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  • 自民党の派閥解消は可能か

    昭和の旧弊云々というnoteを先日書きましたが、その代表的な悪弊として、自由民主党の派閥問題があります。

    自民党の派閥解消は戦後政治において何度も俎上に上がったものの、派閥から派閥っぽい組織への変更など、おざなりの対応をしてお茶を濁す程度に終わってきました。

    だいたい、派閥抗争華やかなりし1970年代時点でも、派閥による弊害が批判され、派閥解消したという体にはなっていました。派閥解消という形を見せるために、勉強会や研究会という名目での集まりにはなっているのですが、結局は「~~派」という区分の目安にはなっています。

    むしろ現在の自民党は昔に比べるとはるかに派閥政治っぽさが抜けています。安倍派だけが突出している感じがしますが。もちろん、1970年代の派閥抗争が最も過激だった時代に比べての話であり、他党と比べると、やはり派閥的存在の影響力があるのは自民党くらいなんだろうなと思います。

    では、この現在の自民党から派閥的存在を抹消できるのかというと、私個人としてはそんなこと出来ないだろうと思っています。

    自民党は保守からリベラルまで幅広く含む政党であり、思想によって集まったのではなく、革新勢力に政権を取らせないために保守合同によって出来た政党ですので、そもそもが全く一つの理念だけで出来上がった政党ではありません。派閥のようなものが内部に生じるのは、歴史的に見て当然であり、必然でもあります。

    さらに自民党の前身にあたる、戦前の保守系政党は1920年代に激しい政争によって市民を置き去りにし、二度の大規模テロと軍人政権の確立によって、自ら大正デモクラシーを失ってしまいました。その前から保守政党という枠組みでの「派閥っぽい組織」間抗争はあったわけです。

    もう一度書きますが、戦後の自民党は、1955年に右派社会党と左派社会党が合併し巨大革新政党になったことに衝撃を受けた保守勢力が、保守系政党が政権を維持するために保守合同によって成立したものです。その内部で旧来の政党規模の派閥間の争いがあるのは、自民党の成立経緯から言えば必然です。

    もっと言うと、この政党内抗争、派閥による利権分配という仕組みは、昭和の旧弊というよりも明治から続くものであり、そう簡単には無くせないでしょう。日本の政治の構造上の問題でもあり、もっと言えば、日本社会、日本史における構造上の問題ですので、ぶっちゃけて言うと絶対に無くならないはずです。

    今も昔も自民党内にいる人は、自民党が巨大だからこそ政権を維持出来て、かつ自分にも利益があるということを理解しているはずです。たまに理解出来ないか、分け前に預かれない人が飛び出していって、野党として自民党批判をする側に回りますが、自民党を超える存在になった政党は2009年の民主党のみです。そしてその民主党は政権を失った後、巨大であることのメリットよりも自己主張を選んだために分裂し、ずっと野党のままです。

    自民党は党内で反対勢力が生まれても、派閥という形で吸収されて離党・分党せず、党としては巨大であり続けることが政権維持上、大きなメリットを享受しています。総裁・党幹部・主流派閥に対してブーブー文句を言いつつも自民党を離れないからこそ、反主流も結果的には自民党の政権維持に貢献できているのです。

    逆に主流派も無理矢理にでも反対勢力を党内から排除しきらないからこそ、自民党が巨大であり続けて政権を保持できています。この辺のことは、日本共産党の中の人には理解出来ないことなのでしょうね。

    結論としては、自民党でまたいつものように派閥解消を目指す動きが出ても、派閥があるからこそ巨大政党であり続けることを理解していれば、派閥を無くすことなんてあり得ません。それが良いことか悪いことかは別にして、今度こそ派閥が無くなると思うのは、あまりにもナイーブなんじゃないかと思います。

  • 三権分立の限界?

