステムによって、面倒が多くなり痛くもない腹を探られることを人々が嫌がれば、政治家・官僚のなり手が無くなります。なり手を集めるために高い報酬をトレードオフにすると、結局税金から賄われることになります。

    もちろん、だからと言って逆に汚職に対してルーズすぎれば、本来適切に配分される税金が悪人の懐に入り、最終的には税収不足となり、高率の税金が個人や法人に課されることになってしまい、これもコストが余分にかかります。

    汚職にしろ癒着にしろ、収賄にしろ横領にしろ、厳しく取り締まるのであればお金の使い方のところで厳しくチェックするしかありません。入札や競争を経ての契約ではなく、随意契約でちゃちゃっとまとめてすぐにお金を払ってしまうのは、金額によってはいくらでも不正のやり放題になります。

    決裁に手間暇がかかるのを嫌ってショートカットしてしまうという理屈は、そもそも公的機関が税金で運営されている時点で屁理屈でしかありません。

    本来は決裁はお金を出す人が下します。しかし税金を支払う国民・市民・法人などがいちいち一つ一つの決裁を検討する余裕などありません。だから代理で決定権者が決裁しているだけなので、決定権者が決裁を下すに至った証拠を残さないといけない以上、公的機関のお金の使い方が面倒になるのは当たり前です。

    それを無視して随意契約でなんでもかんでも出来るようにしてしまったら、やっていることは独裁政治と変わりません。随意契約の方が上手くいくという論理は、みんなの雑多な意見をいちいち聞かずに、有能な独裁者が素早く決断する独裁政治の方が上手くいくというのと同じ理屈です。

    急を要するためであれば随意契約も認めざるを得ませんが、後で検証されるのも当然です。その検証を嫌って、契約するカウンターパートの企業が値段をつり上げたり、あるいは入札でかかる経費や時間が必要になるのもしようがありません。それは民主主義国家を適切に運営のための必要なコストです。

    企業側だって政府や自治体と取引をするメリットとデメリットがあります。

    メリットは概ね高い値段で確実な支払いをしてくれることですが、一方のデメリットは、契約のために政治家・役人と硬軟織り交ぜた、合法違法も取り混ぜた関係性を築くことが必要だったり、契約履行そのものが面倒なことでしょうか。それらが嫌なら民間同士でさっさと商売すれば良いだけの話なんですが。

    ここまで官庁や税金としての話をしてきましたが、株式公開している上場企業でも理屈は似ています。会社内で従業員でも役員でも、会社としての経費を好き勝手に使えるわけではありません。株式公開して投資家から得たお金を適切に使っているかどうかのチェックのため、何かを買う場合でも相見積もりを取ったり、コンペで選んだりすることだってあります。

    政府だろうが大企業だろうが、動かしているお金の所有者は決定権者ではないのですが、動かしている人自身は自分の物と思ってしまうのでしょうね。それもまた権力の怖さです。

  • 国有化と自由化の難しさ

    アメリカのテキサス州では、大寒波の影響で広く停電が起き、大変なことになったそうですが、そもそも日本に先んじて20世紀の内に進んでいた電力自由化のせい、という一端もあるようです。

    そもそもテキサス州では電力自由化のあとに停電のリスクが増えてなおかつ電気料金も上がりました。なんのための自由化だったかと言えば、企業が自由に電気で儲けるためだった、と言われてもしょうがないでしょう。

    自由化だけが停電の原因でもないのですけれど、民間企業であれば当然利益を出すことが最優先であり、起こりそうもないことのためにも確実に電気を供給できる状況にするのに莫大な費用がかかるのであれば、まずやらないでしょう。そんなことしていたら経営陣は株主に突き上げられて首になります。

    だからこそ、まず起こり得ないような、これまで起こらなかったような自然災害が起きたらインフラの脆弱性があらわになってしまいます。テキサス州の火力発電所でも、東京電力の福島第一原発でも、程度や原因はともかく大まかに言えば同じ話です。

