ドイツが脱原発を完了したというニュースが先週ありましたが、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230416/k10014039901000.html
日本で東日本大震災時に福島第一原発の事故を見た当時のメルケル首相が、それまで推進していた原発政策を急転回して脱原発に踏み切り、10年以上かかって実現しました。
これと、日本の原発政策を見比べて批判する向きも少なくないのですが、ドイツはロシアからの天然ガス供給に不安があるために石炭火力発電を増やして二酸化炭素排出量を増やす仕組みを選び、かつ、緊急時にはフランスの原発から電力を融通してもらう約束も取り付けているので、同じことを日本がそのままやれというのも無理があります。
もちろん、これまでの日本における原子力ムラの遵法意識・安全施策の欠如には呆れることも多いですが、今の日本で原発ゼロというのは経済・社会・生命の安全と安定に大きな危険をもたらします。
自然エネルギー、再生可能エネルギーはまだまだ発展途上で、研究も実地利用も進めていくべきですがそれだけでは社会が維持出来ません。火力発電の原料も遠くから輸入せざるを得ない日本で、原発ゼロというのはあまりにリスクが高すぎます。
エネルギー源にも多様性というか、何か一つが使えなくなったときでも他のエネルギー源でカバー出来るように準備しておくべきです。
農業で言えば、換金しやすい・輸出しやすい・育てやすいといった理由でモノカルチャーという、単一の農作物に頼る国や地域がありますが、その農作物が凶作になったり、疫病が流行ったり、あるいは国際価格が暴落したりすると、途端に国家経済も農家の生活も破綻します。
原子力発電も火力発電も環境破壊を理由にキャンセルしすぎてしまい、自然エネルギー「だけ」に頼ると、いざその自然エネルギーを得られないような
状況になると、社会は一体どうなるでしょうか?
自然は人間がコントロール出来ません。予測も非常に難しいものです。予測が出来たところで、数日、数週間あるいは数ヶ月で新規の火力発電所や原子力発電所を建てることなど出来ません。
欧米のリベラルが自然エネルギーを過剰なほどに重要視している姿を見ていると、人間が万物を支配するという傲慢さも感じられます。
今の人間にはまだ、自然エネルギーだけの「モノエネルギー」は早いと思います。
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