    安倍派の政治資金問題は、直接的に関わった会計責任者は別として、結果的にその利益を受けたはずの議員・政治家個人に対する立件を検察が断念したということで、結局今までの大半の政治資金問題と同じ程度の結末を迎えそうです。

    とどのつまりは、現行法が今回のような手法で不正な政治資金裏金をこさえても、議員自身には何のお咎めが無い法律になっていることが、一番の問題のはずです。

    どのような形で法律を改正あるいは新設することで、このような不正な政治資金な流れを根絶出来るかどうかは、色々な方法があるのでしょうけれど、そもそも根本的に、国会議員を規制する法律を、その国会議員自身が権力を持つ「立法」によってでしか成立させられないのです。

    はっきり言えば、自分にとって都合の悪い法律を政治家が作るわけがない、という話です。裏金を作る悪事を働こうとする政治家であれば、なおさら政治家を規制する法律に見向きもするはずがありません。

    三権分立の理念により、国家権力は行政・司法・立法と三分されていて、相互に制限を掛け合うことで独裁や放恣を戒められるシステムのはずですが、現実は司法が立法を制限する範囲は限られています。

    議員に対する規制に関わる法律について、日本国憲法に反することを訴えることで、司法が立法や行政に規制をかけることは出来るにしても、告訴する人間がその違憲・違法状態によって被害を受けていないと訴えられません。日本では抽象的違憲審査制を採用していないため、憲法訴訟は個別の具体的な訴訟の解決に限り憲法判断がされるだけです。

    憲法裁判所の設立にしろ、違憲審査制の変更にしても、最終的には立法における議員の賛成がないと無理なわけですが、その実現は結局のところ、有権者が選挙で選んだ議員の動向に帰結します。

    政治を巡るあらゆる不正、犯罪、スキャンダルにおいていつも通り、議員を選ぶ有権者のレベルが政治家のレベルになるという話に終わってしまうのですが、さて、今回の安倍派の政治資金問題に対する怒りを、次の国政選挙まで有権者は覚えていられるでしょうか?

  • 少子高齢化が昭和の旧弊の清算をもたらしたのかも

    ジャニーズ問題、宝塚歌劇団問題、そして松本人志スキャンダルについて、色々な人が色々と思うことがあると思いますが、もはや今の時代は過去には大目に見られていたことが許されなくなったことは確かです。

    もちろん、性加害にしろパワハラにしろイジメにしろ、昔だって違法でありあってはならないものであったはずなのですが、多少は甘く見られていました。若い頃のヤンチャ、部活のシゴキ、芸能人の破廉恥かつ奔放な生き方は、武勇伝的にも語られ、被害に遭った人が声を上げることも出来ませんでした。

    そのことを思えば、今の時代はずいぶん変わったと思います。自衛隊における性加害のように、未だに変われない組織もあるものだと呆れることもありますが、民間そのもの、民間に関わる程度の強い組織・企業は、変わらざるを得なくなってきています。

    良くも悪くも「昭和」という時代が昔の代名詞として使われるようになったのは当然ながら平成以降ですが、令和に入って尚更その傾向は強くなりました。

    「世」という漢字は「三十」を表し、一世代は三十年と考えるのが妥当です。平成の三十年間を過ぎ、令和は昭和と30年以上隔絶していることは、昭和を冷静に振り返ることが出来ている大きな理由になっていると思います。

    昔を懐かしむのは結構ですが、あくまで法治国家において違法行為を肯定的に懐かしむわけにはいきません。

    結局、いつの時代でも被害に遭うのは弱者であり、立場の弱い若者です。人口が多い団塊の世代・団塊ジュニアの世代が若い頃は、何をされても競争についていかねばならず、組織や集まりから抜け出してドロップアウトしたら敗者扱いされたものですが、今の時代は若年層が少なく、その若年層がドロップアウトすればドロップアウトさせた側がしっぺ返しを食らいます。

    「脱落した者が悪い」時代から、「脱落させた組織が悪い」時代になったのです。

    昭和の旧弊に代表される組織重視から、その人個人を重視する考えに移行してきたとも言えます。

    その移行が、少子高齢化の人口構造によって生まれたとすれば皮肉なものです。今の若者は高齢層を支える負担が重荷担っているのですから。

    人口構成の変化が地位の変化を生んだと言えば、中世の西欧で虐げられていた農民層が、ペストの大流行により人口が激減した社会において、農産物の価値が上がったことで農民層の地位も向上したことが思い出されます。逆に、東欧ではペストの被害が西欧より比較的少なかったために、農奴制を始めとする農民層を苦しめる社会システムが後世まで残りました。