    日本でもこの冬、急激に寒くなったときに電力自由化で電気の契約を乗り換えていた人が、一部の契約条件の発動によって電気料金が跳ね上がったことがありました。これも電力自由化されていなければ起こり得なかったでしょう。

    だからと言って、電力自由化を100%ダメと言うつもりもありません。特定企業の独占は消費者にとって良いことではありませんし、完全国有化すれば国有企業が腐敗するのは目に見えています。

    あくまでケースバイケースで、程度の問題と言ってしまえばそれまでですが、日本では電気・ガス・水道のライフラインで民営化されていないのは水道だけです。支払を滞納したときに止められるまでの期間も水道が一番長いそうです。まあ、電力会社もガス会社も政府や自治体との関わり合いが表でも裏でも強いでしょうし、法律で決められている業務もありますから、純然たる民間企業というのは難しいです。

    1980年代半ばに、国鉄・電電公社・専売公社がそれぞれJR・NTT・JTと民営化されました。それらの企業の全てにおいて腐敗していたとは思いませんが、国民の税金で維持されたり、強固な参入障壁で守られているというのは適切とは言えません。

    NTTもJRも分割されましたが、国際競争する必要の無いJRはともかく、世界市場とも関わりがある通信産業のNTTは、docomoやコミュニケーションズと再合体して戦いたいでしょうね。地力のあるNTTは焦土戦術のような値下げでKDDI・SoftBankにダメージを与えられますし。

    だからこその胡散臭い接待問題が持ち上がっているのですが、NTT・総務省の癒着について追求が難しいのは、国民の負担が増えるわけではないということでしょうか。通信料金が値下げされて困るのは通信業界のNTT以外の企業とその従業員であって、大半の国民は恩恵を受ける立場になってしまいます。不正であっても腐敗とも言い切れません。もちろん、マスメディアのほとんどはNTTからの莫大な広告費をもらっているということもありますが。

    また同じく総務省の接待問題では菅総理の息子がいる東北新社の問題もあります。こっちの方がマスメディアの追求が難しいのは分かりやすいです。

    本来、今の首相の息子が所属する放送会社が、CS放送の認可や外資規制の逸脱について総務省に便宜を図ってもらうというのは、スキャンダルとして非常に分かりやすい構図です。ただ、放送法の根幹に関わりかねないスキャンダルを突き上げすぎると、そもそも10数年前の時点では新聞・テレビ局などの株式持ち合い状態自体が違法状態だったのに放送法の改正で合法にしてもらった経緯を放り投げることになりかねません。

    それに関わっていた総務省・政治家と放送業界の全面戦争にでもなったら、多分とんでもない過去が出てくるでしょうし、第一どこの大手マスコミだって政治家・有力官僚の子弟が勤めています。

    とりあえず、今日の東北新社子会社の認可取り消しによって政権は鎮静化を図ります。そしてそこでマスメディア特にテレビ局がどこまで突っ込んでいけるかがジャーナリズムの試金石になると思います。

    ただし、首相個人のスキャンダルは内閣支持率には影響しないということは、安倍政権の頃から同じです。先日、内閣支持率もむしろ上がったというニュースもありましたし、国民の生活への問題がない限り影響はありません。

    総務省・東北新社・NTTの諸問題は、安倍政権下のモリカケ問題ほどの盛り上がりもないまま鎮火するでしょう。数ヶ月もすれば開催するにせよ中止するにせよ五輪が一番のトピックになっているでしょうし、同じ文脈の中でコロナウイルスのワクチン接種の問題で話題が持ちきりでしょうね。

  • ハゲタカは走る水牛を襲わない

    コロナ禍で勝ち組負け組は企業としてはっきり分かれることになりますが、アメリカも日本も株式市場はひたすら値上がりし続けています。

    どこかで天井が来て急落し、あれはバブルだったと振り返ることになりそうですが、それがいつ来るのかは誰にも分かりません。株価が上がり続けている理由の一つは、他の投資先が期待できない状況だからです。債権にしろ不動産にしろ、あるいは原油や農作物などはコロナ禍が解決しない限りは動きが鈍いままでしょう。

