
最近のiOS、iPadOSではファイルを直接操作する事が出来るようになりました。パソコンほどではありませんが、以前よりはパソコンの操作方法に近付いたと言えます。
iPhone、iPad、iPod touch でファイル App を使う
https://support.apple.com/ja-jp/HT206481
AndroidではiOSよりも自由度が高いこともあり、ファイル操作するアプリを入れれば以前から直接操作する事が出来ました。ただ基本的にはファイルを直接開いて既定のアプリケーションが起動するパソコン用OSとは違い、アプリを起動してからファイルを選ぶというプロセスはiOSもAndroidも変わりません。
iOSの進化を見るに、スマホやタブレットの利用頻度が増えたことで、従来とは異なる使い方が増えたのでしょう。従来はアプリ中心でそのアプリで完結出来るデータ処理で済む程度の使い方だったのが、スマホ・タブレットの高速化・大容量化・周辺機器の充実といった発展を遂げた結果、パソコンのように使いたいという要望が増えたのでしょう。
WindowsにしろMacにしろLinuxにしろ、パソコンで使用するOSではファイルを中心とした処理でした。それがスマートフォンなどの登場によってアプリ中心になり、ファイルの存在を意識しなくなる、ということが書かれた山田祥平氏の記事を昔読んだ記憶があって、ずっと心に残っていました。探してみるとありました。多分これです。
■山田祥平のRe:config.sys■ 今、ファイルが危ない
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/392391.html
記事の最後には
(2010年 9月 10日)
とありました。9年以上前の記事ですが、今でも普通にバックナンバーとして読めるのはありがたいですね。新聞社などのマスメディアでは数年前の記事が消えていて読めなくなるケースは多いですから。
それはともかく、スマホやタブレットをその持ち味を生かす使い方をしている限りはファイルの存在を意識する必要は無いでしょう。上記の山田氏の記事中にあるように、動画や音楽はファイルの存在を意識せざるを得ないですが、それもストリーミング配信によって動画の第何話や音楽のアルバムの曲ごとにファイルが分かれているであろうことは想像可能ですが、配信されるコンテンツを続けて鑑賞する上ではファイルを選択して再生する必要はありません。この点は、動画や音楽がパソコンからスマートデバイスよりに移行しつつあるという見方も成り立つでしょう。
パソコン的な使い方をするのであれば、パソコンがファイルの集合体で成り立っている以上、ファイルやフォルダ(ディレクトリ)の存在を意識せざるを得ない。これは分かりやすい理屈だと思います。
その一方で、ドラクエウォークやパズドラをプレイする人が
「この音楽は別のファイルから読み出しているな」
とか
「このシーンでは画像ファイルを連続で読み出して重ね合わせてる」
とか考えるわけがありません。それは別にスマホ時代が来てからの話ではなく、プレステ、ゲームボーイ、ファミコンあるいはさらに昔のゲームウォッチでもそうでしょう。インストール後のファイル・フォルダ階層を見ることが出来るパソコンゲームの方が異質な存在とも言えます。
結局のところ、デバイスを何のためにどのように使用しているか、によってファイルを意識するかどうかに分かれるのではないかと思います。ファイルの存在が見た目の上だけでも消滅する時代が来る頃には、パソコン・スマホ・タブレットなどのデバイスそのものが全く異なるインターフェイス・表示方法を備えたまるっきり新しいデバイスに置き換わっているような気がします。そういう未来があと何十年後に来るのか分かりませんが、ドラえもんやペッパーのようなロボットを一人一つあるいは複数所有する時代になれば、人間がコンピュータを直接操作せずに何でも出来るようになるでしょうけれど、それが理想の未来になるかどうかはまた別の話ですね。
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