    「人間万事塞翁が馬」

    少子高齢化社会は多くの困難を社会にもたらしていますが、もしかしたら昨今の旧弊清算は、数少ない好結果の一つになるのかも知れません。

  • 2024年1月14日アジアカップ日本対ベトナム戦DAZN観戦の感想

    先日のオーストラリア対インドは、前半インドが奮闘して0-0で終えるものの、後半は地力を見せたオーストラリアがやはり圧倒して3-0に終わりました。他2試合はいずれもスコアレスドローに終わっているアジアカップは、ようやく日本のお出ましです。

    対戦するベトナム代表は、日本サッカーもよく知るトルシエが監督をしていて、そう簡単にはいかないでしょう。

    一方森保ジャパンは4-2-3-1の2列目を、フランスリーグアンでプレーする中村敬斗・伊東純也・南野拓実で形成し、奇しくもフランス人であるトルシエと戦う構図になりました。

    4バック・ダブルボランチ・2列目まではいずれも計算できるメンバーであり、注目点はGKの鈴木彩艶とワントップの細谷ということになります。

    キックオフ直後からベトナムは高いラインを保ち、まさにトルシエのチームであることが窺われます。

    森保ジャパンとして、格下だけれどハイラインを保ち続けるという相手って戦ったことあったかな、と思いましたが、どうですかね。あまり戦ったことがない戦術をしてくる相手に対して、選手だけでどこまで適応して攻略出来るようになると、相当に強くなったと言えるのでしょうけれど。

    11分、良い形で左サイドを突破して得たCKから、こぼれ球を南野が蹴り込んで日本が先制します。比較的早い時間帯で得点出来たのはかなり日本にとって有利になりました。

    と思いきや16分、今度はベトナムがCKからニアで触られて鈴木の頭を越えて決まってしまい、1-1となってしまいます。

    ちょっと緩みがあったと言われてもしょうがないかも。アジアカップのGLは色々なことがあります。

    23分には南野が反転から鋭いシュートを放つも枠の外。

    そして33分、FKを頭で合わされ、鈴木が弾くもこぼれ球を押し込まれて失点。これで1-2とまさかの逆転です。

    そもそも与えたファウルも駄目でしたし、プレースキックに先に触られるのも駄目ですし、こぼれ球に反応できていないのも駄目です。

    日本はアジアカップのグループリーグは1992年大会から敗戦はありません。この初戦でここまで苦しむとは。

    44分には細谷がエリア内でシュートを放つも決められなかったものの、その攻撃の流れから45分に南野がグラウンダーで綺麗にファーサイドに糸を引くようなシュートを決めて同点に追いつきました。

    時間帯を考えると素晴らしいゴールでした。今日の南野はちょっと別格かも。非常に乗っています。

    アディショナルタイムにも右サイドからの攻撃で伊東、次いで南野のシュートがあるも決まらず。

    と思っていたらその直後に左サイドでボールを受けた中村敬斗が、本当に得意な形から素晴らしいゴラッソをぶち込んであっという間に逆転に成功。前半だけで3-2と、往年の西野ガンバみたいな試合展開になってきました。

    前半はこれで終わりましたが、両チームとも当初の第一プランとは異なるでしょう。ただ、後半の日本は大きくやり方を変える必要はないでしょう。セットプレーでの集中と、相手ボール担ったときの切り替えの速さを意識していればこれ以上の失点は無いはずです。

    細谷についてはこれまでの森保ジャパンでのプレーを見る限り、先発では難しいのかな、という印象があります。使われ方が違えばまた違うのかも知れませんが、上田綺世とはちょっと差があるように思えます。

    そしてその上田が後半から細谷に代わって入りました。

    日本は後半も南野、中村を中心にして攻撃を進めチャンスを作ります。この感じだと今日は早めに伊東から堂安にスイッチした方が良いかも。

    堂安が入りましたが代わるのは伊東ではなく中村でした。中村敬斗は早めに下げて、次戦イラク戦にも先発させたいのかも。

    63分、伊東の突破から守田のシュートは相手の頭でブロックされて決まらず。

    69分には南野がシュートを放つもGKセーブ。

    後半は上田ワントップですが、上田もなかなか思うようにはプレーできていません。それだけベトナムの守備が良い証拠なんでしょう。

    日本の守備も前半と比べるとだいぶ整理された感はあります。相手の出方を見極め終えたとも言えるでしょうか。

    そして守田と菅原を下げて毎熊と佐野を入れましたが、1点差でこの交代は結構勇気があるかも。

    今日は前線で良いプレーが出来ているのが南野と中村敬斗だけで、中村を下げちゃったからもうここから追加点を無理して狙うよりも、クローズの方に持っていくのは妥当かもしれない。