    ともかく、現実の経済を反映していない株価はそのうち調整局面を迎えます。いつの日かバブルが弾けたときに、逆に本来の企業価値よりも低い株価になってしまう企業もたくさん出てくるでしょう。

    所有する技術・設備・資金・資産・ブランドなどが株価に正当に反映されていれば良いのですが、急激に株式市場が動いた時やバブル崩壊後には当該企業の経営自体は問題ないのに、投資家が株式市場から逃げ出して安すぎる場面が出てきます。

    日本にとっては80年代後半の不動産・株式バブルの崩壊後に訪れた状況ですが、無茶な財テク・不動産・多角化をしていなかった企業はなんとかなったとしても、そういう無茶をしていた企業は悪くて倒産、良くても事業の撤退・切り売りなど避けられませんでした。

    そういった企業は当然株価も低迷しますし、継続性も危険な状況に陥りますが、そこで出てきたのが通称ハゲタカファンドです。

    ハゲタカだろうとなんだろうと、ファンドである以上は安く買って高く売るのが当たり前ですが、ハゲタカファンドが嫌われたのはそれまでの日本の企業文化には存在していなかった手法からでした。

    ただ、そもそもそのような状況に陥ったことの方が問題だったので、政府の規制や金融界の姿勢によっては防げるはずのケースも多かったでしょう。

    ハゲタカと言われる鳥は本来はいませんが、そういった屍肉を漁る動物は腐肉食動物と言われます。とすると、ハゲタカファンドに狙われる企業は腐っていると言うようなものですが、まさにそのように現実の腐肉食動物は活発に動いている動物は狙いません。ハゲタカは生きている水牛を襲いません。

    同じようにハゲタカファンドも健全な企業や手を打てば立て直せる企業には手を出しません。買収するのに費用がかかりすぎるからです。

    また、腐食性動物は生態系における食物連鎖の重要な役割を果たしています。ファンドだって同じことで、ハゲタカファンドは本当は価値があるのに不当に低いものに目を付けて、強引な手法で企業価値を上げて売り抜けます。

    腐っているか腐りかけているか、大きな問題があってそのままでは持続できない企業がターゲットになるわけで、倫理的な面はともかくマクロ的な経済から見ればそういう企業を市場から退場か復活させた方が健全でしょう。ハゲタカファンドには存在する理由はあります。

    狙われた企業全てがそのようなゾンビ企業だったとは思いませんが、また今回のコロナ禍で政策的な融資によって生き延びる企業は増えるでしょう。90年代・00年代に比べると日本の政府・金融界の対策も進んでいるでしょうから、ハゲタカファンドがブルーオーシャンを謳歌するような事態にはならないはずですが、ゾンビ化した企業を外資に頼らずに健全化出来るかどうかが日本経済の今後の10年を左右するのではないでしょうか。

  • 政治には嘘がある

    政治には嘘があります。これは政治不信とか批判ではなく、政治というものが根源的には人間同士の妥協の道具であって、決定的な対立を避けるためのものである以上、問題に対して100%の解決は出来ません。どこかで落とし所を見つけるのが政治であり、対立する両者が自らをだまして納得せざるを得ないのです。政治における嘘は欠くことが出来ない必要悪と言えます。

    だからといって政治家がいくらでも嘘をついていいわけではなくて、その嘘の頻度と深度によります。

    多分、どこの国の住民でも、自らの国や地域の政治家に対して「嘘つきだ」と思ったことがあるでしょう。それが無い方がむしろ気持ちが悪いかも知れません。

    ただ、嘘をつくことによって得られるモノ・守られるモノは国ごとに様々でしょう。

    日本で言えば、嘘をつかないと大きな恥をするとか、自分が所属する組織に大きな問題が生じる場合には、嘘に関する追及は甘くなります。もちろんあってはならないことではありますが。

