表意文字よりも表音文字の方が見た目が分かりやすいという矛盾

新型コロナウイルスの検査結果が陽性、あるいは陰性だったという文章は、今では毎日どこかで必ず見かける時代となりました。ぼうっとそういう文字を見ると、一瞬「陽性」と「陰性」を見間違えるというか、どちらか分からない時があります。「陽」も「陰」もどちらもこざとへんの漢字で、つくりの部分も画数が多いため、遠目で見たらややこしい限りです。こういう時は表意文字のデメリットを感じます。

英語なら
陽性→positive
陰性→negative
であり、一文字目の「p」「n」を見れば陽性か陰性かが分かります。一目で分かりやすいという、本来表意文字が持つメリットが表音文字の方で生まれています。

あるいは、エレベーターでの「開」「閉」ボタンも、一瞬での分かりづらさでは近い話です。色(緑が開く、赤が閉まる)や図形(「← →」が開く、「→ ←」が閉まる)でハッキリしていれば良いのですが、開閉の文字だけのエレベーターもまだまだ多く存在しています。

はじめて行くビルのエレベーターですと、「開」も「閉」ももんがまえの中の部分をちゃんと見ないと、そのエレベーターのドアを閉めるボタンなのか開くボタンなのかが分からず、自分に続いて乗ってくる人のために開けておこうと思って押したら「閉」ボタンだった、という気まずい経験をした人はたくさんいるはずです。

これも、英語であればopen、closeとなり、一文字目の「o」「c」ですと分かりづらくても、パッと見て文字数も異なるこの2つの単語を見間違える人はいないでしょう。

漢字でも英語でもなく、平仮名にすれば良いとも思いましたが、「ひらく」「とじる」あるいは「ようせい」「いんせい」だと、文字数が増えたために可読性が減り、さらに熟語の場合は同音異義語の問題が出てきます。さすがに新型コロナの話題の中で「ようせい」と書かれていて、「妖精」を思い浮かべる人はいないでしょうけれど、「陽性」と「要請」と間違える可能性はあるのでダメですね。

結局のところ、漢字で分かりやすく表現するというのは、一文字だけなら大変向いていますけれど、対立する概念を表示する記号としてはあまり向いていないようです。表意文字である漢字は、同じカテゴリに属する概念を、同じ部首で表しますのでどうしても見た目が近くなります。英語でもin-とかex-などの語頭に付くなど、表現的には似たものもありますが、正反対の意味の言葉の見た目が似ているということにはなりません。

これを防ごうと思うと、「開」「閉」ではなく、「開」「不開」とすれば、まあ間違えることはないですが、なんじゃこりゃ、って話です。「陽性」「陰性」も「陽性」「非陽性」とすれば見間違いは減るにしても、違和感が半端ありません。

どっかで見たことあるな、と思いましたが、ジョージオーウェル「1984」のニュースピークでした。あれくらい権力による統制で締め付けていたら、エレベーターの文字の見間違いでどうのこうの言う人すらいないでしょうけれど。

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