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  • 2022年11月21日ワールドカップ開幕戦ABEMA観戦の感想

    カタールは相当準備してきたはずなのに、あの試合の入り方は無いだろう、と思ってしまいました。3分のゴールはVARによって非常に怪しい形で取り消してもらえたものの、守備の混乱を立て直せずに結局PKから失点。

    そこで踏みとどまっていればまだなんとかなったかも知れませんが、疑いようも無い見事なヘディングシュートによって2点目を奪われてしまったのが致命傷でした。

    それでも、前半最後の最後にあったチャンスでカタールが決めていれば、1-2となって試合の行方が分からなくなっていたのですが、そう簡単には決まりませんよね。

    後半はカタールも前半ほど酷くはないサッカーになりましたが、エクアドルも上手くクローズしたというか、後半は高望みをせずに時間を使って試合を上手くクローズしました。

    カタールは前半、特に最初の入り方がもったいなかったですね。次のセネガル戦、最後のオランダ戦で最低でも勝ち点4を稼がないといけないのが厳しいですね。開催国が初戦で敗れたのはワールドカップ史上初だそうですが、これまで出場経験が無かったという事実と合わせて考えると、まあ当然と言えば当然の結果なのかも知れません。

    エクアドルは逆に100点の初戦でした。エースのバレンシアが前半終了間際に傷めましたが、その後もプレーしていたので大丈夫なのでしょう。

    しかし、視聴時間的には日本時間だと厳しいワールドカップですね。

  • J3、JFL、地域CLとワールドカップ

    J1とJ2クラブのサポーターにとっては、先週のJ1参入プレーオフ決定戦が最後っぽく感じてしまいますが、まだ試合は残っていて、今日がJ3最終節です。

    ただ、いわきFCの優勝とJ2昇格は既に決定していて、昇格する残り1チームについても、2位の藤枝が3位の鹿児島、4位の松本と勝ち点3差かつ得失点差も開いているため、藤枝が大敗+鹿児島or松本が大勝しない限りは、藤枝の昇格が決まります。

    結局、いわき引き分け、藤枝引き分け、鹿児島勝利、松本勝利に終わりました。

    あまり他サポには興味の湧かない最終節となってしまいましたが、J3に参入するJFLも今日が最終節です。

    こちらも奈良クラブの参入は既に決まっていて、FC大阪も順位はクリア、残るはこの試合での観客動員数だけが条件でした。

    3,723人以上がFC大阪昇格に必要でもあり、また実は最下位のMIOびわこ滋賀が地域リーグ降格を回避する条件でもあります。FC大阪がJ3入りを果たした場合、今季のJFLから地域リーグ降格チームは無しとなるためです。

    そして結果は、12,183人と大台超え。それで油断したわけではもちろん無いでしょうが、最下位の滋賀相手に苦戦して結果1-1の引き分けに終わりました。

    首位の奈良クラブはというと、後半先制したもののアディショナルタイムにソニー仙台に得点されてこちらも1-1。FC大阪は勝てば優勝出来たという結果でした。

    ちなみに、1位2位が引き分けに終わったため、3位のHondaが勝てば逆転優勝だったのですが、こちらも東京武蔵野ユナイテッドFCに敗戦を喫してしまい、結果順位は試合前と変わらずに奈良クラブのJFL優勝ということになりました。

    最終的にはJリーグ理事会での決定の後でしょうけれど、事実上、来季のJリーグ参加クラブもこれで全て決まりました。

    今年のサッカーシーズンは残るはワールドカップで終わりかな、と思ってしまいますが、実はまだ、全国地域サッカーチャンピオンズリーグの決勝ラウンドがあります。

    11月23日・25日・27日に、
    沖縄SV、ブリオベッカ浦安、栃木シティFC、FC刈谷
    の4チームで争い上位2チームがJFL入りということになります。

    日本のワールドカップ初戦のある日にも重なっていますので、オジさんサッカーファンとしては、2002年のワールドカップ最中にも行われていたJ2リーグを思い出してしまいます。

    そして本日深夜1時から、いよいよカタールワールドカップが始まります。カタールはこれまで本大会出場が無く、開催国枠で初出場となる世界最初の代表チームです。とは言え、アジアサッカーを見てきた人なら、カタール代表が決して弱いとは思わないでしょう。それこそお金を掛けて強化してきています。

    2019年のアジアカップでは、決勝で森保ジャパンを破っての初優勝を果たしました。エクアドルも当然弱くはありませんが、カタールがこの後の2試合でセネガルとオランダと戦うことを考えると、カタールにして見たらこのエクアドル戦は絶対に落とせません。