    例えば多分ロシアであれば、プーチンが嘘をつくとしたら(多分ついているでしょうけれど)、国家元首としての不可侵性とロシア国家としての国土防衛のためです。ロシアには侵略されないために周辺を侵略したり緩衝地帯にする欲望が数百年間存在します。国家元首としての尊厳もそのために存在します。

    例えば多分アメリカであれば、大統領が嘘をつくとしたら(歴代の大統領のほとんどがついているでしょうけれど)、アメリカ国家としての強さを守るためとか、あるいは大統領としての国民の父っぽさを貫くためであれば認められるというか、許容される範囲が広くなるはずです。

    結局、国や文化によって、何が優先されて何が軽視されるか異なります。

    ただ、政治家が政治のためにつく嘘と、政治家が自分のためにつく嘘には違いがあります。自らの犯罪を守るための嘘に同情や理解を示す人はまずいないでしょう。

    そうは言っても、それなりの経歴を踏んできた実力ある政治家は、政治のための嘘と自身のための嘘のボーダーラインは分かっています。そこのラインを越えない限りは、多少の訴追は受けても決定的な破滅には至りません。大物政治家でそのラインを逆から突破されたのは日本だと多分、田中角栄だけでしょう。小沢一郎もかなりやられましたが。

    トランプ前大統領がこれまでついた嘘の清算が、今後のバイデン新政権の元で行われていくでしょうけれど、やり過ぎるとトランプ本人はともかく、その周辺にいた人や共和党の要人を追い詰めることになりますので、反応を見ながらある程度のところまでしか出来ないでしょうね。それこそ、バイデン陣営にとっての嘘にもなるので、結局政治からは嘘は無くせません。

  • 人工知能は人工「頭脳」ではない

    人工知能、AIは基本的に人間の頭脳を超越してあらゆる多くの処理をこなすことが出来ることが目的にされているのでしょうけれど、生物学的な人間(あるいは動物)の「脳」をそのまま真似る必要は無いはずです。

    目的の処理を最も効率よく実行できる仕組みであればいいわけで、従来のコンピュータは人間の脳の仕組みとは全く関係ない仕組みになっています。

    頭脳を置き換えるだけであれば人間でもいいわけで、だからこそ人間の仕事が奪われるという危機を訴える人もいるわけですが、人工知能の最終的な目的は人間のリプレースはありません。

    人間の頭脳よりももっと効率よく、処理速度が速く、消費エネルギーも少ないシステムが存在するのであれば、それが人工知能の行くべきゴールでしょう。

    この世の中で最も効率よく多くの処理が出来るのが人間の脳であるというのは分かります。そして今のコンピュータや将来作られそうな人工知能が処理すべき命令も、人間の脳が処理しやすいものであるのは、コンピュータがアウトプットするものが人間の為のものであり、人間が理解出来るものでないとそのコンピュータやプログラムを評価出来ないからです。

    しかし、インプットとアウトプットで人間が絡まないような、人間が関係しないようなデータを処理するのであれば、人工知能は人間の脳を模す必要はないはずです。

    ロボットの世界では、人間以外の形をしているものもいくらでも存在します。動物や虫の形にしているものや、あるいは完全にオリジナルな、生物の外見をコピーしていないものもあります。

    ロボットのカメラの画像処理だって一方向だけである必要はなく、全方向のカメラで画像を処理できます。自動運転自動車なんかはそうしてますよね。

    ただ、現存する生物のコピーや、人間が乗る自動車の延長線上でしかロボットも存在していないのであれば、やはりこれも「人間の為に作られたもの」であり、「人間が理解して評価出来るもの」であることには変わりありません。

    人工知能もロボットも作っている側が人間であり、その評価を行うのも人間ですから結局人間の枠から逃れられませんが、人間の為ではないアウトプットを作り出せるような、言い方を変えると「人間の為」という枷を外してしまえば、とてつもない仕事をしてしまうのではないでしょうか。

