AIが奪う仕事はデジタル作業が一番最初のはず

画像生成AIを使って制作した絵画がコンテストで1位を獲ったことがニュースになっていましたが、今後は似たようなことが出てくるでしょうし、そもそも止めることも出来ません。

もし止めようと思ったら、デジタルデータを印刷したものは応募禁止というか、油絵のような簡単に印刷では作成できないジャンルの絵画のみ、人間自身が作ったものとして認めることしかないでしょう。

AI絵画も人間が作ったものとして、ただ単に便利な道具を作っただけ、という主張もありますがそれはさすがに無理筋というか、それが通るなら絵が上手い人にコンセプトだけ伝えて描いてもらった絵画の製作者がコンセプトを考えた人になってしまいます。

デジタルではなく現物の芸術作品なら人間が作ったものの証明になるか?というとそんなわけでもないでしょう。石膏や木彫りの芸術作品も今ではCADを使って3Dプリンタや削り出しで精密な作品を作成できます。それを人間が作ったものか機械が作ったものかの区別はつけられないでしょう。

人工知能が奪う仕事、として数多くの仕事が挙げられていますが、奪える仕事と奪えない仕事があるというよりは、全部奪おうと思えば奪えるが、仕事のアウトプットを人間が好むかどうかの違いだけだと思います。

具体的には、例えば将棋のプロ棋士のほぼ全ては、将棋AIよりも弱いでしょう。最高レベルの戦いを実現するなら、AI同士の戦いになるはずですが、それよりも人間同士の対戦の方が、人気もあるし賞金も高く話題性にも事欠きません。藤井聡太の名前は将棋好きでない人でも知っているでしょうけれど、将棋AIソフトの名前を知っている人はごくわずかです。

もっと極端な例なら、人型2足歩行ロボットが100mを5秒で走ったところで、へーすごいね、で終わります。ケンブリッジ飛鳥が9秒台で走ってオリンピック金メダルを獲ったら日本中が大騒ぎになるでしょう。

結局、コンピュータ、AI、ロボットが奪う仕事は、そのコンピュータが得意な計算などのデジタル作業であり、人間味を出す必要がある作業や仕事は代替できません。人間が評価する仕事や、人間が求められる作業は今後も人間の仕事として残るでしょう。それが社会全体でどれくらいのボリュームがあるか知りませんが、コンピュータがやった方が得意な仕事は置き換えられていくはずです。

そう考えると、
「今後はAIが仕事を奪う時代だからプログラミングを覚えるべき」
という理屈には少し疑問を覚えます。

プログラミングこそ本来はコンピュータが得意な作業であり、ノーコード・ローコードの開発ツールはすでに山ほどありますが、さらに今後も増えていくでしょう。ノーコードツールを作るのは人間ですが、それもいつまで人間が任せられるかわかりません。

特異的なプログラミング能力を持っているなら別でしょうけれど、言葉は悪いですが凡百なプログラミング能力であれば、AIに真っ先に奪われる仕事のように思えてなりません。

人間同士で何かやる仕事か、人間がコンピュータに関わる部分の仕事であれば、シンギュラリティを迎えても、なんとかなるんじゃないでしょうかね。

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