    放映権料の高騰やら、カタールでの人権侵害やら、なんのかんのとありましたが、開催されたら結局はそれなりに盛り上がるでしょう。その盛り上がりから途中で脱落せずに、日本代表が参加し続けられたら良いのですが・・・。

  • 専門馬鹿・スペシャリストと器用貧乏・ゼネラリストのせめぎ合い

    何かの事件や不祥事などで記者会見に出てくる人が専門的知識に乏しく、トンチンカンな質問や回答をしてしまい、Twitterやヤフコメで大炎上してしまうケースを見かけるようになりました。

    記者会見をする側の人が批判されたのは、数年前のセブンペイの不正利用事件が会った時に、セブン側のお偉いさんが二段階認証に対して、「?」みたいなリアクションをしたことで、なんで不正利用事件で出てきた人間が二段階認証も知らないんだ、と言われました。

    その一方で、先日のKDDI通信障害では、出来た社長や担当者の発表は良かったとネットユーザーから言われた一方で、記者側の質問(技術系ではなく一般メディア)が的外れだという非難もありました。

    その数日前にあった尼崎市のUSBメモリー紛失事件では、尼崎市側の担当者がパスワードの文字種別と桁数を言ってしまう失態があり、相当に馬鹿にされました。

    役所や大企業では、新人を色んな部署にローテーションしていって、一つの専門家をあまり作らないようにしています。もちろん、ある程度ローテーションした後は一つの部署での出世を目指すことになりますが、どうしてもゼネラリスト的になってしまいます。

    多分、マスメディアでもそれは同じで、新人記者を政治部や社会部などをローテーションしていきます。もちろんその部署に行ってから猛勉強されるのでしょうけれど、専門誌の記者と比べると知識に差が出るのは当たり前です。

    そうなると、何かの分野のスペシャリストとしての取材が出来なくなり、記者会見での質問も専門的な事から外れた内容になってしまうのはしょうがないことでしょう。

    専門誌の記者の後ろにいる読者は知識がある人たちなので、専門的な事を聞くのは当然のことであるのと同じように、一般紙の記者の後ろにいる読者は詳しい知識が無いと考えないといけないので、一般人的目線での質問になるのも当然です。

    ただ、国民の知る権利を代行しているなら、質問する側として必要な知識や見識は身に付けておかないといけないはずなんですけれど、知っていてわざと知らない人がしそうな質問をしているのか、そもそも知らなくて質問をしているのか、どっちなんでしょうね?

    器用貧乏とまでは言わないまでも、ローテーション人事によって多くの人が幅広い知識を身に付けてゼネラリストになるのはもちろん大事なことなのでしょうけれど、スペシャリストを育てることもあっていいはずです。

    専門馬鹿的なスペシャリストは使い回しできないから作りたくないという考えもあるでしょうし、役所や大企業ならスペシャルな知識は外部から雇えば良いという方針もあるのかも知れませんが。

    もちろん、本当にスペシャルな人だって役所にも大企業にもいるはずですが、そういう人がトップにはなれず、ゼネラリストがトップに立つののもしようがないことなのでしょうかね。

    みずほ銀行なんかはシステム部門生え抜きの人がトップに立つくらいにならんとダメなんじゃないかと、システム障害の度に感じますけれど、そんな未来は来るでしょうか?

  • 2022年11月18日日本代表対カナダ代表テレビ観戦の感想

    感想と言っても、
    ・本番ではなくテストマッチで良かった
    ・セットプレーの守備に大きな欠点
    ・権田の出る出ないの判断にかなりの不安がある
    ・攻撃陣のセットは相当切り捨てないといけない、イコール、使える組合せ・選手はごくわずかしかいない
    ・欠場した冨安・遠藤・三笘らに期待。
    ・本番ではなくテストマッチで良かった
    という箇条書きでしか書く気がしない程度の試合になってしまいました。

    大会前に森保監督の大会後の契約についても報道が出たのは、JFAからのリークによる観測気球なのかも知れません。

    ガンバ大阪サポーターとしては、今の代表にガンバから選ばれてもおかしくないと言えるのは東口くらいなので、そんなに思い入れのない代表になってしまっていますが、それでも堂安が選ばれているので気にはなります。

    足技やらなんやかんやの理由もあるのかも知れませんが、今年の、特に現時点での権田よりも上のGKは結構いる気がするのですが、本大会も権田で行くのでしょうか? 権田に実力が無いとは言いません。あくまで、現時点では何らかの不調を抱えているように見えます。

