コロナ後の日本は冷たいスープを冷ますか、熱いスープを飲み干すか?

「羮に懲りて膾を吹く」
という慣用句は、軽率な行為で痛い目に遭った後、逆に無駄に用心しすぎてしまうことをいう言葉ですが、コロナ禍で七転八倒したこの3年間を過ごした日本社会、及び世界は、次の脅威に対してどのように対処していくでしょうか。

新型コロナウイルスの脅威が正確にはまだ100%去ったわけではないですが、五類移行により季節性インフルエンザと同等の扱いをされることになりました。

街中でもマスクをしていない割合は日に日に増えていますし、私自身、外出時にマスクを外す場面はかなり増えました。というかマスクをする場面の方が限られています。

コロナ禍前の日常を取り戻したのは間違いありません。先日Jリーグが発表した2022シーズンの先行発表においても、各クラブの収入がコロナ前の状況に回復していることが言及されています。

コロナのことはまだ医療機関にとっては大変な相手でしょうけれど、一般人にとってはインフルエンザ並となりました。

この3年間、日本含め多くの国・社会において、混乱と激論と軋轢を生みました。そこで食い違った人々は多分今後もニッコリ笑顔で仲直りなんてことにはならないでしょう。あまりにも感情的な中傷合戦になりすぎてしまいました。

数々の対策と尽力と制約によってコロナ禍を克服したはずですが、もっと緩い自主規制・緩い政策・緩いワクチン方針でも良かったのではなかったか、という検証は起こり得るでしょう。そのこと自体は否定しませんが、問題は未曾有の事態にぴったり過不足無く対応することの困難さを無視して批判してしまうと、次の脅威に対抗するときに大きな失敗を招きかねません。

もし、将来また感染症や何らかの人類の脅威に対して、
「新型コロナウイルスの時は過剰な反応をして社会に悪影響が出たのだから、今回はそうならないように規制などを極力無しにしよう」
ということになると、逆に被害が広がり悲惨な事態を招くことだってあるでしょう。

羮に懲りて膾を吹く、というよりも、膾に懲りて羹を一気飲みするようなことにならないことを祈ります。

もちろん一番良いのは、新しい脅威に対して国家・政府・社会が余分も不足もない100%ピッタリの対策・規制をすることですけれど、まあそんなことは出来るわけないのですから。

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