    望遠接眼赤外線などカメラが64個付いていて、手(もしくは足)が128個付いているロボットを、AIが処理して動かすとしたらどのようなロボットあるいは疑似生物になるでしょうか。

    そもそも、生物としてどのように動くかということすら考えるべきではないかも知れません。コンピュータ自体が無機物なのですから。

    そうなった時こそ、地球がAIロボットの楽園になるでしょう。そんな時代が来るかどうかも、人間には想像できないのかも知れませんが。

    そこまで行くといよいよ、人間の仕事が残っていない状況になるでしょうけれど、少なくとも、実行者に命の危険が存在する仕事は残るでしょう。ロボット三原則を遵守すれば、ロボットが壊れる可能性がある仕事を拒否するでしょうから。

  • 口先介入しやすい市場規模と流動性の危険性

    イーロン・マスクのツイートで相場が上下するビットコインは、まるで昔の金融相場のようです。

    あのツイートで右往左往する人は儲かっていないような気もしますが、マスク氏本人はどうなんでしょうね。テスラ社も大量にビットコインを買っていますし、他の企業も大量購入する時代になりましたが、あくまで将来のリスクヘッジ程度で考えているなら短期間の上下は気にしないでしょうけれど、慣れていない個人投資家は慌てて売り買いしている人もいるんじゃないでしょうか。

    昔は中央銀行が口先介入といって、中央銀行総裁などが公的に発言した内容が、相場を動かしたり動きを止めたりすることがありました。中銀総裁以外にも、日本なら大蔵大臣(財務大臣)、アメリカなら商務長官とかが発言することもありました。このままだとこういう介入しますよ、と記者に話すだけで、相場の過熱を鎮火させることも出来た時代でした。

    今では日本銀行総裁だろうがFRB議長だろうが、少々の懸念を表明したくらいでは相場は動かず、逆に大した対策を打ってこないだろうと見くびられて思惑と逆の方向に動くことすらあります。

    中銀が関わる長期金利などは多少の影響は及ぼすことが出来ますが、株式市場や為替市場は具体的にがっつり介入しないと影響は出ない時代になりました。

    時代が変わったというよりは、市場規模と流動性の違いでしょうか。

    冷戦の頃と今とでは、経済もグローバル化して全世界の金融市場に流れるマネーの総額ははるかに巨大になり、口先介入で動かせる規模ではなくなったのかも知れません。

    日米欧の株式や為替相場はプレイヤーも金額も巨大なため、相場を直接動かせるレベルの介入が現実の指標に出てこないと誰も信用しないとも言えます。

    一方、ビットコインなどの新しい金融市場は規模も小さく、流動性も低いです。流動性が低いというのは、売り買いしたいときにすぐに出来ない可能性が高いということです。

    規模が小さいので、著名人や富裕層が関わりを匂わせるようなちょっとした発言でも上下しますし、その上下に過剰に反応してしまって乱高下します。

    金融市場の中で市場規模が小さく流動性も低いような市場は、そもそも一般人が参入するのは難しいものでしたが、ビットコインなどのデジタル通貨市場にはネットが使えれば誰でも売買できます。参入障壁が低いのに、絶対量が少なく価格が乱高下するというのはどう考えても素人向きの相場ではないと思うのですが、「億り人」になりたい人はこれからも増えるんでしょうね。

    投資の初心者が関わるなら投資信託か株式のETFあたりしかないと思うのですが、それらも別に安全確実高利回りというわけではありません。それを理解した上でやるしかないのです。

    少し前にアメリカで起きた、Redditを発端に始まったゲームストップ株価の騰落劇も記憶に新しいところですが、上昇時に買って下落時に売るトレンドフォロー戦略が存在する限り、誰かの後を追って売り買いする人は無くなりません。かといって逆張り戦略はなおさら素人には難しく、相当な種銭と固い精神力がないと続けられません。

