止められないことは体に悪い

「死ぬ気でやれ、死なないから」
という言葉は、多少の語尾変化がありつつ、色んな人により言い続けられてきました。

この言葉は、成功には並外れた努力が必要という、ごく当たり前の理屈を教えると共に、他人から過度な取り組みを求められるパワハラ要素も含んでいます。

何に対する取り組み、努力になるにせよ、死ぬ気でやって実際に死んでから
「あの言葉は嘘だぞ! 本当に死ぬぞ!」
という反論は出来ません。まさに死人に口なしです。いわゆる生存者バイアスです。

あくまで、死ぬ気でやるだけで本当に死ぬほどの過酷さを自らに課してはいけないのですが、日本人は「過労死」を「karoshi」を英語の辞書にも載せるほど、過重労働してしまいます。

何かを過剰にし続けて死んでしまうというのは、他にもゲーム(特にオンラインゲーム)依存が激しすぎて死んでしまう、というニュースは他の国のニュースでたまに流れます。

自分で自分に課す作業がコントロール出来ないという点では、仕事もゲームも似ています。仕事で過労死する人は、自分で具体的な業務内容を決めるよりも、上司から課せられているケースばかりのはずです。また、ゲームについても対戦相手やCPUとの戦いが続き止められず、またどんどん新たなステージに進んで夢中になってしまいます。

自分でコントロール出来る作業であれば、死ぬ気でやっていてもそうそう死ぬことはないでしょう。

死ぬ死なないという凄惨な話ではなくとも、夢中になって身体に悪い影響を与えてしまうことはよくあります。

昨今はスマホの使い過ぎによるストレートネックが問題視されています。夢中になると体が少々変な姿勢になっていても構わず続けてしまうというのは、結局はゲームにしろSNSにしろ自分の動作よりもスマホに表示される画面内での展開に振り回されているということです。

ゲームなら前述のように、自分が展開も結果も全て決められるわけではなく、自分が知らないプログラム要素と偶然により新たな場面場面が次々に生まれて、眼も手も離せなくなります。

SNSではフォローしている人の書き込みに自分が反応することもあれば、自分が投稿した内容に対して他人が反応してくれることもあります。

どちらにしても自分の動作を自分でコントロール出来ず、後に回すことも非常に難しいため、身体に不調をきたしてでも続けてしまいます。

私はスマホやKindle端末で電子書籍を読みますが、そうは長時間ぶっ続けということは出来ません。何なら、5分も同じ姿勢ではなく手を入れ替えたり目線を逸らしたり、ちょっと目を閉じて休止したりします。

それは固定化されたコンテンツである本を読んでいるからであって、自分の動作を自分で十分にコントロール出来ます。電子書籍に限らず、紙の書籍であっても同様です。この点では読書は比較的マシな趣味でしょう。

仕事は別に楽しいわけではないですが、それにより収入を得て生きていくためのものです。中途半端なところで勝手に止めてしまうということも出来ません。ゲームであれば楽しいという感情、快楽を得る一方で、全身の物理的負担がそれほどでもないため長く続けてしまえるということもあるはずです。

自分で自分をコントロール出来るかどうかというのは、健康のためには重要です。

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