    久保建英もA代表ではずっと輝かないまま来てしまいました。東京五輪代表でのプレーからずっと、多分、中心で無いと輝けないタイプのプレースタイルに固執しているように思えます。

    あとは、上田綺世と浅野拓磨は出す順番が逆のような気がします。ドイツ代表への攪乱作戦なら良いのですが。

    少なくとも、三笘が復調したら後半途中からの1点は期待できます。そこまで同点の状況を維持し続ければ、何とかなるかも知れません。そう考えるとやはり、セットプレーの守備と権田の調子には不安がいっぱいです。

    2010年南アフリカワールドカップで、岡田監督が大会直前に楢崎・川口を差し置いて川島を抜擢したり、中村俊輔を外して本田の1トップで守備的に移行したりした「決断」を、森保監督が腹を括ってするかも知れないなあ、というかした方が良いんじゃないかなあ、と感じてしまうカナダ戦でした。

    一方のカナダ代表はかなり仕上げてきているというか、監督と選手のしたいことが一致している感はありありでした。グループリーグ突破するかどうかは分かりませんが、3連敗はしなさそうな気がします。

  • 社長と喧嘩するトヨタ社員、CEOを批判するTwitter社員

    Twitterを買収したイーロン・マスク氏が、自身を社内Slackで批判した従業員を解雇したというニュースが流れている一方で、こんなニュースも見かけました。

    https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2211/16/news155.html

    Twitterとトヨタ、イーロンマスクCEOと豊田章男社長を、ただ単に比較してトヨタの方が良い会社だ、としてしまうのは暴論でしょう。ベンチャー企業と100年企業、SNSと自動車、買収者と一族経営、アメリカと日本などなど、いくらでも異なる条件を挙げられますので、ただ単純に両者(両社)を比較したってしょうがないですが、トップダウンとボトムアップの典型例にはなりそうです。

    何かにつけて日本は上から押し付けるとか、権威主義的だとか言われがちですが、実際のところはそれほどそうではなくて、お上の言うことには逆らうし、権威主義的でもない所はあります。

    その一方で、アメリカは自由があるとか意見を活発に言えるとか言われがちですが、それは上の立場の方も同じであって、解雇する自由・批判者を許さない自由もあるということが、今回のTwitter騒動は如実に表しています。

    もちろん、アメリカにおける解雇の自由さは、雇われる側の労働者も自由に転職していくことが前提の社会だからこそ成り立つのであって、日本の硬直化している労働市場を放置したまま、解雇の自由だけを成立させたらロクなことにならないんじゃないですかね。

    ともかく、日本はそう簡単に退職・転職できないからこそ、従業員の不満や意見を上層部が汲み取る、ボトムアップによる合意を労働環境に反映させないといけません。もし反映させなければ、起こり得るのはサボタージュです。最近の流行りの言葉ですと、「静かな退職」(Quiet Quitting)です。積極的に会社の業績に貢献しようとしなくなります。

    俺に不満があるならとっとと辞めて別の会社に行けよ、とイーロンマスク氏は思っているのでしょう。双方が解雇する自由と批判する自由がぶつかり合うのは、ある意味、非常にアメリカ的です。

    もちろん、実際にはトヨタのこのニュースのような「やさしいせかい」は日本でも稀なのかも知れません。ブラック企業はいくらでも存在しています。ただ、イーロンマスクほどの資金力も行動力も無いオーナー社長が、従業員の不満を汲み取るわけもありませんので、やっぱり日本においてもブラック企業に勤めていたらさっさと辞めるしかないですよね。

  • 報道による宣伝効果と、実験による相手側の準備というお互いのジレンマ

    先日の米韓合同軍事演習の際には、北朝鮮が連日連夜にわたって日本海にミサイル発射を敢行してきました。今年は近年中では一番多くミサイル実験を繰り返しているようで、コロナ禍が落ち着いたのか、落ち着いた外国からの仕送り・援助が増えたのか、はたまたロシア絡みなのか分かりませんが、日本にとって安保上の脅威であることは変わりありません。

    そのミサイル発射が行われると、日本ではJアラートや各種政府機関からの情報発信が行われ、次いで外国の発表などと合わせて、各報道機関によるニュースが流されます。

    テレビニュースやTwitterでのTweetにおいて、ミサイルそのものの映像は当然あるわけがないので、北朝鮮を象徴する映像や画像として、朝鮮民主主義人民共和国の国旗が風になびいている場面、金正恩の映像、あるいは軍事パレードの際の各種兵器・部隊の映像などが用いられます。