    「マーケットの魔術師」なんかを読んでいても、どの成功した投資家にも共通するのは、他人に左右されず自分の確固たる投資戦略を持っていることです。後追いだろうが逆張りだろうが決めた方針で行って損切りも出来るなら、まず大失敗はしません。

    これから、世界の市場でバブルが崩壊するかも知れませんし、強烈な勢いで値上がりしているテスラやGAFAなどのIT関連の株価も一気にショックが襲うかも知れませんが、その時にデジタル通貨も落ちるなら、より一層ダメージが大きいのは流動性・市場規模が小さい方でしょうね。

  • バブル崩壊後の清貧、リーマンショック後のミニマリスト、そしてコロナ禍後のニューノーマル?

    今の若い人は知らないと思いますが、30年ほど前のバブル崩壊後に
    「清貧の思想」
    というのが流行りました。貧しくとも贅沢をせず、清らかに過ごそうという考え方です。もとは中野孝次氏の書籍から起こったブームでしたが、読んだ人も読んでいない人も含めて、日本中で贅沢に対するカウンターとして広がったように思えます。

    まさにその頃、大蔵省幹部を大手銀行内にいるMOF担という接待のための行員が酒池肉林のような接待で懐柔して自行や銀行業界の有利な政策を通してもらう、情報をもらうというみっともない汚職事件なども明らかになってきた時代でした。

    そういう「汚れた」行状からほど遠い、物質的な豊かさや金銭への執着から離れた生き方に憧れた人が多かったわけです。

    ちなみにその頃流行った食べ物が「モツ鍋」でした。バブルの頃の高級レストラン・料亭などではなく、お手頃な値段で気軽に食べられるということでモツ鍋もブームになっていました。

    その少し前、まだバブル末期の頃には「一杯のかけそば」も大きな話題になりました。感動ポルノという面はあったにせよ、ひたすら金と物を強欲に消費してきた経済に疲れた人も多かったのでしょう。

    日本のバブル景気崩壊後に生まれた、慎ましい考え方のブームというのは、多分珍しくはないでしょう。

    2000年代前半から始まったアメリカの不動産バブルがリーマンショックで潰れた後に欧米でのミニマリストブーム、日本での断捨離ブームが起こりました。

    それらが直接的にそれまえの贅沢・物欲重視の生活を批判するために生まれたというわけでもないかも知れませんが、受け入れる人々側にとっては似たようなものでしょう。もちろん、不況や収入源のために節約したいという考えが意識的・無意識的に頭にあった上でのミニマリスト・断捨離という側面もあるはずです。

    では、今まさに世界中を覆っているコロナ禍にも関わらず、日本やアメリカの株価はひたすら上がり続けています。ニューノーマルという概念で経済状況や生活様式の変化を説明しようとする試みもありますが、変わるかも知れないし、変わらないかも知れません。

    今はどこの中央銀行もお金のバルブを緩めてじゃんじゃん金融市場に流していますが、ある程度の出したらどこかで止まるでしょう。バブル崩壊は人々の熱狂が冷めたときに起きますが、物理的には流動性の枯渇によって発生します。具体的には、急に市場に流れ込むお金が減るか、何かの規制によって売り買いに制限がかかるかすれば、一気にバブル崩壊となります。

    その時には何が流行るでしょうね。

  • コア層が支える文化活動の在り方のニューノーマル

    私の愛するガンバ大阪は、神戸との開幕戦で惜しくも敗れました。しかし週が明けてさあ名古屋戦だ!と思ったところで、新型コロナウイルスのPCR検査陽性により、水曜の名古屋戦も土曜の鹿島戦も中止になりました。

    敗戦云々とは質が違った苦難に見舞われましたが、昨年からいくつものクラブにも起きたことですので、いつかはあり得るものとして覚悟はしていましたが、いきなりか!という思いもあります。