    ベトナムもがむしゃらに追いつこうとはしていないですが、ベトナムにしてみたら3位でも通過可能性があるレギュレーションでは、日本戦で大敗しないのも重要で、イラクに引き分けてインドネシアに勝つプランはあるでしょう。

    そして84分に南野から久保にスイッチ。そして直後に久保のアシストで上田がゴール前中央から豪快に決めて4-2。遠藤→堂安→久保→上田と中央突破のショートパスが連続で決まったのは素晴らしかったですね。

    そして4-2で試合終了。前半は驚きの展開でしたが、後半は落ち着きを取り戻した日本が、無理をせずにリードを活かした展開に持ち込んで上手く試合をクローズした感じでした。

    今日の自分的マンオブザマッチは南野です。先制点と同点弾はどちらも日本にとって重要なゴールで、それ以外にも守備でも貢献していて、文句なしでしょう。

    次はグループ最大のライバルのイラク戦ですが、南野・中村は先発で、伊東に代えて久保が入るかな。

  • アジアカップ初日の試合を見つつ、過去のアジアカップを思う

    2023カタールアジアカップが開幕しました。

    タイトルが2023となっていますが間違いではなく、大会名称が「AFC ASIAN CUP QATAR 2023」ですので正しいです。元々は中国開催の予定が、新型コロナの影響で開催を断念したため、カタール開催となったことなどが影響しての「2023」です。

    ちなみに、2019年はUAE開催、2023年は中国→カタール開催、2027年はサウジアラビア開催ということで、イレギュラーではあるものの3大会連続で中東開催になりましたが、日本は4回の優勝の内で2回は中東(2000年レバノン・2011年カタール)開催でした。そのことを思えば日本に不利とも言えません。

    さて、開幕戦では開催国のカタールが、前回優勝国の貫禄を見せてレバノンを3-0で下し、上場のスタートを切りました。国内は疲弊し混乱しているものの、レバノンは決して弱小国ではないことを考えると、カタールが相当な準備をしてきているのは分かります。ワールドカップでは振るわなかったものの、自国開催のこの大会には相当な意気込みがあるはずです。

    日本も5回目の優勝を目指し、怪我人があれど充実した戦力を揃えられました。ただ、優勝予想一番手となるとかえってやらかすんじゃないか、と心配してしまいますが、聞くところによればAFCは韓国が今大会の最強チームと言っているそうですし、優勝候補がハマる期待外れのジンクスは、韓国に担ってもらいましょう。

    https://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/202401130000161.html

    以前にもnoteで何度も書いていますが、アジアカップで優勝してもワールドカップ本大会での好成績に結びつかないのは不思議なものです。

    1992年日本開催のアジアカップは日本が初優勝しましたが、翌年のワールドカップ予選では「ドーハの悲劇」により出場権を逃しました。

    1996年UAEアジアカップは加茂ジャパンが泣き所のロングボール戦術でのクウェートに敗れベスト8止まりに終わりましたが、1998年ワールドカップには初出場を果たしました。

    2000年レバノンでのアジアカップはトルシエジャパンが優勝を果たし、2002年日韓共催ワールドカップでベスト16入りです。

    2004年中国でのアウェイ感満載だったアジアカップも日本の優勝に終わりましたが、2年後のドイツワールドカップは1分け2敗でGL敗退。

    2007年の東南アジア共催アジアカップは4位に終わった日本は2010年の南アワールドカップでベスト16。

    2011年アジアカップはザックジャパンが劇的な優勝を果たしたものの、2014年ブラジルワールドカップはGL敗退。

    2015年オーストラリア開催のアジアカップはUAEにPK戦で敗れアギーレ体制が終わったものの、ハリル→西野と代わった体制で2019年のロシアワールドカップはベスト16。

