生まれ育った場所に近いところに今も住んでいるので、子どもの頃に遊んでいた付近は今でもたまに通ります。
公園やその頃の友達の家、あるいは当時は空き地だった場所、よく行っていた駄菓子屋などなど、見ればすぐに記憶が蘇ります。
よく遊ぶ友達はだいたい決まっていて、さらにその子らと一緒に遊ぶ場所もだいたい決まっています。別グループの子らが先にその遊び場を使っていたら別のところに行くことになります。
ちょうど時代としては1980年代、任天堂がファミリーコンピュータ、ファミコンを発売した時代に当たります。誰かの友達の家に置いてあり、楽しんだ結果、兄弟揃って親にねだるという流れを経過しましたが、多分あの時代の家庭はどこもそうだったのではないかと思います。
また、80年代後半からはバブル景気によりボコスカ大量のマンションが建っていきました。まだわずかに残されていた空き地も当然ながら容赦なくマンションが建設されます。
マンションが建てば人口が増え、子どもの数も増えます。あの頃のマンションはまだタワーマンションというほどの高さのものはなく、住宅街には10階建て~15階建てあたりが多かったですね。
私の住んでいた地域は元々は準工業地域で、バブル前まではマンションはほぼ無く、工場が多かったのですが、バブル景気時に工場の大半が郊外に移転したり無くなったりして、どんどんマンションに置き換わっていきました。シムシティかと思うくらいに。
そういうこともあり、外で遊ぶ場所も頻度も減っていった一方、マンションに住む友人が増え、同時期に爆発的流行をしたファミコンを使って誰かの自宅で遊ぶことが増えました。
その場合にしても、今日は誰の家に行く?ということを、どのようなコミュニケーションやプロセスを経て決まっていったのか。もはや覚えていません。
別にファミコンがある、ゲームがあるということで決まっていたわけではないし、偏っていたわけでもないのですが、子ども同士の話し合いの過程ってどういうものだったのでしょうね?
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