「一つの中国」という幻想のナラティブ

昨年の高市発言から日中関係及び台湾周辺が緊迫していますが、台湾問題で中国政府が出す言葉が「一つの中国」という原則です。

台湾の中華民国政府を認めず、台湾も中華人民共和国に含まれるという理屈ですが、先日の石平議員の台湾訪問でもはっきりしているように、中国政府の権力は台湾には及んでいません。事実上の独立国家であることは周知の事実です。

それでもお題目としては「一つの中国」原則は掲げ続けなければならないわけですが、その一方で、台湾側に回っている日米両政府もその原則を否定するまでには至っていません。あの原則は、1970年代にニクソン大統領及び田中内閣がそれぞれ中華人民共和国との国交正常化を行うために認めたものであり、原則を否定すると国交正常化の否定につながってしまうからです。

威勢のいい極右やネトウヨ諸君は、中国との国交なんて断絶してしまえ、と言いがちですけれど、そもそもニクソンによる電撃訪中で出し抜かれて慌てて日中国交正常化に動くことになった日本が、トランプに先んじて断交なんてできるはずもなく。

逆に言うと、中国側が国交に影響があるレベルの行動をしてきたり、いっそのこと断交措置を取ってきた場合は、遠慮なく「一つの中国」の原則を日米共にかなぐり捨てて台湾との国交正常化と国家承認を行うことをしてもおかしくありません。

所詮、西側諸国にとっては「一つの中国」原則は、中華人民共和国との国交樹立のために認めただけのナラティブに過ぎないのです。

高市発言からの中国側の締め付けはチキンレースのように言われていますが、「一つの中国」原則にしてもチキンレースみたいなものです。

もっとあえて言うなら、国共内戦を経て1949年の中華人民共和国設立後、77年もの間、独立した行政府の下で運営されてきた台湾は、もはや一つの中国にはなり得ません。

ポルトガルとイギリスの租借地から中国に復帰したマカオ・香港の例もありますが、外国との戦争の結果失った領土と、内戦で分離した地域では訳が違います。外国という共通の敵がない内戦の方が、憎しみ合いの度合いが強くなってしまいます。

その内戦で分離してしまった台湾を取り戻すため、中国共産党政府は、共通の敵の代わりに掲げているお題目が「一つの中国」という原則であり、それも結局はナラティブに過ぎません。

対外的には国交のためのナラティブであり、国内的には内戦を無かったことにするためのナラティブである「一つの中国」は、中国が台湾に軍事侵攻した時点で、対外的な意味も国内的な意味も失うことになるのです。

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