給付と貸付のアンバランスさと今後の奨学金の在り方

持続化給付金を巡る詐欺というか純粋な犯罪には、国税局職員まで摘発される自体になりました。高校生やら大企業従業員まで、色とりどりの容疑者が並んでいますが、そもそも急いで給付するためにチェックを甘くしたのですから、時間が経って綿密に調査すれば詐取が発覚してくるのは当然です。

これは生体認証の本人拒否率・他人受入率のジレンマと同じです。間違って他人が認証を通ってしまう他人受入率を下げれば下げるほど(厳密に認証処理を行えば)、本来通すべき認証が拒否される本人拒否率も上がってしまいます。

給付金にしても条件を厳しくしてチェックも厳しくすれば詐取される可能性は減りますが、本当に急いで給付が必要な人が拒絶されたり時間がかかったりする可能性が高まります。これをどの程度のラインにして実行するかが難しいのはもちろんですが、今回のコロナにおける持続化給付金は政策としてチェックを緩めてでもバラまくと決めたわけで、事件が起きたからチェックが緩い政府が悪い、という批判はあまり意味が無いでしょう。

しかし、持続化給付金はザルでジャンジャンお金を出していましたが、その一方でコロナ禍によって生活が困難になった人に対して無利子で貸付る緊急小口資金・総合支援資金による融資を受けた人たちが、自己破産をしているという問題も存在します。

融資・貸付は本来返すことが出来る人に行われるものであるのに、実際には返すあてが無いけれど生活するためのお金が無い人が貸付を受けていた、ということだったのでしょう。それこそ、本来は貸付ではなく給付金で対応すべき困窮対策だったのです。

ザルな持続化給付金を収入がある人が食い物にしている一方で、返済義務がある貸付を借りた困窮者が自己破産している社会が健全であるとは言えません。

大学生の奨学金も似たような話で、返すあてがある人が借りるのなら良いのですが、奨学金を受ける時点ではまだ将来の収入は確定していません。それでも昔であれば大卒者が就職できない可能性やワーキングプアに陥る可能性は低かったですが、現代では大学卒業後、奨学金を返すどころか生活するのも厳しい現実が待っています。

学費自体が昔よりもかなり高くなっていることも奨学金を返せなくなっている一つの理由でしょうけれど、そもそも返済必要な奨学金は「奨学金」ではなく、就学ローンとでも呼ぶべきではないですかね。少なくとも学問を奨励するための資金ではないでしょう。

かつては大学進学によって、より収入の高い仕事につくことが出来、それによって奨学金を返済する、というサイクルが成り立っていましたが、徐々にほころび始めています。

返せない奨学金を借りた学生を非難するよりも、大卒者がそれなりの収入のある仕事に就けなくなった以上は奨学金どころか大卒→就職という社会システムの問題です。もはやそこに無理があります。

少子化、そして人口減少社会になった日本では、大学の数自体も減らさざるを得ません。もっと言うと、大学に通う学生の数を減らさないといけなくなります。それは結果的に、大卒者を減らすことになりますが、大卒でないと無理な仕事というのが永遠に増え続けるわけではないのですから当然です。

もちろんその一方で、大学に行かなくても収入を得られる仕事が存在することが前提ですが、就業可能人口が減少していく社会においては、学生のモラトリアム期間は少なくする社会的要求が出てくるのも当然でしょう。高校から大学進学が一般的な進路ではなくなるかも知れません。

いずれは高校→就職→大学→就職という、欧米的なキャリア形成も珍しくはなくなるのではないでしょうか。ただ、これは高卒後の仕事で大学費用を蓄えられるほどの収入があることが前提なので、これからの日本でそれが成り立つかどうかは微妙でしょうね。

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