    2019年のアジアカップはカタールに決勝で敗れたものの、2022年ワールドカップはベスト16。

    このように、アジアカップ優勝後のワールドカップ本大会でもGL突破したのはトルシエ監督の時だけです。その時が自国開催だったことを考えると、アジアカップ優勝というのはワールドカップの観点から見ると、良いジンクスとは言えません。

    ただ、ワールドカップ本大会でもベスト16止まりという過去の呪縛を思えば、アジアカップ優勝&ワールドカップベスト8以上という、ダブルのジンクス破りを成し遂げてこその、「日本サッカーの新しい景色」ですよね。

    今大会を日本が優勝して、さらに2026年北中米ワールドカップでの好成績を、今のうちに一緒に祈ってしまいましょう。

  • DAZNの新プラン設定に思うこと

    日本において、Jリーグ始め、多くのスポーツコンテンツを有料で提供するストリーミングサービスとしては古参とも言えるDAZNが、3年連続での値上げと新しいプランの発表を行いました。

    Jリーグを扱って日本上陸したときから2年くらいは月々課金で支払っていましたが、2019年からはDAZN年間パスとしてJリーグ各クラブなどが12ヶ月分のコードを販売するシステムも始まり、もう5年も買い続けています。そっちの年間パスも毎年値上がりしていますが、それが一応2025年2月まで有効になっているので、それまではDAZNが潰れないことを祈ります。

    さて、値上げと共にプロ野球(広島除く)だけを見るプラン「DAZN Baseball」が発表されました。「野球だけ見たい」という要望が多かったのか、「野球だけ見るアカウント」が多かったのか分かりませんが、何らかの戦略的判断があったことは間違いありません。

    個人的には、「Jリーグと日本代表」だけ見られる格安プランが出来てほしいのですが、Jリーグの視聴数・Jリーグ目当ての契約者数は当初の予想ほどではなかったらしいですので、それも難しいでしょう。

    欧州サッカーを含めた「DAZN Football」プランみたいなものなら、そこそこ需要はあるかも知れませんが、肝心の欧州サッカーの放映権獲得競争でDAZNはいくつも競り負けて失っていますので、結局魅力的なプランにはならないでしょう。

    プランごとに視聴可能なスポーツが分かれていくとすると、スカパー!と変わりないじゃないか、と思ってしまいます。そうなると、巨額の放映権料で獲得していたJリーグの配信も、盤石のものとは言えないでしょう。

    契約期間が残っていても、契約条項に違約金なり経営状態悪化なりの但し書きによって破棄が可能ということは書かれてあるはずです。値上げについてはある程度は元々予定していたことでしょうけれど、今のDAZNの経営が良いとは到底思えません。

    フリーミアムモデルへの移行としてなのか、「DAZN Freemium」というプランも創設されるようですが、一体何をどれくらい見られるのか。

    月額980円の「DAZN GLOBAL」でも、そんなに豊富なコンテンツではないのに、無料でどれくらい視聴可能か怪しいものですし、逆に客を呼び込むために無料で大放出したら有料プランの契約が減ります。

    結構行き詰まっているっぽいですけれど、Jリーグが放映権料の取りっぱぐれに遭わなければ良いのですが。

  • 収支トントンは本当のトントンではない

    会社経営の経験がある人や経理業務に携わっているような人であれば容易に分かることと思いますが、収支トントン(黒字でも赤字でもない)ような決算・経営は、本当の意味ではトントンではないのですよね。

    マジで書類上の収支(損益計算書上であろうとキャッシュフロー・キャッシュストック上であろうと)がプラマイゼロだと、もし何か特別な出費があった時に即座に窮することになります。単年だけ決算上で赤字になっても、内部留保なり緊急融資なり受けられればその場はしのげますが、それがずっと続いていけばいつかは破綻します。

    さらに問題は、何かあったときにヤバいという状況は、何か新しいチャレンジをする余裕が無いのです。今の事業がそれなりに収益をもたらしているとしても、いつまでも同じとは限らず、必ず景気の上下はあり、さらに業界全体が沈下することもあり、会社単位だけでは将来は計算できません。

    だからこそ、新しい事業、商品、サービスに手を出す余裕が常に必要で、その余裕が無ければジリ貧です。いつかは市場からアウトを宣告されてしまいます。

    ということで、収支トントンなんて幻想であり、儲けた上でそれを新しく利益を生むものに投資した上で、赤字になっていなければようやくそれで本当の意味での収支ギリギリトントンといったところになります。

