武は人に必要なもの、文は人間に必要なもの

「文武両道」という言葉は、元はその名の通り学問と武芸のどちらにも優れている様を表す言葉ですが、現代日本において使われるシーンとしては、学生や生徒が勉強もスポーツも出来る場合によく出てきます。

学問と武芸をもっと抽象的にすると、人の身体的な能力と頭脳的な能力に変換出来るでしょう。そしてそれはどちらも人にとって必要なものです。

身体的な能力がないと、人が「ヒト」=「ホモ・サピエンス」になることはなかったでしょう。人類が生き残って来られたのは、「武」があってこそです。

その一方で、ヒトが社会を形成し、発展してきたのは「文」によるものです。社会の運営に必要なルールや制度を運用し安定させるには間違いなく頭脳的な能力が必要です。

人間が生き残り、社会を作っていくには、トータルで見れば「文武両道」でないといけないのです。

ところで、「文」の文字には意味が複数あります。読みかたも、ふみ、あや、ブン、モンなどと分かれています。

複数ある意味には、文字や言葉以外にも、飾り、模様、学問や芸術・教養などがあります。社会を作るには文字や言葉があって当たり前ですが、文とは飾りであり、人間が社会を生きるためには必要なものです。

昨今では教養の必要性は説かれなくなりました。専門的、実践的、現実的な学問ばかりが重要視されていますけれど、生きるために必要なものだけしかなければ人間とは言えないでしょう。

教養=文があってこその人間であり、文=飾りをなくした社会の行く末がどうなるか。

結構分かりきった未来だと思うのですけれどね。

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