    これは報道機関としては、今このニュースが北朝鮮に関するものであるということを分かりやすく報じるために使用しているのでしょうし、当然のものなのかも知れませんが、このミサイル発射における北朝鮮関連の映像が、北朝鮮の軍事力を誇示したり、あるいは脅威的な存在だという印象を、ニュースを読む・見る人に与えていることになっているような気がします。

    炎上商法というと規模も悪意も桁が違いますが、似たようなものでしょうか。ミサイル発射で報道が過熱すれば、北朝鮮がそれだけ驚異的な軍事力を保持しているというイメージを意識的にも無意識的にも持つことになるでしょう。

    最近、とみに増えてきた環境保護活動家の過激派が、美術品に対してそのガラスケースになぜか食べ物や飲み物をぶちまけるというパフォーマンスにも似ているでしょう。あれも、過激な(そして大して被害がない)パフォーマンスによって、世界中で報道されることが環境保護につながるのだ、という理屈で行われていて、その一方でパフォーマンスをした人物や団体が、環境保護活動の世界において「箔が付く」ことになります。

    https://hrsgmb.com/n/n8680082d09de

    騒ぎになることが狙いであるのなら、環境保護も炎上商法と言えますし、金正恩の思惑がまさかここにあるとは思いませんが、世界の反米国家群の中において、ひとかどの発言権を持つ材料になっているのかも知れません。

    とはいえ、だからといって、一切ミサイル関連ニュースを流すな、などと言うつもりはありません。それこそ日本にとっては非常に重要な国家安全保障に関わる大問題です。無視するわけにも行きません。

    「暴走族」というとかっこ良く感じる人間もいるので、「珍走団」と呼んだらどうか、というネタが昔ネットで流行りましたが、それと同じように、この北朝鮮のミサイル発射や核開発の暴走を何とか言い換えられませんかね。

    そう言えば、前アメリカ大統領が「ミサイルマン」と呼んでいました。でもこれだとまだ格好良さが残ってしまっていますね。

    ともかく、日本としては冷静かつ断固たる対応をし続けるしかありません。最近では、ミサイル発射のたびにJアラートの誤作動や仕様ミスなど発覚していますが、日本の国家安全保障体制の壮大なテストを現実においてやっていると割り切った方が良いのでしょうか。

    ミサイル実験を行う度に、彼らにとっての仮想敵国(というか現実的に敵国なのでしょうけれど)である国々が、その対応の精度練度を高めていくのなら、結局は独裁国家のお決まりの終焉パターンにハマるのは間違いないでしょう。その時にいかにこちら側の被害を減らすかは、それこそJアラートから始まりあらゆる防衛システムの完成度にかかってきます。そのために問題点を洗い出すテストになっているのであれば良いのですが。

    ミサイル発射のニュースによって、かえって北朝鮮の宣伝になってしまうというジレンマがあれば、実験を行う度に敵国側が準備を整えやすくなるというジレンマもあるのです。

  • 今日の成分献血のお話

    今日も今日とていつものように梅田は阪急グランドビル25階にある献血ルームにて成分献血してきました。

    今日は血漿の方で、私の血の流れが悪いようで90分もかかってしまいましたが、無事終了。

    今日、いただいた物品はこちらです。

    いつももらっていたウェットティッシュがありませんでした。まだ開封していないものがいくつもあるので、別にいいのですが。

    その代わり、ボールペンがありました。日本赤十字の英語名とキャラクターが描かれていますが、それ以外の商品名などはなく、どこの何と言うペンだと思って替え芯を見たら、
    PILOT LP2RF-8EF
    とありました。パイロットのジュースというゲルインキボールペンですね。当然ですが書き心地は良いものです。

    それと、日本製4層構造の不織布マスク(個包装)5枚入りももらいました。

    あと、以前もらったカードで3回目のポイントをクリアしたのでもらえる商品は、G・U・Mの歯磨きセット(歯ブラシ2本、歯磨き粉1本)を選びました。

    最後にラブラッドのポイントを20ポイント消費してもらえる品物は、前回と同じく鼻セレブを選択。鼻水が出やすい体質の人間にとってはありがたいものです。

    ちなみに、全国の他の地域はどうか知りませんが、大阪府地域ですと400mlの全血献血が不足しているそうです。

    https://www.bs.jrc.or.jp/kk/osaka/2022/11/post-469.html

    LINEでの呼びかけも先日届きましたが、既に今回の成分献血を予約していたのと、そもそも私の前回の全血献血から数えて必要な期間が空いていないため、今回はスルーしました。12月か1月には全血献血しようと思います。

