移民によるデータ上の変化はあるのか?

欧州での移民を巡る賛否両論の問題は一向に止まず、むしろ悪化しているようにも思えます。

移民、特に別の地域、大陸、文化圏からやってきた人たちは、移住先の人たちとは異なるバックグラウンドを持っています。

19世紀、20世紀前半くらいまでなら、移民は移住先に同化しないとその地で生きていけなかったのが普通でした。今ほど人権も保護されていなかった時代ですから、政府や地域共同体が同化しない移民に対して厳しい対応で臨んだことは容易に想像できます。

しかし、今では移民が元の文化・生活習慣・宗教・考え方を保持したまま移住先に住み続けることが出来ます。むしろそれを否定する人間はナチスやヒトラー扱いされて社会的に抹殺されます。

別にそのこと自体は良いことですが、移民が同化しないままいるのであれば、経済的・社会的な統計データが従来とは異なる結果になるのではないか、と勘ぐってしまいます。

移民と犯罪率・件数を結びつけて考える行為は、今の西洋社会でやると一発で極右認定されますが、それ以外の統計との照らし合わせは大丈夫かどうか分かりませんが、ロイターのこの記事を見て少し思ったことがあります。

https://jp.reuters.com/world/europe/MJVKWPGTYJO63GV6VXIGVUXGIA-2023-12-05/

記事ではコロナ禍が一因だがそれ以外に教育制度における構造的要因があると書かれています。しかし、グラフを見ると下がり始めたのは、2013年あたりであり、ちょうどアフリカ・中東からヨーロッパへの移民が大量に流入した時期に当たります。

移民がみんな移民キャンプに住み続けて仕事も勉強もしないわけではなく、大半はなんとか仕事を見つけ、その子どもたちは学校に通います。

それまでのバックグラウンドが全く異なる人たちが短期間で多く流入した母集団で、統計を取った形になっているはずですが、
「移民が来たからデータに変化があった」
と言ったらやっぱりヒトラー扱いされるのでしょうか?

別に移民がバカだからと言うつもりは毛頭ありません。移民として移住してくる人はそもそも従来住んでいた地域で、充分な教育を受けていたとは考えづらいです。その点でまず第一のハンディキャップがあります。

また、移住先では言語やコミュニケーションの問題があり、学習カリキュラムも元いた地域とは丸っきり異なるでしょうから、移住先でもすんなり教育制度に馴染めないケースもあるはずです。

こういったことから、移民個人に原因が無い理由での「移民によるデータ上の低下」ということはあり得るはずだと思うのですが、こういったことを証明するには、西欧社会でもはやタブー視されている「移民とそれ以外を峻別した統計調査」を行うしかありません。

しかし、それが社会的に、あるいは法的に許されないのであれば、今後もずっと原因を突き止められないままなんじゃないでしょうか。

個人的には、フランスや北欧国家で出生率が改善された理由の一つに、ムスリムの出生率の高さがあると思っていますが、宗教別の出生率についてはどうなんでしょうか。

https://honkawa2.sakura.ne.jp/8650.html

アメリカ合衆国における人種別だとこういうデータもあるようですが。

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