    これは大企業レベルでも個人商店レベルでも同じ話です。まあ個人商店の場合は儲からないので畳むのも簡単ではあります。借金がかさんでも自己破産してしまえばなんとかなります。その後は大変ですが。

    多くの日本企業が内部留保を貯め込んでいることを批判されがちですが、生産や人的投資もせずに貯め込んでいるのなら確かに批判されてしかるべきかも知れません。ただ、大昔の吉野家みたいに、今から売上が無くなっても1年2年は社員を養える、というくらいの覚悟を持って貯めているなら、別に良いんじゃないかなあとも思います。

    もちろん、株主にしてみたらふざけんなと言いたくなるでしょうけれど、そうなってくると上場企業よりも市場シェアの大きい非上場企業の方が従業員を大事にしているケースも多いのでしょうか。非上場のためにガバナンスもコンプライアンスもグチャグチャな企業もあるので、結局はケースバイケースになんですよね。

  • ヤット引退&ガンバコーチ就任を受けて

    さすがに予想外過ぎるwwwとガンバサポーターとしては反応せざるを得ないのですが、どこにも噂や情報が上がっていなかったと思います。

    これで横浜フリューゲルスでプレーした選手が全員引退したという点でも、Jリーグの歴史において分岐点になるのですが、何より遠藤保仁というサッカー選手の引退そのものが、日本サッカー界における重要なトピックになってしかるべきものです。

    橋本英郎、中村俊輔の連日の引退試合で観てから1ヶ月も経たない中での引退発表だったので驚きでしかないのですが、それなりに魅力的なオファーもなかったのでしょう。

    稲本や今野がいる南葛SCは、今は元ガンバ選手で実業家として活躍する嵜本氏が取締役になっているので、その縁もあって南葛に行くかもと勝手に思っていたのですが、ヤットのことだからあんまり未練無く引退したのかと思います。

    記者会見を開かないのはオフなので、というのもヤットらしいとしか言いようがないのですが、ガンバのトップコーチに即就任するということを考えると、一日二日で決まった話でもないでしょうし、どの辺からガンバの強化部と接触していたのか気になります。ハッシーの引退試合がキッカケだったらちょっとエモい。

    ちなみに、そのヤットを2020年にガンバ追い出す形になった山本悠樹が川崎フロンターレに移籍することになって、ヤットがガンバに戻ってくるのは偶然でしょうが、ガンバの中盤で攻撃をコントロール出来る選手をどうやって用意するのかが、ポヤトス監督の2年目で最も重要なタスクになることを考えると、トップコーチとして良い形でチームに影響を与えてくれることを期待します。

  • 移動する困窮者の面倒を誰が見るべきか

    急増する移民問題を抱えるアメリカでは、ニューヨーク州を始めとするリベラルの強い地域は、人道的理由及び商業の人手不足解消のため、不法であろうと移民を大量に受け入れるべきという考えを持っています。

    その一方で保守の強いテキサス州のような地域では、当然ながら不法移民は強制的に排除すべきだと考えています。そういった地域は、中南米からメキシコ経由でやってくる移民の最初の到着地であるため、なおさら移民に対して厳しい対応をする当局や知事が支持されることになるのですが、テキサス州からリベラルの強いニューヨーク州にバスで移民を移動させるという、直接的な解決方法をとっていることが、改めて問題になっているようです。

    https://jp.reuters.com/world/us/PPOMBRLHQRNBHGCWRLUORKKQCE-2024-01-05/

    この記事を読んだときに思い出したのが、かつて(もしかしたら今もあるかも知れませんが)、日本の一部の地方自治体で生活保護を求める人に対して、ここでは生活保護を出せないが大阪なら出る、と言って片道の高速バス料金を出して生活保護希望者を送り出していたことです。

    http://www.asahi.com/special/08016/OSK201002090064.html

    アメリカの移民の保護費用にしろ、大阪に来る生活保護希望者の保護費にしろ、支給する側としては送り出した側に文句を言いたくなりますし、最終的には国家で面倒を見ろ、と言いたくなるのも当然です。