    もし、献血しても良いよ、と思った方は、日本赤十字社のホームページや、お近くの献血ルーム、あるいは繁華街等で出くわした献血バスにてご協力をお願いします。

    社会貢献活動にもなりますし、無料でお菓子もジュースも飲み食いできますし、無料で血液検査もしてくれます。

    そして何より、いつ何時、自分や大切な家族が、輸血や血液製剤のお世話になるのか分からないのですから。

  • 職業の倫理性と個人の倫理観を同一視は出来ない

    事件や事故、犯罪や不祥事などの報道で、その加害者・当事者に関して職業や勤め先が言及されることもあればされないこともあります。

    あれの基準が私には全く分からないのですが、それはともかく、
    「そんな仕事をしている人がそんな事件を起こすことなんてあり得ない!」
    という非難はよく目にします。

    別にどんな仕事をしていても悪いことや犯罪をしたらアカンことには変わりないと思うのですが、公務員とか、教師とか、スポーツ選手とか、なぜか職業と犯罪を絡めて非難されます。

    職業そのものに倫理観・倫理性が求められるということは確かにあります。ただ、それはその職業における業務内において、こうあるべきという理屈であって、そもそも法律上の犯罪行為などはどんな職業であっても、あってはならないことです。

    むしろ、どんな職業なら悪いことをしても「仕方ないか」で済まされるのかと言いたいところです。

    職業選択の自由という条文を引き出してこなくても、誰でもどんな職業にも就けるのは当然ですが、その仕事をしていく上で一般的な倫理観や遵法意識を常にチェックされるようなこともないでしょう。それは仕事と直接関わりが無いものであり、どんな仕事をしていても守るべきものですから、倫理的・法律的に悪事を働いた場合に非難されるべきはその人自身の人間性です。

    もちろん、全ての職業においてそのような一般倫理がどこでも同じレベルだとは思いません。高い低いは多分あるでしょうけれど、倫理性の高い?職業についている人が悪事を働いた場合に非難する際の言葉は、
    「その仕事に就いているのにそんな悪事を働くなんて」
    ではなくて、
    「そんな悪事を働くなんて」
    だけで良いのではないでしょうか?

    「その仕事に〜〜」という言葉が付かない場合は、そんな仕事をしている人が悪事を働くのはそんなに珍しくない、という考えがにじみ出ているような気がするのですが、うがった見方でしょうかね。

    職業に貴賎無しという言葉は今も昔もただの標語であって現実には反映されていないのだろうな、と思ってしまいます。

    そう言えば、少し前にも、某ウェブページで「底辺の仕事ランキング」という炎上案件のお手本のような事例がありましたが、職業に上下関係がピラミッドを持ち込むのは、おそらく無意識的に誰でもやっていかねないことなんでしょう。

  • 2022年11月13日J1参入プレーオフ決定戦テレビ観戦の感想

    今日で来シーズンのJ1クラブが確定します。J1参入プレーオフの決定戦は、J1の16位京都サンガと、J2の4位ロアッソ熊本との一戦となりました。

    京都は引き分け以上で残留で、熊本は勝利しかありません。

    このプレーオフでは1回戦・2回戦共に熊本は2-2での引き分けで、リーグ順位上位としてのアドバンテージで勝ち上がってきました。しかし今日は勝つことが絶対条件です。

    京都は最終節で降格が決まっていたジュビロ磐田の守備を崩せず、スコアレスドローによってこの決定戦への進出が決まりました。この試合では引き分けで良いのですが、90分守るだけのようなサッカーはしないでしょう。

    京都対熊本といえば個人的には数年前に西京極で暇なときに観に行ったことがあります。京都が布部監督でJ2での残留争いをしていて、まだ闘莉王が現役でした。熊本は田中達也がキレキレですごかったです。

    さて今日の両チームはその頃と様変わりしているでしょうけれど、どちらも積極的に攻めることになるでしょうか?

