公的領域から私的領域、そしてメタバースへ移転する政治機能

読んだ本の受け売りではありますが、日本では古代、中世をかけて朝廷の政治の舞台である内裏や、地方の国衙や郡衙(今で言う県庁や支庁)の場所が、最初の公的な場所としての立地から、火災や建て替えなどを経ているうちに私的領域に移動していくそうです。

天皇親政の場所としては朝堂院から紫宸殿へ、さらに院政での院庁に政治の舞台は移っていきます。内裏自体も何度も焼亡すると、再建ではなく既存の外戚などの貴族の邸宅に仮寓して里内裏が一般化しました。

地方支配の中心である国衙や郡衙も、その長が国家の代理的性格から地方独立支配の権力者に形を変えるにつれて正式な庁舎である国衙や郡衙がうら寂れる一方で、地方豪族の邸宅やその側に政治的機能が存在するようになりました。

武士政権では邸宅と政庁が同じもしくは隣接するのは当然となっていき、徳川時代においては、幕府も地方大名・旗本も城あるいは陣屋において日常生活と行政機能を持ち合わせた期間が長く続きました。

権力者や目上の人に対して、直接名前や役職ではなく、その住まいを呼ぶことで敬意を表すのが日本語の敬称の特徴ですが、殿様、お屋形様、大御所様、ご隠居様などは時代劇でもよく聞く言葉です。身分が高い女性に対しても、奥様、お局様なども同様です。ご主人という言葉も「家の持ち主=男性配偶者」であることが多かったから使用されるようになりました。

明治維新後の明治期には西洋の政治支配体制を取り込んだため、政治のための公的領域と、権力者の日常生活の私的領域は分離されました。もし、政治家が自宅で政治をしたら公私混同だと非難される時代です。

しかし歴史的経緯を踏まえると、自宅で公的な仕事を行うことこそが権力の証しと見なせます。

現代日本ですと、田中角栄の目白御殿が最もそれに近いでしょうか。

コロナ禍によって一部の会社員は公私の場所が混ざりました。出社できない中でも自宅からインターネットを使って、在宅勤務で仕事することが珍しくなくなりました。

コロナ禍が落ち着けば職場に戻るでしょうけれど、何かあれば自宅で仕事を行うことに対しての、物理的あるいは心理的なハードルは大きく下がりました。

今後も多少の揺り戻しはあれど、オンライン化への流れは徐々に進んでいくでしょう。Facebookの社名変更だけではなく、メタバースの利用も公私ともに進んでもおかしくありません。ウェブ会議やメタバースにおいて政治が行われるようになったら、国会や内閣などの公的な政治も、政治家の自宅で実現するのでしょうか。

それとも、メタバースの中でも、個人宅や料亭的な店舗での内密な相談による根回しがやはり行われるのでしょうか?

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