先日もストーカーによる殺人事件がありました。この「先日」の中において1件だけとは限らないのが、もはや従来の対策では対処しきれないほどの状況に陥っていることが明らかである証拠でもあります。
「事件が起きないと動かない」とされる警察には、もっと早い対処をしてほしいものですが、現行法の解釈の変更で良いのか、足りないなら現行法の改正を進めるべきか、ということになると、警察(イコール行政)ではなくて国会や裁判所での新しい動きが必要となります。
こういった事件が起きる度に、「事件が起きる前の対応」を強く求めるのは多くの人に共通ですが、これが国家レベルの安全保障問題になってくると俄然変わってきて、相手(北朝鮮とか中国とかロシアとか)が日本に攻めてくることなどあり得ない、日本が相手に対抗して軍事力を強化してはいけない、という理屈に変わる人がいます。
公然とミサイル発射による威嚇を繰り返し、または頻繁に国境侵犯を仕掛けてくる仮想敵国が存在することはスルーしてなすがままにするのは良くて、潜在的な事件の可能性についてはれっきとした対処を求めるのは矛盾してないでしょうか? 何より、国際社会には強制力を持つ警察も裁判所も存在しません。自力で自国を守る意思があれば助けてくれる国がいる、ということは、昨今のウクライナを見ていれば分かるはずです。
国家レベルの問題と個人レベルの問題をゴッチャにするな、と言われそうですが、前述の国家安全保障について日本の対応を非難する人のカテゴリーは、日本政府の莫大な債務の危険性について個人レベルの家計における借金に置き換えて「分かりやすく」非難している人のカテゴリーと、結構重なっているように思えます。
経済問題は個人と国家を相似的に考察する一方で、潜在的危険性については個人と国家を混ぜて考えてはいけないと断じるリベラルのダブルスタンダードは、一般大衆の感覚からは相当にズレています。第二次安倍内閣から何度でも国政選挙で批判勢力たる野党が負け続けている理由でもあるでしょう。
アカンもんはアカン、ヤバいものはヤバいというのは当たり前の話で、問題提起のやり方を変えないと、多分来年以降の国政選挙でも与野党の割合は変わらないでしょうね。
コメントを残す