誰かを羨む気持ちというのは、誰にもあるのかも知れませんが、その誰かの立場や状況をそっくりそのまま自分と入れ替えたいと思うとなると、それは羨むというよりも妬みに近いかも知れません。
少し前に岸田総理が秘書官に息子を任じたことがかなり批判されていました。私自身はそれ自体はそれほど悪いこととは思っていません。その立場を利用して賄賂を受けたり、不必要に高額の収入を得たりするなら別ですが。
もちろん、批判するのも当然でしょう。中国や北朝鮮やロシアやイランではないのですから、最高権力者を批判する自由が日本にはあります。
とはいえ、その立場を羨ましいという意見には賛同できないというか、
「本当に父親が総理でその秘書官に就く立場になりたいか?」
と疑問に思ってしまいます。
朝晩関係なく、平日土日関係なく、知らされる情報には大量の機密情報が存在して気が抜けない仕事のはずですが、皆さんそんなに国家機密に携わりたいのでしょうか。
あの息子が政治家を目指しているから世襲だ、という批判も分からなくはないですし、世襲によって権力の継承がなされて社会階層が固定化されるのも問題です。それは確かです。
政治家が世襲するのは、これまで得たモノを失わずに子どもに継がせたいから、というのがあるかも知れませんが、そもそも財産は選挙に費やしてもし負けたら失ったまま戻りませんし、権力も子どもが馬鹿なら維持出来ないでしょう。名声は引き継げず、親が偉大なら子どもはかえって苦しみます。
政治家が世襲するのは本人・子どもよりもその周りで既得権益を得ている支持者達が、その既得権益を失わないためにそうさせている面もあるでしょう。子どもなら親の面倒を見ていた後援者を見捨てないだろう、ということです。
自分であれば、批判すべきは利益誘導型政治の在り方なのですが、これは少なくとも明治期以来からの日本の伝統ですから、そう簡単には覆せません。野党自体が各種団体の支持を受けているのですし。
政治家は旨味が無い仕事とまでは言いませんが、別になりたい職業とも思えません。偉い人や上流階級な人ならまた違う感想があるのかも知れません。ただ、職業選択の自由を享受出来るに親の政治家の仕事をさせられる立場は、私にとっては全く魅力を感じません。
皇室の誰かに対しても、税金で生きてるのにとか、ただで留学して勉強しているとか言われますが、政治家以上に生まれたときから自由も無く権利も制限されている生き方を強いられる人生を、私は羨ましいとは思えません。
結局、幸せは誰かと比べるものではなくて、感じるものなのですよね。他人と比べて自分が不幸だと思い、その誰かと入れ替わりたいというのは、自分が今持っている見えないものを捨てることと同義です。
卑近な例えで言えば、私はガンバ大阪のサポーターですが、自分が応援するガンバが優勝してほしいのであり、優勝する他クラブのサポーターになって、その優勝を味わいたいとは丸っきり思いません。
今の自分が何もかも嫌で苦労に苦労を重ねた人生を送っている人なら、羨ましい人生を送っているように輝いている人と入れ替わりたいと思うのもしようがないのでしょうが、多分、入れ替わってもそんなに幸せにはなれないんじゃないですかね。
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