    ただ、サポーターとしては変わらずクラブを支えていくだけしかありません。

    ちょうどというのもおかしな話ですが、3月3日の試合中止の前日に、ガンバ大阪のクラウドファインディングが立ち上がりました。

    ガンバ大阪創立30周年クラウドファンディング
    https://readyfor.jp/projects/gamba-osaka2021

    いろいろな支援とその見返りがありますが、とりあえずは、30年記念誌への名前掲載30,000円のリターンを購入しました。新スタジアムの寄付金も50,000円出してスタジアム内への名前掲出してもらっていますので、これで新スタジアムと30年記念誌の両方を制覇したことになります。多分この2つの両方している人は結構いるんじゃないでしょうか。感覚的には似たような支援です。

    あとの支援はどうしようかなと迷っていたところでした。今シーズンもシーズンパスは利用出来ず、というか今年ははなから存在せず、いつも使っていたお金が宙に浮いている形です。その分の消費の一環としては気持ち的には全くハードルはありませんので、残りの分は何にしようかな。とりあえずマグカップにしましょうかね。

    コロナウイルスによる試合中止ということが無かったとしても、今年も変わらず厳しいクラブ運営が続くのはどこのJリーグクラブでも同じです。多分、サポーターもスポンサーも多くて大きいガンバ大阪はもしかしたらまだマシな方かも知れません。

    Jリーグのファン層は年齢が徐々に上がっていて、ライト層の数が比較的少なくコアなファンの比率が高いことがちょくちょく問題視されていました。しかし、このコロナ禍における文化・スポーツ活動の厳しい状況を考えると、コア層が多いことが逆に助けられやすいこともあり得ます。

    ライト層から広く浅く支えられる活動だと、支えている人たちも自分の支援が必要だという深刻さを共有するのは難しいでしょう。逆に数少ないコア層のファンは、自分が支えなければヤバい!という共通認識は持ちやすいはずです。

    もちろん、社会自体が大変な状況ですので支援できる人も限られるはずですが、クラウドファンディングで支援を求めるJリーグクラブは去年からいくつもありました。

    Jリーグは経済規模から言って、多くの文化・芸術・スポーツ活動分野では巨大なプレイヤーでしょう。マスメディアでの露出もありますので、知名度とファン層がちょっといびつと言えるでしょうか。それがむしろ功を奏するとしたら、純粋な営利目的ではない文化活動の在り方の、コロナ後のモデルケースになったりするのでしょうかね。

  • 人月から印税へ

    みずほ銀行がまたシステム障害を起こしたことで、かつて

    システム障害はなぜ二度起きたか みずほ、12年の教訓
    https://shop.nikkeibp.co.jp/front/commodity/0000/193570/

    を出した日経コンピュータさんがウォーミングアップを始めたんじゃないかと思いましたが、どうやらシステム障害というよりも業務運用上の失敗によるクラッシュだったようです。

    システム刷新自体はほぼ問題なく出来ていたはずで、それはこちらの書籍にも書かれていましたので、先日のニュースを聞いたときにちょっと驚いたのですが、運用での問題と聞いたことで理解は出来ました。

    みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」
    https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/20/277410/

    ただ、まあなんといってもシステム開発は現代企業のほぼ全てにとって共通する難しい課題です。

    「人月の神話」という読まれない名著が生まれたのは45年も前ですが、まだまだシステム開発・プログラミングプロジェクトは人月のルールに縛られています。

    そもそもソースコードを書くという作業は、長く書けば良いというわけではありません。不具合無く同じ機能を実現出来るのであれば、短い方が良いのです。長いソースコードは、ロードにも送信にも時間とコストがかかってしまいます。ですので、ソースコードを書く作業そのものも、長く時間をかければ良いというわけでもありません。求められたものを正確かつ短期間かつ出来れば短いソースコードで実現出来るかどうかが、その作業の成果として評価されます。

    しかし、プログラムのコードを短く書き、しかも短時間で作成し、機能を満たしたシステムやソフトウェアを正しく業務評価出来る企業ばかりでもありません。結局は人月で見積もりし、人件費も時間ベースで計算する慣習は残っています。

    システムやアプリの性能機能を正確に評価し、成果給や機能ベースの見積もりを出せるようにはならないものでしょうか?

