フードロス問題は未だ社会問題として存在します。ミクロレベルでは頑張って廃棄を減らそうとする動きはあるのでしょうけれど、マクロ的に大きな改善がされるような政策や決断は行われていません。
それだけ難しい問題ではあるのですが、その一方で相対的な貧富の格差の増大もありますし、生活保護などの福祉にアクセス出来ずに餓死する人もいます。
この2つの社会問題を短絡的に結びつければ、フードロスになるような賞味期限切れの食品、廃棄されようとする食材を、生活に困窮している人に無償で配布する、という解決策が導き出されます。
これにより、捨てる側も貰う側も喜んでWin-Win、となれば良いのですが、そうなるとは限りません。
廃棄直前の食品・食材に限って(もしくはそれを中心的に)、生活困窮者に渡すとなると、ある意味、差別的に感じる人もいるはずです。嫌な言い方をすれば、「腐りかけのものなら恵んでやってもいい」という解決策なのです。
こう言うと、そんなことは許されない、人道的ではない、生活困窮者を馬鹿にしている、人間の尊厳への挑戦だ、といくらでも批判意見は出てくるでしょう。
では、捨てられようとしている食料はそのまま捨ててしまい、賞味期限に余裕があって廃棄食材ではない食べ物を選定して貧困層に渡せば良いのか、という話になるとどうでしょうか。
フードロス問題はそのまま何もされずに残り、その一方で普通に売られている食料を購入して配布することになる予算も追加で必要となってきます。
廃棄する間際で食べられるものを、欲しがる人がいるのにそのまま廃棄することが正しいのか?
あえて言うなら、フードロスにおけるトロッコ問題のようなものでしょうか。
本家のトロッコ問題は、レバーを操作して多くの人の命を救う(イコール少ない命を奪う)方が良いのか、操作せずにそのままにして多くの人が死ぬ方が良いのか、という思考実験ですが、このフードロストロッコ問題は、廃棄間近の食料と人間としての尊厳との天秤です。そして、思考実験ではなくて実際にすぐにでも動ける(あるいはあえて動かない)問題です。
社会は、そして人間はどうすべきでしょうか?
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