GDP至上主義の終わり、21世紀の在り方

GDP(GNP)を経済指標として絶対視していた20世紀に比べると、21世紀に入り先進各国が低成長に苦しみ始めると、GDPだけを重視するのは良くないとも言われるようになりました。

都合が良いと言えばその通りの転換なのですが、実際、GDPには欠陥があるのも事実です。人口が増加すればGDPも増えていきます。増えた人口は、付加価値を生み出す労働力の供給元であり、その付加価値を増した商品・サービスを購入する側にもなります。

それ以外にも、近代化する前の家内労働が資本主義化すれば、人口規模が変わらなくてもGDPは増大します。例えば、家事としての料理を作っていたのが、家の外で購入したり食事したりするようになれば(つまりは飲食業界が成立すれば)、GDPは飲食業界の分だけ増加します。家族が介護していたのを介護事業者に任せればその分GDPも増えます。あるいは、直接雇用で従業員を雇っていたのを、派遣事業者から供給を受ければ、上乗せ分だけGDPは確実に増えます。

実際の計算においてそこまで単純ではないにしても、GDPが増えたら増えた分だけ個人の生活が豊かになるかというと、そんなわけではありません。国家別のGDPではなく、一人当たりGDPならまだ個人の豊かさの指標にはなり得ますが、先述の通り、かつては無償だったものが有償になったことで増えたGDPは、直接的に個人の懐が増えることにはつながりません。

全体が豊かになる、あるいは社会上層の一部が豊かになれば、いずれはみんなが豊かになれるという、安倍内閣のトリクルダウン論や、鄧小平の先富論に代表される考えは、例外的な一部の期間・業態・階層でしか通用せず、社会全体が豊かになるわけではないことは、現実社会が証明しました。

とは言え、社会全体が貧しくなっていった共産主義はもはや誰も支持しないでしょう。

次は、21世紀において広がりつつある、経済ブロック化した独裁主義の時代になりつつありますが、多分これも失敗するんでしょうね。プーチンと習近平が証明しつつあるのでしょう。

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