未就業者は一律の逸失利益で良いのでは?

事故に遭って亡くなった聴覚障害児の逸失利益は、通常の場合の85%に当たるという判決が、先日の大阪地裁で出されました。

これについては差別、不当なものだという意見がすぐに沸き起こり、今後の動きも色々あると思われます。

判決理由としては、厚生労働省の調査結果によると、聴覚障害者の収入は全労働者の平均の約7割となっているが、テクノロジーなどである程度はカバー出来るので、差の半分に当たる15%を加えて85%という結論のようです。

結論に至る理由を見ると裁判官側もこれまでよりは考慮しているのですが、原告側あるいは障害者を支援する立場としては、やはり100%と認めてほしいでしょうし、それは当然でしょう。その一方で地裁側も完全に障害者を一方的に差別しているわけではないことは、一応は考慮しておくべきことでもあるはずです。

現行の法律と判例そして客観的なデータによって判断した結果での判決ですから、
「とにかく全て平等にすべき」
という感情が最優先される裁判官がいたらそれはそれで問題でしょう。

今後、高裁さらに最高裁まで争うことになるかも知れませんが、これは最高裁で憲法違反としてひっくり返ったら、憲法の教科書に載せられるような重要判例になりそうな気がします。

個人的な感覚としては、健常者と障害者で逸失利益が異なるというところがどうかという意見については、他の立場でも同様で、例えば東京大学医学部の学生と、言葉は悪いですがいわゆるFラン大の文系学生でも、将来の逸失利益は大きく異なります。

親ガチャという言葉が昨年の流行語にもなりました。勉強・学力だって周辺環境によって大きく左右されて、それが学歴に反映されてしまう面は確かにありますが、それに対して奮起して学力を高めることは本人次第である程度はなんとかなるものです。

それでも、将来の就職先、仕事によって逸失利益が異なるとするのであれば、それは本人の努力や学力が反映されたものでしょうがないですが、本人の資質ではどうしようもない先天的な障害に起因する逸失利益の差は、やはり憲法違反と考えるべきではないかと思います。

親の育て方による逸失利益の差が出ることも、親ガチャの理屈から言えば本人の問題ではないということにもなり得ます。

いっそのこと、未就業者は一律の逸失利益とするのが一番平等なのかも知れません。医学部生だって確実に医者や高収入になるとは言えませんし、弁護士だって儲からずに廃業する時代でもあります。

実際に仕事をしているならその年収×定年までの年数が逸失利益の算定基礎とすることは容易ですが、まだ仕事をしていない人の将来の稼ぎを予想するのは、本来なら相当困難なはずで、差を付けることも難しいのではないでしょうか。

今回の裁判は今後の日本社会にも大きな影響を与えるかも知れません。最高裁まで争っていくのであれば、働きかけるべきは、今回の地裁の判決(あるいは裁判官)への批判ではなくて、最高裁が判例を変更出来るような社会情勢にするか、国会議員からの議員立法にするくらい、有権者として国会議員に圧力をかけるほどのムーブメントを起こすか、という方面でしょう。

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