    雨交じりの亀岡での前半キックオフ。

    序盤から両チームともポンポンとロングボールを蹴って安全策には出ずに、自陣からでも細かくつないでいきます。

    ファーストシュートは6分の熊本。裏抜けのロングボールからパスとドリブルをつないでの良い攻撃でした。

    10分には左サイドから細かくつないだ京都がミドルシュートも枠を大きく外れました。

    逆に熊本は12分に右サイドからつないでシュートも大きく外れました。

    お互いにブロックを固めて守ってカウンターというサッカーとは異なり、一発勝負らしからぬ展開になっています。京都は豊川が相手ライン裏に抜けようとしてもボールが出てこないところが、ちょっと意思疎通を欠いているようにも見えます。

    熊本はフィニッシュの精度以外は、ロングボール・ショートパス・ショートカウンターと多彩に仕掛けています。

    18分には熊本が京都PAに侵入してシュート。DFのブロックで京都は難を逃れました。

    22分には京都が裏を狙うもブロック、しかしその直後に右サイドからクロスであわやというシーンを作れました。この辺から京都がチャンスを作り、熊本がギリギリしのぐという場面が続きます。

    熊本も自陣からショートパスの連続で攻め込めますが、アタッキングサードでのラストパスに難があります。

    38分には高い位置で奪った熊本がミドルシュート、詰めたところも決めきれずも非常に惜しい場面でした。

    と思ったところで直後に京都の豊川が、熊本DFのミスを逃さず、一瞬の隙を突いて熊本ゴールを破り先制に成功します。豊川と言えばかつてベルギーのオイペン所属時に、最終節に3得点1アシストでライバルを得失点差で上回り残留の立役者となったことを思い起こします。

    直後にも熊本は甘い処理からピンチを招き、解説の早野氏が言うように踏ん張りどころです。

    結局このまま前半は1-0で終了。熊本はプレーオフ1回戦同様、ショートパスで攻め込めても得点出来ない状況を改善しないといけません。

    後半は、京都が攻め込み川崎のシュートは佐藤がCKに逃れる展開から始まりました。

    京都はカウンターでも遅攻でも、低い位置で奪われずに最後はシュートで終わっていれば恐れる必要はありません。京都側の1点は、レギュレーションを考えると、かなりの重みを持っています。

    それでも55分には熊本が左からのクロスに頭で合わせるも上福元がセーブ。不思議なことに熊本は、プレーオフ1回戦から大木サッカーの代名詞のようなショートパスからの接近・連続・展開よりも一人二人飛ばしたボールの方が、相手にとって危険なのですよね。

    61分には貴重な先制点を挙げた豊川を下げましたが、京都はもし万が一、熊本に追いつかれてもピーターウタカという強力なFWが控えにいます。

    68分、ターレスが入って活性化した熊本の攻撃が実を結びます。ターレスが取ったCKからイヨハがニアサイドで合わせてプレーオフ2戦連続のゴールです。熊本は最前線の決定力が無くても、セットプレーからの得点で勝ち抜けてきました。まさにその形で追いつきました。

    これで1-1。このままいくとまだ京都が残留ですが、熊本が押す展開になり始めたところで、京都が遂にウタカも投入。

    残り時間が減るにつれ、熊本が攻めて京都が守るという展開になってきました。

    85分を過ぎると、京都は数少ない攻撃の場面でもコーナー付近で時間を稼ぎます。

    アディショナルタイムは4分。CKでは熊本GK佐藤も上がってきます。

    そのCKから熊本がこぼれ球のシュートでウタカのブロックとポストに阻まれてしまい惜しくもゴールならず。

    ビッグチャンスを逃した熊本は反撃ならず、そのままタイプアップ。1-1での決着となり、京都サンガのJ1残留が決まりました。

    最後まで緊張感があるグッドゲームだったと思います。早野氏が言ったように、熊本としてはレギュレーションに笑い、レギュレーションに泣いたプレーオフでした。J3から2年でのJ1昇格ならず、また来年もJ2です。しかし他クラブからのマークは厳しくなるでしょう。

    京都にとってはレギュレーションに助けられましたが、豊川の先制点が非常に大きかったですね。また、最後の大ピンチをしのげた幸運を呼び込んだ執念の守備は、チョウキジェ監督のある意味真骨頂ではないでしょうか。

    Jリーグの残る試合はJ3の最終節です。今日の試合で今治の昇格が無くなり、松本と鹿児島が昇格の可能性は残すも得失点差が大きく開いているため、ほぼ確実に藤枝MYFCの昇格が決定的となりました。

    あとはJFL、奈良クラブはJ3参入が決まりましたが、最終節での観客数にJ3参入がかかるFC大阪がどうなるか。

    さらにJFLへの登竜門となっている全国地域サッカーチャンピオンズリーグでは、FC刈谷・栃木シティFC・沖縄SV・ブリオベッカ浦安の4シームが決勝ラウンド進出を決め、上位2チームがJFLに昇格します。沖縄SVを引っ張る高原直泰が来年、三浦知良の対戦相手になる未来が来るのでしょうか?