    まあ、ニューヨーク州の場合は国外からの移民を拒まないリベラル・ビジネス界に原因があるでしょうし、大阪の場合は市政にも問題があったのでしょうけれど、困窮する人間の面倒を誰が見るのが適当なのか、という問題は、やっぱり最終的には政府レベルでの解決しかありません。

    大阪は維新が府も市も掌握して、良くも悪くも変わったとは思いますが、アメリカはどうなるでしょうね。

  • 寄付はどこにすべきか(ピンハネとモチベーションの択一)

    令和6年能登半島地震は、現時点において既に、2011年東日本大震災以降では2016年熊本地震に次ぐ被害の大きさとなってしまいました。

    亡くなった人の数だけで悲しい・悲しくないを決めることなど出来ませんが、被害が大きければそれだけ地域の復興にも、市民の生活再建にも多くの補償と支援が必要となります。

    直接的な支援については遠い地に住む人間が出来ることはほぼありませんが、しばらくしてから始まる復興・生活再建に必要な資金を援助することは誰にも可能です。

    元日の被害発生以降、多くの組織・団体や個人レベルでも寄付を勧め、募っていますが、信用ならない寄附金募集もたくさんあると個人的には思います。

    こういう時には自治体そのもの、あるいは公的な大きな団体に対して寄付すべきだと思いますが、そういうところを経由せずに寄付する人も結構いるそうで、それはそれでチャレンジャーだなと感じます。

    その寄付した相手がピンハネせずに全額を被災地のために使用、あるいは渡してくれるのか、どうやって本当に信用出来るのか疑問に思うのですが、疑問に思わない人も多いのかも知れません。

    お人好しは悪事を誘発します。

    ピンハネ程度ならまだマシなのかも知れず、もしかしたら寄付全額を着服されるかもと思うと、到底そんなところには寄付出来ません。

    公的機関への寄付の一つのメリットとして寄付金控除があります。

    直接的に振り込むことも出来ますし、県や市町村のふるさと納税制度を利用した寄付も出来ます。

    https://www.pref.ishikawa.lg.jp/suitou/gienkinr0601.html

    https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kenmin/furusatonouzei/r6notohantouzisinkifu.html

    https://www.jrc.or.jp/contribute/help/20240104/

    こういったメリットがあるから寄付をする、という打算にはモヤモヤしたものも感じてしまいますが、欧米の寄付文化だって税控除ありきのところがあります。金額上の制限はあれど、寄付は公的組織経由で行う意義は十分にあります。

    ただ、そういう公的組織には寄付するつもりはないけれど、個人や任意団体経由の寄付ならしたい、という人に関しては、それはそれで良いんじゃないかとも思います。それが無ければ寄付しないのですから、何も無いよりは自己満足であれ、ピンハネ覚悟であれ、寄付しても良い気もします。

    少なくとも、混乱が収まらない中でも強引に現地に乗り込む政治家やYouTuberに比べたらマシなんじゃないでしょうか。彼らは議員としての選挙活動の一環でもあり、YouTuberとして再生回数稼ぎの目的で、災害救助や支援物資のための車両を押しのけて現地に行っているわけで、それに比べたらどんな形でも寄付している方がマシかも知れません。

  • イランはイスラム国と戦えるか

    イラン南部において多くの犠牲者が出た1月3日の大規模テロの直後、イラン革命防衛隊の司令官は、
    「アメリカ・イスラエルによるもの」
    として両国を強く非難し、合わせて同国国営テレビは国民の反米・反イスラエル感情を煽動していました。

    https://jp.reuters.com/world/security/MO5HKNYTFFJPJDDE33WVW5IQG4-2024-01-03/

    しかし翌4日にはイスラム国(IS)が犯行声明を出し、アメリカによる通信傍受によってそれが裏付けられ、イランによる犯人の決めつけが間違っていたことが明らかになりました。

    https://jp.reuters.com/world/security/5QTKRC3RDNPN3O2VWI2RTFPYRU-2024-01-04/

    https://jp.reuters.com/world/security/3NVOFSFETJLYHCXFBGDY4QXYSI-2024-01-05/

    そもそも、テロ攻撃が爆発物が入ったベルトを群衆の中で爆発させるものであり、まさにISがやりそうな攻撃手法です。逆にアメリカやイスラエルによる攻撃だったらミサイルや無人機による空爆によるでしょう。だいたい今のイスラエルはガザ地区での攻撃以外に割くリソースがあると思えません。