    あるいは、そのような機能や成果の評価を行うのが難しいのであれば、いっそのことクライアント側でSAPやノーコードのシステムを使って作る方が一般的な時代になるかも知れません。

    もちろん、そのノーコードのシステムを組むクライアント企業内でも人件費は必要で、結局この作業自体も時間をかけた方が評価(あるいは残業代)を得かねないという同じ問題に直面します。

    さらに、その元になるシステム自体を作る人だって必要ですが、そのシステムを作成するのに必要な人件費の算定は、社内にて能力給として支払うしかないでしょうか。

    ソースコードと違う、いわゆる文系的な原稿にもお金の問題はあります。

    小説やノンフィクションとかコラムとかにも原稿料という長さに応じた、人月的な、時間給的な報酬が存在します。

    原稿の長さによって支払われる原稿料の他に、それが本となって売れたら印税という成果給も存在します。

    ソースコードを書く業務にも印税的なものがあれば、その業界でも変わってくるでしょうか?

  • 周囲は自分の鑑

    自分の周りにはロクな人がいない、と嘆く人はいます。自分が周囲の人よりもはるかに優れているのに、他の人間は大したことがない、と自己肯定感や自尊心が異常に強い人はそう思ってしまうのかも知れません。

    しかし、下品な言い方ですが、ロクでもないハエがたかるのは汚いウ●コであり、華やかなチョウチョがたかるのは綺麗な花です。

    自分の周りにロクな人間がいないのは、自分もロクな人間ではない可能性が高いと思えるでしょうか。

    もちろん人は●ン●でも花でもありません。ウ●コが花に変わることはありません。しかしロクでもない人間が素晴らしい人間に変わることは可能なはずです。

    現状に対して不満を持つこと自体は問題ではありません。現状に納得しないことからイノベーションが生まれます。画期的な変化でなくても、少しの改善でも価値はありますが、不満を持たなければ現状に満足して進歩も進化も出てきません。工夫・節約・改良といったちょっとの変化だけでも、それが将来のエポックメイキングにつながっていくことだってあり得るでしょう。

    ただ、不満に対して愚痴を言うだけで何もしなければ、現状に満足して何もしないのと同じです。不満を持っても我慢したら精神的に良くないですが、改良・改善ではなく愚痴をまき散らすだけなら周囲の精神的に悪影響を与えてしまいます。

    自分が見ている世界は、自分と同じ世界です。周囲を変えたいなら自分を変えれば周囲も替わります。愚痴を言う人の周りには愚痴を言う人がいます。

    類は友を呼びますし、朱に交われば赤くなりますし、同じ穴には狢がいます。

    一昔前までは、リアル世界でしか自分の周りを認識できませんでしたが、現代ではインターネット、特にSNSでソーシャルという社会では、自分が興味のあるのを意識的にも無意識的にも選んでしまいます。自分の周りは自分に近い人しかいないという状況が加速されます。

    これは自己肯定感や自尊心が高すぎる人の問題ですが、逆に低すぎる人でも問題はあります。

    自分の周りがすごすぎる人しかいないため、自分が必要以上につまらない奴だと思い込んでしまうのも、精神的には良くありません。ただ、ネット時代の到来前には、同じようにリアル世界の周囲の人しか知りませんので、自分よりはるかにすごい人・素晴らしい人を見かけることは稀でしたが、ネットではいくらでも見つけられます。

    自分が興味のあるネタに関して、プロフェッショナル・スペシャリスト・エキスパートはちょっと検索すればSNSでつながれます。それで自己を高めることが出来るのなら願ったり叶ったりですが、彼我の差の大きさに打ちのめされて自分を蔑んでしまったら元も子もありません。

    サジェスト機能・オススメ機能やキュレーション機能によって、自分が見ている世界が本当の世界よりも狭く偏ったものだということは、ネットリテラシーどころか生き方として必要な物でしょう。