  • 自己防衛本能としての自己正当化の魔力

    事故や事件、あるいは不祥事などが発生したとき、当の本人、加害者は当然ながら非難されます。

    そしてその加害者側が、大人しく反省しているのではなく、むしろ逆ギレして自分は悪くないとか社会が悪いとか相手にも責任があるとか、責任転嫁をしたり自己正当化したりして、さらに世間から反発されることは良くあります。

    おそらく、誰もがいくらでもそのようなケースを思い浮かべられるでしょう。少し前にも、知床の観光船沈没事故で当の社長が国にも責任があり、これは見せしめだとなぜか主張していましたが、あれも自己正当化と言えるでしょう。

    よく見かける事例ですが別に擁護するつもりはありません。

    ですが、とてつもない事態を起こした人は、自己弁護、自己正当化による自己防衛を行わないと、生きていけないのかも知れません。懺悔と恥辱に苛まれながら、反省と後悔だけの残りの人生を続けていける人はそんなに多くはいないでしょう。

    「とんでもないこと、悪いことをしたけれど、それは自分にとっても本意ではないし、自分だけが悪いわけではない。むしろ自分はもっと大きな巨悪の被害者だ」

    という陰謀論めいた自己弁護は、もしかすると自己嫌悪が行き過ぎて精神が破壊されないようにする心のリミッターが自動的に発動した結果とも思えます。

    だからと言ってそんな主張が認められるわけでもないのですが、他人が理解してくれなくても、自分の脳内だけで自己弁護が成立すれば自分の精神は守られます。

    自己防衛のためだけに自己正当化をしているのであれば、被害者とその周辺を除く世間に対しては、不届きな奴だなという不快感を与える程度の影響で済みます。

    しかし、恐ろしいことに、自己正当化によって本当に自分には責任が無いと考えるようになり、そして責任転嫁を被害者側にも二次被害というか、さらに酷い影響を与えてしまいます。

    そうなると、厄介どころではないですが、自己弁護から自己正当化に入り、自己の存在意義にまで発展しているような人って結構見かけるような気がします。

    マスメディアやYouTube、SNSなんかで過激な発言で認知されたら、その過激さを理由に非難されたり拒絶されたりしても穏当な感じにはならず、もっと過激になっていった人とかいますよね。

    ヒトという生き物は社会性を持つ動物ですので、社会との関わり合いを途絶されたり、社会から攻撃されたりすると、もっと過激化していくことで社会との関わりを持とうとするんでしょう。それが妥当なものかどうかは全く別問題ですが。

  • リアルっぽい言葉遣いによる問題

    話し言葉だろうと文章だろうと、自分が知らない分野の情報に接するときに、難しい言葉遣いをされていると、当然ながら理解が難しくなります。

    その分野における専門用語や、日本語で言う横文字・英語を片仮名にしている言葉が多用されていることが、理解の難しさを招く場合があります。

    そういう言葉遣いによって相手側の理解度が減り、曖昧な情報が伝わってしまうとしたら、それはどう考えても失敗です。とはいえ、世の中全てが正確に情報を伝えることを目的とした情報伝達ばかりではありません。

    相手にこちらの情報を正確に渡したくないケースというのは存在します。例えば、詐欺的な商売というか取引で、金融や経済やITの専門用語っぽい横文字が大量に存在する宣伝は、騙す相手が知らない言葉を並べ立てて曖昧な理解のまま、なんとなく「凄そう」という印象だけを与えるのが目的です。

    そういう場合は、用語の使い方が正確かどうかが重要なのではなく、騙す側が騙される側よりも圧倒的に知識があるのですよ、という「リアリティっぽさ」を演出するのが重要なのです。

    リアルさが正確さのためではない、というのは何とも皮肉ですが、ここから導き出せる自衛手段としては、自分が理解出来ない言葉遣いをしている人の言うことを信用しない、ということです。

    100%信じない、とまではいかなくても、こちら側に理解してもらおうという感じがない宣伝文句を信用してお金を出すことをしなければ、少なくとも大損は避けられます。

    逆に説明する立場からすれば、専門用語や横文字をむやみに並び立ててしまうと胡散臭く見られる、ということにもなります。

    あと、もう一つリアリティを演出する道具としては具体的な数字があります。よくあるのが、年間何十万もする商品・サービスでも一日当たりにするとわずか数百円ですよ、という宣伝文句で理解を曖昧にさせる手法があります。

