効果が無かったモリカケ問題をあれほど執拗に追求し続けていたのも、倫理的には正しいのかも知れませんが安倍内閣打倒の戦略上は大失敗でした。注いだリソース、エネルギーはかなりのものになります。そして結果的には安倍内閣はずっと継続しています。
何度も国政選挙を行っても国民がモリカケ問題に関心を示さなかったのは、はっきり言うと自分には関係ない問題だったからです。地方(大阪)のさらに地方(豊中)における大して大きくもない学校法人の問題と、これまた地方(岡山・愛媛)の新設獣医学部の問題でした。どちらにしても安倍首相や近くの誰かが賄賂をもらって便宜を図った、という一般的な汚職の構図がどれだけ調べても出てきませんでした。だからこそ「おともだち優遇」という小学校の終わりの会みたいな批判しか出来ませんでした。
批判することは必要でしょうし、声を上げるべき問題だったかも知れませんが、問題はリベラル勢力による安倍批判がモリカケ問題に集中しすぎたことです。安倍内閣中期における批判の大半がこの問題に集中しました。国民がどうでも良いと思っていることに気がつかずに。
そのため、リベラル勢力は国政選挙で負け続けました。リベラル勢力をまとめる人間や団体がいなかったことがその原因だったかも知れません。「モリカケ問題を追及し続けても勝てない」ということに気がつかなかったのか、あるいは気がついていても他に攻め手がないからしょうがなかったのか。
どちらにせよリベラルは負け続けました。
2016年に成立したいわゆる安保法制に関しても、リベラル・左翼陣営としては長年主張し続けてきた論旨でのみ反対していました。
安保法制が正しいか、その反対意見が正しいかというのは立場によって異なる以上、自分とは逆の意見を持っている人を論破するだけでなく、宙ぶらりんな人を味方につけて自陣営を増やさないと行けないはずです。自分たちの意見に賛成する人が少ないのであれば、意見ややり方を変えなければ状況は変わりません。
しかし、リベラル勢力の戦術は全く変わらず、安保法制イコール侵略戦争という枠組みでしか語れませんでした。多分、リベラル勢力の声の大きい人達はこれまで繰り広げてきた主張以外を口にすることは負けだと思っているのでしょう。やり方を変えなければ負け、やり方を変えても負け、ということであればやり慣れた今までの戦術でいいんでしょうね。頭使わなくて済みますし。
この安保法制では内閣・自民党側にもウィークポイントはありました。支持母体の絡みもあって野党時代から含めて平和を主張してきた公明党が大きく揺れていたからです。公明党と創価学会の間で隙間風があることが公然と指摘されるくらいになっていました。
自民党が公明党を必死で説得し、成立させたのとほぼ同時期に、公明党が主張していたプレミアム商品券の新たな発行(つまりは税金投入)も通りました。
2019年版プレミアム商品券の最新情報まとめ
【参考】2015年にも発行された
https://www.keigenzeiritsu.info/article/18817#2015
タイミング的にはバーターですがもちろん、バーターであることは内閣も自民党も公明党も認めるわけがありません。今年と同じく消費増税(2014年に5%から8%に)に合わせた消費刺激策でしたが、創価学会に多い中小商店主にとってはありがたい話だったでしょう。
こういうところを突くべきだったと思いますし、それこそ自公政権の分裂させるところを目標にすべきだったと思いますが、あくまで本丸の安倍内閣打倒のみに絞っていたために結局はリベラル勢力は敗れました。
今年の参院選でも消費増税がたたってか改選前議席を自民党は下回りましたが、過半数は確保しているためダメージはありません。改憲にむけて3分の2を取れなかったことが失敗といえば失敗ですが、3分の2取ったところですぐに改憲できるわけもなく、次の衆院選で圧倒的な勝利を収めない限り発議も難しいことは分かっているでしょうから、これをもってリベラルの勝利と宣言するのも難しい話です。
結局のところ政権交代するには与党側が分裂しないと不可能です。細川政権の成立は選挙前に日本新党・新党さきがけ・新進党など多数の議員が自民党を割って出たことによるものです。衆院選そのものでは第一党は自民党だったのに、憲政の常道を無視して共産党以外の第二党以下による連立政権で出来たものでした。そのためか、あっという間に瓦解して自社さ政権に戻りましたが。
鳩山内閣への政権交代も、その数年前に小泉改革による郵政民営化に反対する議員を自民党から追い出したことが自民党の力を弱めたから起きたことです。野党側・リベラル勢力の主張が国民の多数の支持を得たことが直接の原因ではありません。状況の変化に応じて国会内の力関係を変化させないと政権交代は起きません。
リベラル側は自分たちの主張をするだけでは勝てないのです。
そもそもその主張自体にも内部に矛盾があります。
今年の消費増税について政府を批判するのは当然です。増税を素直に受け入れる国民なんて世界的に見ても存在しないでしょう。しかし、この増税は批判しつつも財政均衡、赤字国債の削減を主張するのもおかしな話です。増税分をどこかで補填しないといけないですが、富裕層と大企業への課税を主張するだけですし、それに加えて福祉や年金のさらなる増額も主張してしまえば論理破綻もいいとこでしょう。
第一、保守を自認しながら財政的にはリベラルな拡大路線の予算を組む安倍内閣をリベラルの立場から財政均衡を求める批判をする時点で無理があります。攻める側も守る側もお互いに矛盾しているのです。
さらに、安保法制や改憲に絡めて安倍首相をヒトラー、安倍内閣をナチス呼ばわりするのは、安倍氏に対する侮辱だけではなく、ナチズムの被害者に対しての侮辱でもあります。憎い存在なのかも知れませんが、ヒトラーやナチスに匹敵するような人類史上に残る残虐行為を行ったわけではありません。主張する側も知ってはいるが過激な言葉で世間の注目を集めて非難したいのでしょうけれど、これは逆効果でしょう。
周辺各国の状況を考えると不安になる国民に対して、ヒトラーと平和な人のどちらを選びますか?という選択肢を与えるつもりが、安倍総理はヒトラーと思いますか?という選択肢になってしまうと、「いやそこまでじゃないでしょ」という反応になり、結果的に安倍政権の勝利につながります。
ともかく、リベラルの人達はもう少し戦い方を変えた方がいいでしょう。このままだとまた次の衆院選でも同じように負けるはずです。
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