「終わり良ければ全て良し」
とはよく言いますが、この言葉の大元と言えるのは中国で古くから伝わる「詩経」にある、
「初め有らざるなし、克く終わり有る鮮し(はじめあらざるなし、よくおわりあるすくなし)」
という言葉です。
初めは誰でも良いけれど、そのまま最後まで良い状態で終わりを迎える者は少ないという意味ですので、
「終わり良ければ全て良し」
とは少し意味合いが違います。こちらの方は、最初や途中がダメでも最後が上手く行けばオールオッケー!といった感じです。
とはいえ、良い状態で終えられることが本来は少ないからこそ、どちらにしてもこういう言葉があるわけです。
https://www.jleague.jp/news/article/20975/?utm_source=twitter&utm_medium=social
先日、今シーズンで家本政明プロフェッショナルレフェリーが勇退することを発表しました。このニュースを見たときに、上記の言葉が思い浮かびました。
2000年代にはいくつもジャッジに批判があり、その時期にJリーグを見ていた人は一度は贔屓チームが誤審の餌食になったかも知れません。ガンバ大阪でも覚えているのは2005年のホームでの川崎フロンターレ戦で、終了間際にオフサイドとハンドを見逃されて失点して同点に追いつかれたことがありました。その直後に勝ち越して勝ったので後になっては良い思い出でしたが、その試合で勝てていなければ最終的には優勝できていなかったかも知れないです。
その後も、もちろん判定を巡る批判が起きることはありましたがずっと主審として試合を担当し続け、今年7月にはJリーグの主審として最多出場試合数を更新しました。
ここ数年ではピッチ上で選手との積極的なコミュニケーションを取っているところがよく見られるようになり、今ではむしろ優れた主審として見るサッカーファンの方が多いでしょう。まさに勇退という引き際となりました。
サッカーの審判なんて、視力と体力と判断力が高いレベルで要求される仕事ですが、その上で選手、副審、第四審それと今年からはVARともコミュニケーションを絶えず取り続けます。まともな判定で当たり前、間違えたらピッチでもネットでも叩かれるのですから、長く続けるということは自らの気力も、周りの評価とサポートも無いと出来ない仕事です。
誤審の直接の被害にあった選手は大変だったでしょうけれど、家本主審の終わりはまさに大団円と言えると思います。
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