    それ以外でも、巨大な数字をサッと出すことでこの人はその分野の専門家だと相手に思わせる効果があります。コンピューター付きブルドーザーと呼ばれた田中角栄は、大きくて細かい数字もすぐに覚えて回答出来て、さらにどんどん強引に実行していったからこそ、その異名が付いたと言われています。

    彼が嘘の数字を言っていたわけではないでしょうけれど、具体的な数字には魔力というか、少なくとも魅力はあります。何か特定のことについて知らない人は、そのものについてまつわる数字も出てくるわけがありません。数字がリアリティを演出するのは間違いありません。

    数字についてはフィクションでも同様で、具体的な数字が出てくることでその場面に感情移入しやすくなります。小説の主人公がコーヒーを飲むにしても、一杯が100円なのか500円なのか、はたまた2000円なのかで、そのコーヒーがコンビニなのか街の喫茶店なのかホテルのラウンジなのかを演出できます。

    もちろん、将来インフレしたりデノミしたりして貨幣価値が大幅に変動してしまうと、その小説の時代を想定して貨幣価値を現代に換算しないとリアルさが減じてしまうので、この辺は難しいところです。星新一のショートショートなんかは具体的な数字を書かないように工夫したことで、時代を超えて愛される作品になっています。

    リアリティを追求すると同時代的にはイメージ形成の効果が強いですが、時代を経るか、あるいは知識がある人にして見たら、そのリアリティさはかえってマイナスになるというジレンマが存在します。

    まあ、30年近くまともに物価も賃金も上昇していない今の日本では、悲しいことにあまり実感が無い話なのではあるのですが。

  • 統一規格の時代から寸断の時代へ

    20世紀は間違いなく大量生産・大量消費の時代でした。その傾向が端緒に就いたのは各国で産業革命が始まった18世紀・19世紀ですが、生産された物を消費するためには、流通が発展して各地に製品が届くようになり、メディアを通じて消費者に購入を訴えかける広告が産業として発達してからですから、やはり大量生産・大量消費の時代と言えるのは20世紀でしょう。

    そして小物なら各商店で並べやすいようにパッケージデザインは整えられ、家電なら同じコンセントに同じ電圧で動くように設計され、自動車はレギュラー・ハイオク・軽油の違いはあれどどこのガソリンスタンドに行っても給油することが出来ました。

    大量生産・大量消費のためには、規格の統一は必然でした。SONY製品で使えるカセットテープがナショナル製品では使えないなんてことはありません。文庫本はそこの出版社でもほぼ同じ高さなので、新潮文庫と講談社文庫を同じ本棚に並べられました。時には規格間での激しい争いはあれど、VHSのように最終的には一つに統一されるものでした。

    20世紀は統一規格の時代でもありました。その最後の規格は、1980年代に制定されたCDとDVDでしょう。CDは90年代、次いでDVDは2000年代に広く普及しましたが、その後は統一規格の時代ではなくなりつつあります。

    ガソリン車と異なり電気自動車はどの車でも一つの規格で充電出来るわけではありません。iPhoneとAndroidスマホではケーブルコネクタの形状が異なります。電子書籍サービスは各社ごとに分断されていて、A社で買った本をB社のリーダーで読めることはあり得ません。

    電子マネー、ポイントサービスは乱立・分断され、相互利用やポイント交換できる方が珍しいくらいです。

    所有する時代から共有する時代、「シェア」の時代だ、と10数年前に誰もが騒いでいたはずですが、21世紀は規格が分断され、相互利用が不便な時代になっています。

    物理的な製品・サービスだから共用出来ないのだ、これからはウェブ上、クラウド上の時代だ、という人もいるでしょうけれど、そもそも普及し始めた頃のインターネットは今よりももっと開放的でした。情報が寸断されていなかったはずですが、今ではSNSなどのサービス内で生産された大量の情報は、串刺しでの検索など出来ません。サービスごとにログインして検索して、コピーして保存してまた他のサービスで利用する、という手間もかかります。

    テレビもチャンネルを変えれば1秒かからず別の局の番組を見られましたが、一つのデバイスでNetflixを見ている状態からYouTubeに変更しようとすると、再生を止めてホーム画面に戻ってYouTubeのアイコンをタップして見たい動画を選択、という感じで、手間の数は増えています。

    シェアリングエコノミーも便利な人は便利ですけれど、ベンチャー企業のおもちゃ(あるいは飯の種)的に扱われている面もあります。

    企業が消費者を囲い込む一方で、消費者は所有しない一方で面倒さを抱える時代になっているのです。

    行く先がどうなるか分かりませんが、そう簡単には消費者も企業も満足するような社会がすぐに来ることは無いでしょう。