    テロ発生当日にISによるものと疑わず、アメリカ・イスラエルによる攻撃だと訴えたのは、現場調査や諜報活動によるものではなく感情的な理由だったのでしょうけれど、それ以上にシーア派のイランとしてスンニ派のISと本格的にことを構えたくないのかと邪推してしまいます。

    宗派の違いが戦争を起こすのはイスラム教の歴史においてよくあることであり、1000年前でも10年前でも同様ですが、イランは周辺国への影響を及ぼす中で、ISとも戦わざるを得なくなるよりは、欧米・イスラエル相手に絞りたいのかとも思います。

    結局、イラン政府は改めて「テロリスト」による攻撃を非難することになりました。

    https://jp.reuters.com/world/security/FOE6D7A7UNPQLO2H4DFKCFFUVY-2024-01-04/

    イラク内の米軍基地への攻撃はしても、ISとの泥沼の戦争には踏み切れないのではないでしょうか。

    イランとしてIS相手に実力行使に踏み切ったら踏み切ったで、中東情勢が一段と混迷を深め、どうしようもなくなるのでしょうけれど、アメリカがついにイラクから離れようとしているので、もしかしたら欧米が見捨てる形になって本当にどうしようもない情勢になる可能性も、無くはないと思います。

    https://jp.reuters.com/world/security/SFGZ7AHU7RKCJPOV77GYGGNLMU-2024-01-05/

  • 高校生の論文が批判されるのではなく、書くことが当然の世の中になってほしい

    ニューズウィークのこちらの記事について

    https://www.newsweekjapan.jp/akane/2023/12/post-77.php

    これを読むまで、そもそも悠仁様の論文について知らなかったし、その論文に対して批判があることも知らなかったので、いわば三次資料で論じるみたいな形になってしまいますが、少しこの件で思ったことを。

    高校生で学術論文を書く、ということは確かに批判にある通り大変難しいはずで、独力独学で一から十まで書ける高校生なんてほぼいないでしょう。

    ただ、記事中にもある通り、論文を掲載する媒体には大きな差があり、世界トップ学者の論文が載るものから、一つの組織の発表媒体に過ぎないものまでピンキリです。共同研究者の所属する博物館が出している学術誌だったら、いっちゃ悪いが載せる載せないは論文の質「以外」も考慮されます。これは著者が皇族でなくても同じです。

    高校生なのに共同研究に加われることが不公平だという意見についても、ぶっちゃけ皇族だからこそ一般の研究者が立ち入れない御用地での生態を研究できるのです。俗っぽく例えると、田舎の山を持っている地主に対して調査の立ち入りをお願いした研究者が、その研究に興味がある地主の息子にも配慮して一緒に研究に誘ったような形でしょうか。高校生レベルだとそうは無いかも知れませんが、大学生レベルならこういう忖度とか、一般人においても結構ありそうな気もするのですが。

    研究者が立ち入れない御用地を利用して研究に参加するのも一般人から見たら不公平だという人もいるでしょうけれど、そもそも皇族は一般人のようにどこにでも出掛けていつでも研究できる立場ではありません。御用地以外での研究が制限されるのなら、御用地での研究が制限される一般人と大差ないのではないでしょうか。

    https://hrsgmb.com/n/n3bd58a77dbce

    皇室に生まれ、皇族である限りはずっと人権に制限をかけられます。基本的人権の尊重を規定した日本国憲法があっても、皇族には他の国民が享受出来る自由がありません。自ら望んで皇族になるわけでもない一方で、発言にも行動にも制限がかけられます。それでも君主制を国民も政府も維持する以上は、皇室の存在維持のために必要なコストが予算として配分されます。

    皇族の基本的人権を制限することで日本における立憲君主制のシステムが維持されている以上、ある程度は大目に見ても良いと思うのですよね。その程度問題ではあるでしょうけれど。

    そもそも今回の批判の発端である、「高校生が学術論文を書く」ということが「おかしい」とするのではなく、高校生でも論文を書く機会・学ぶ機会・発表する機会を増やしていけるような方向に持っていくべきではないでしょうか。